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モンティ・ホール問題」への応援コメント

  •  こんにちは。数学の確率の問題では、一般の人の直感を裏切るものがちょくちょくありますよね。私もモンティホール問題はウィキで見て、一応知っていたのですが、解答を見ても、分かったような分からんような気持になりました。ある程度数学的なIQの高い人でないと、完全には理解できないのかもしれません。

     ゴルゴを殺す確率99%については、ちょくちょく同じようなネタが出てくるので、そろそろ(確率的に)本当にデューク東郷が撃たれる日が来るのかもしれません。でも、歴史を振り返ると、彼はけっこうどーでもいい人たちに捕まったり、拷問を受けたりしているんですよね。そのときになぜ殺せなかったのか……。

     似たような問題で『フェルマーの最終定理』に出てくる、『誕生日が同じ人がいる確率』というものがありますよね。20人でペアを作ると、50%程度の確率で誕生日が一緒のペアができる、というもので、こちらの方は私はまったく納得できません(笑)。「一年は365日もあるのだから、365分の1じゃないの?」という極めて幼稚な発想しか出来ないんですよね。まあ、数学的なセンスがまるでない、ということなのでしょう。これからも面白い記事を期待しています。ではまたー

    作者からの返信

     モンティ・ホール問題は大勢の本職の数学者が理解できなかったそうなので、数学的なセンスがあるから理解できるとは限らないようです。
     数学者は数学を絶対の真理として信仰する傾向があり、計算結果が人間によって変動するという概念を受け入れがたいのでしょう。
     この問題を理解するのに必要なのは、どちらかというと人文学的なセンスの方だと思います。


     ゴルゴが殺される確率に関しては、完全に文学の領域ですね。
     作中でゴルゴが殺される確率が何%と計算されようが、読者はそんなもん、なんとも思いません。なぜなら読者は、ゴルゴが殺される確率が極めて0%に近いことを知っているからです。
     ゴルゴが死んだらその後の連載はどうするの? という問題が出てきてしまいますからね。

     連載の都合がなければ、ゴルゴはとっくに死んでいるか、怪我で引退していてもおかしくないです。捕まったり拷問を受けたりもしていますが、わりとしょうもないところで事故ったりもしていますし。
     もっとも、死なないとわかっているからこそ、ぎりぎりまで死にそうな目に遭わせられるのだ、とも言えるわけですけど。

     そこがゴルゴの死亡率を考える上で難しいところで、ゴルゴは連載の都合でまず死なないんですけど、と同時に、その都合により、死にそうな目に遭いやすくもあるわけです。
     たとえば、話題にしたゴルゴ対ライリーにしても、連載の都合があるからこそ、ゴルゴは戦えば絶対勝つんですけど、連載の都合があるからこそ、あそこでわざわざ20日だかかけて決闘をしたとも言えるわけです。
     現実にああいうシチュエーションがあった場合、ゴルゴはライリーをほったらかして撤収するでしょう。金にもならんのに、わざわざ手強い相手と殺し合いなんかする必要がない。

     つまり、主人公補正がなくなったときの死亡率を考えるなら、主人公補正によりわざわざ死にそうな目に遭わされていることも考慮して排除すべきなのですね。
     で、たぶん、主人公じゃないなら、ゴルゴは依頼主が指定した場所と時間にきっちりやってくるとか、わざわざ捕まって拷問を受けたりとか、そんな馬鹿なことはしないだろうと思います。


     自分の誕生日と同じ人がいる確率は、1/365で間違いありません。閏年とか、文化的な事情による誕生月の偏りなどは考慮しないこととして、ですが。
     ただ、20人の中で、1組でも同じ誕生日の人がいる確率、となると、話は違います。
     20人がペアを組むと、その組み合わせは190通り(1+2+3+...+19=190)。この中で1組でも同じ誕生日の組み合わせがあればいいわけで、そう考えるとまあまあ確率が高そうな感じがしません? 実際、20人いれば同じ誕生日の人がいる確率は約41%となります。23人だと253通りになり、確率は50%に。たった3人増えただけで、組み合わせは63通りも増えています。この後も1人増えるごとに組み合わせはどんどん増加。

     これは、リーグ戦の組み合わせ表なんかを作ったことのある人なら、気づきやすいと思います。参加チームが1チーム増えるだけで、試合数がものすごく増えるんですよね。

    編集済