昂奮

「…。」

俺は一瞬何を言われたのか理解できなかった。

「…ごめん…。」

蓮の腕をつかもうと思い手を伸ばしたが、蓮の方が一瞬早く俺のてはくうを掴んだ。

蓮はそのまま防音室から出ていった。

静寂を破るように久藤さんが声を掛けてきた。

「さて、彼に振られてしまったけどこの後君はどうする?このままドラムを続けるかい?」

俺は久藤さんの方に向き直り返事をした。

「当たり前だ。こんなに悔しいのは初めてだ。久藤さん俺はいつもよりも上手く叩けていたか?」

久藤さんは俺の答えを聞くとニッコリと微笑んだ。

「あぁ、今までで1番良かったよ。正直1週間でここまでできるようになるとは思っても見なかったさ。さて君は契約を覚えているかな?」

「あぁ。」と短く返事をしてその契約の内容を思い返していた。

久藤さんがドラムを教える代わりに俺と交わした契約。

蓮と無事バンドを組めた場合とそうでない場合に分かれていた。

蓮に無事認めてもらえた場合、ここのスタジオを無償提供かつとある音楽事務所との契約まで結んでくれる。しかし認めてもらえなかった場合…。

”一定の期間仕事の補佐をする事””と書かれていた気がする。

「さてじゃあ行こうか。」

久藤さんが俺に行った。

「どこに行くんですか。」

「それは着いてからのお楽しみさ。」

そう言って、久藤さんは防音室の扉を開けた。


どこかのスタジオのようだった。

久藤さんは顔見知りの人に挨拶しに行った。

しばらくして俺のところに来るとこう告げた。

「しばらくここでドラムを叩いてくれ。」

はっ?驚きが顔にまで現れていたのだろう久藤さんは続けた。

「俺もたまに顔を見せに来るし、それに君もドラムの練習にもなっていいだろ。それじゃあ俺別件あるからまた。」

そう言い残して久藤さんは去っていった。

久藤さんの仕事を手伝うんじゃ無かったのか?そう思ったもののスタッフの1人が話かけてきたので考えるのを一旦中断する。

「こんにちわ。綾辻さんよろしくね。久藤さんからお話は伺ってるわ。私は音楽プロデューサーの小森です。」

「綾辻零です。お願いします。」


その後、俺は学校と両立しながら、久藤さんの仕事の手伝いでバンドのサポートなどの仕事を何件かこなした。

もちろん蓮とバンドを組むことは諦めていないので、蓮の学校や家に何度も押しかけているが蓮から欲しい答えは返ってこない。

蓮は今も1人で曲を作り続けている。たまにライブハウスにも顔を出しており、蓮が出演する回はチケットが即日完売しているようだ。

おいおい待てよ。これじゃあ蓮が1人で有名になっちまう。

くそっ…。

俺はもどかしさを感じていた。

蓮の曲に惚れて、ドラムを猛練習してからすでに2ヶ月近く経ち季節は夏になった。

そんなある日久藤さんが、久しぶりに蓮の曲を演奏してみないかと言ってきた。

俺はいや別に…。と断ったものの久藤さんが成長の記録を比較したいからと言ってきたので仕方なく叩くことにした。


俺がドラムを叩き終えてふぅと一息ついた時、防音室の扉が開き外から人が入ってきた。




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