試練
俺は一度家に帰ると、SNS上で“八雲蓮“と検索した。
同じ名前の人が沢山出てきたので1つ1つ確認して見たが思うように見つからない。そもそもあいつがSNSのアカウントを持っているかも怪しいな。
仕方なく、“八雲 ギター“や“蓮 ギター“などで検索してみた。すると今日ライブハウスにいたであろう人々の感想が上がっていた。
いくつか遡ってみると、動画を載せている人がいた。
いや、動画はアウトじゃないのかと思いつつ、その動画を再生した。
それはやはり先程のライブの動画のようだ。再び生で演奏を聴いた時の高揚感が襲ってきた。
ぁぁやっぱすげぇな。いやいや聴き入ってる場合じゃなかった。
動画をアップしているアカウントをタップすると蓮以外の出演者の動画も上がっており、またライブの宣伝の情報が多い事からライブの主催者のアカウントのようだ。
よしっこの人なら蓮のアカウント知っているかもな。
そう思いフォローしている人や過去の呟きを確認してみたが、やはり蓮のアカウントは見当たらなかった。
いや、まぁそもそもアカウントの作り方も知らなそうだよな。
仕方ない、直接蓮の家に行ってみるか。
俺は財布と携帯をポケットにしまうと数軒隣にある蓮の家の前に来た。
家の電気が暗いことから蓮はまた帰ってきていないことが伺える。
家の前にずっと立っているのもどうかと思い近くのコンビニに行く事にした。
買い物を済まるとちょうど店内に目的の人物が現れた。
よつ!っと声を掛けようとしたら、蓮の後ろから女性が顔を現した。
「これ以上ついてこないで下さい。」
「えぇ良いじゃん。少し位遊ぼうよ〜。」
「僕は忙しいんです。遊びたいなら他を当たってください。」
「うちのパパに言ったら蓮くんの事デビューさせてあげられるかもよ。」
「そう言うのは結構です。警察呼びますよ。」
知り合いかと思い少し聞き耳を立てていたが、失礼な人がいたものだ。
俺は「れーん!」と声を掛けていた。
蓮は一瞬こちらを見て驚いた表情をしたが、軽く右手を上げて「よっ!」と挨拶を返してきた。
俺は女性の方に向き直ると
「おねぇさん今日蓮は俺との先約があるんだわ。だからまた今度ね。」
と軽くウィンクした。
「あっそう!」というと去って行った。
しばらく女性が去って行った方を眺めて、いなくなった事を確認すると改めて蓮に話しかけた。
「ちょっと話あるんだけど時間ある?」
蓮は少し逡巡した後、
「何?」
と返してきた。
断られなかった事に安堵し、先程買った袋を蓮に渡し「家で話そうぜ。」と提案した。
蓮は袋の中身を確認すると、家の方に歩き始めた。
蓮の部屋に案内してくれるかと思っていたが、部屋が荒れているという事で防音設備のある作曲部屋に通された。
「それで話って何?」
蓮は先程渡したコンビニの袋から大好物のカルパスを手に取り早速口に運んでいた。
「あぁ率直に言う。俺とバンドを組んでくれ。」
「はっ?」
「いやぁ今日たまたまライブハウス行ったら蓮が演奏しててさ、いやぁあれ凄かった。なんて言うのかな…。凄く引き込まれた。気付いたら曲終わっててさ、良い言葉が見つからないんだけどさ、ストーリーに誘われる感じ。まぁ俺の場合は苦い過去が甦ってきたけど…。他の人もそうだろ。拍手までに少し間があったけど、みんなストーリーに呑み込まれなんだろうなぁ。」
蓮は黙ったままだったが、口許が少し緩んだ気がした。
「だからさ俺とバンド組まない。1人でやるのはもったいない。俺だったらもっとお前をよくできる。お前SNSだってやってないだろ?今の時代そう言う宣伝も大事だからさ。どう?」
「…は何?」
「えっ?」
「何ができる?」
「あぁ楽器の事か。俺はそうだな。ドラムかな?」
「どれくらい?」
「あぁ…これから始めるつもり。」
「はっ?馬鹿なの?自分からバンドに誘っておいて何もできないの?」
「ははっ。痛いとこ突くなぁ〜。でも大丈夫。もうドラム頼んでおいたから。」
「はっ?どこに置くの?」
「もちろんうちだけど?部屋余ってるし、防音はまぁ相当深夜じゃなきゃ大丈夫だろ?」
蓮は軽蔑の眼差しを送ってきた。
「なんだよ。別に良いだろ。だから一緒に組もう。」
「はっ。嫌なんですけど。そもそも軽い気持ちで続くわけないじゃん。」
「そんな中途半端な気持ちじゃないって。」
「1週間」
「1週間?」
「1週間くれてやるから、この曲練習してこい。」
そう言うと蓮は机の上に置いてあったファイルから複数枚の楽譜を取り出すと、手渡してきた。
「うわぁえげつなっ…。」
「辞めるなら今のうち。」
「いややめねーし。燃えてきたじゃあ俺早速練習しなきゃだからまたなー。」
「まだドラム届いてないんだろ?どこで練習するんだよ。」
「あぁ〜そこはドラム買いに行く時にお店の人と仲良くなって場所貸してもらえることになったから大丈夫。それじゃあまたな。」
「あぁ…。」
蓮の家を出ると新たな目的地に向かって歩き出した。
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