第77話 疑心・親愛の心  ~お前らの事は丸っとお見通しだ!! 「兄貴、それ前もやりませんでいたか?」


 アンコール伯爵居城への招待を受けた知矢。その日の朝が来た。


 知矢は早朝からすっかり舞い上がっているリラレットや使用人に起こされ身支度を整えていたがその傍で甲斐甲斐しく知矢の着付けに手を貸すニーナがいた。

 ニーナは前日知矢の商店2Fにある空き部屋を借り当日の準備を手伝うために泊まっていたのである。


 先日知矢が招待した夕食会の晩も実は泊まったのであるがそれは酔って遅い時間に返すには少し遠い事もあり馬車を頼むのをニーナが遠慮した経緯もありリラレットの「でしたらスコワールド様、2Fへお泊りになっては如何ですか」の一言でお泊りとなったのだ。

が、勿論知矢もニーナも別々の部屋であった事はきちんと記しておく。


 今回の招待は公式の行事として知矢の業績をたたえ広く市民に広報する意味合いもありそして管理貴族配下の下級貴族や官史、市民代表者の列席も予定されている。

 それ故にいつもの冒険者スタイルにリュックを背負いと言う訳にはいかず先日ニーナに付き添われ裁縫屋で仕立てた礼装、礼服を身にまとっている。


 黒を基調とし銀色に光る糸で縁取られた派手さはないがシックな趣の様子である。そしてボタンやカフス、ベルトなどは銀メッキにわずかな黒化粧を施した嫌味にならない程度の飾りを用いた風合いである。


 知矢は全くと言っていいほどのファッションに無頓着で日本にいた頃は余りにも無頓着に呆れた彼女(後の妻)に引きずられ洋服を買いに行った事も、その後結婚してからもそれは変わりなく知矢が身に着ける者で自分で考え購入したのはバイク用品と武術用品だけであった。

 そんな状態であるのを薄々感じていたニーナが甲斐甲斐しく手伝うのは既定路線なのだろう。



 「はい、トーヤ君どうですか」全てを身に着けあとは羽織る予定のマントを残すのみだ。


 知矢は腕を回したり屈伸しながら着心地を確認していたが「ニーナさん、きつくは無いですがこれ動きにくいですよ」と不満顔だ。


 「今日は馬車で移動してゆっくり歩き、閣下の前で跪き退場、その後はパーティーだけですからそれ程活発に動く事はありませんから1日我慢してくださいね」

まるで婆やが仕えている子供に言い聞かせる様に言う。


 「それにしても・・・いいえ。分りました。今日一日は我慢しますよ。でもパーティーで踊ってください、とか言われても無理ですからね」と念を押す。

 実は知矢の表彰の午後から夕刻にかけてパーティーの予定も組まれていた。


 これは知矢の為では無く参集した貴族や官史、市民代表そしてそれらの家族や関係者も含まれる。実はその関係者枠で冒険者ギルド長として出席するガインの関係者としてニーナも列席する予定だった。

 その事を言っているのである。


 「ふふふ、大丈夫ですよトーヤ君。私も踊れませんから。でも誰か貴族のお嬢様からお声かけを受けたらどうします?お断りするのは失礼だし」

 少しからかうような笑みを浮かべるニーナだったが本心でも心配していた。


 「そんなもの好きが居るとは思えませんがね。ですがもしいたとしても頑として、いえ丁重にお断りしますよ、出来れば最初顔を出した後は抜け出したいくらいです」

 これは知矢の本音だ。


 実際知矢はパーティーの受付を終え会場へ入り伯爵の乾杯を終えた後は”気配遮断”を使ってそっと食べ物飲み物だけ頂こうと画策していた。


 そんな知矢の本音を聞き少し安心したニーナは「ハイ、これで結構です。バシッと決まっていますよトーヤ君。」と背中をポンと叩き、着付けと確認を終えたのを告げた。



 そうこうしている内に時間が来たようで使用人のイーシャが知矢とニーナが着付けをしていた部屋へ来ると

 「トーヤ様、迎えの馬車が参りました」と告げ、仕方がないという風に二人で時間までお茶を飲んでいたソファーからゆっくり重い腰を上げたのだった。


 「トーヤ君、シャキッと背筋を伸ばして下さいね。皆も楽しみに観てますから」というニーナの声にハイと区切りをつけるように答え背筋を伸ばし胸を張りながら自室の扉を開けニーナとイーシャを引き連れ階下へと降りて行った。


 今日は公式行事ではあるが知矢の事情と強い要望を受け入れた伯爵の指示で魔道具商店の表では無く裏口の木戸側へ魔馬車が寄せられていた。


 その裏通りは今日は丁度店も休みの日であったがそれでも知矢の晴れ舞台と使用人たちも張り切り掃き清められ打ち水もされさらに冒険者組の警備担当者は目立たぬように考慮しながら周囲に配置され万が一に備えていた。


 2階から降りてきた知矢を階下で迎えた総支配人のリラレットは仰々しく頭を下げ

 「知矢さま、本日は晴れの席、おめでとうございます。使用人一堂お慶び申し上げます」

と挨拶し左右に居並び使用人たちも一斉に頭を下げるのだった。


 少しは慣れてきた光景ではあったが(俺は貴族じゃねえ)と心の中でのみ思っている、だが使用人たちが誉と思い仕えていることに喜びを感じているのだと重ねてリラレットやサーヤに言われては否定できなかった。


 裏玄関を出て裏庭の石畳で整えられた小道を進むと裏木戸が見えてくる。


 今日は既に開け放たれて裏通りが目に入るが閉められた状態では裏通り側からは想像も出来ない重厚なデザインのされた扉のそれが併せて作られた庭の風景によく合いとても裏木戸の風景には見えない。


 これは裏玄関をよく使用する知矢への使用人の思いが詰まった傑作でもあった。


 本来商会の主ならば表に豪奢な玄関や入り口を設け出入りするのが一般的な用だが店の主の立場を隠し常に裏通りから人目を避ける様に入ってくる知矢に少しでも雰囲気を味わってもらおうと皆で知恵を寄せ合って造った。


 なお、デザインの基本コンセプトは日本の安土桃山期から江戸時代にかけての武家屋敷をサーヤが思い描き虚ろな記憶から書き出した絵を参考に作られている。

 サーヤの虚ろな記憶と日本の風景を全く知らない者達の合作であるが故多少違和感は感じるが知矢はいたく気に入っているのだった。


 そんな小道から裏木戸をくぐり待っていた伯爵家からの迎えの馬魔車。


 御者が馬魔車の扉を開け恭しく頭を下げ

 「ツカダ様、お迎えに前りました。伯爵さまがお待ちです、ラグーン城までお連れ致しますどうぞ」と馬魔車へ手を差し伸べる。


 知矢は一度振り返り後ろで居並ぶ使用人に「では行ってくる」と一言、

すると全員が頭を下げながら「ご主人様行ってらっしゃいませ」と唱和し送り出すのだった。


 その後ろでニーナはにこやかに手を振りながら見送っていた。





 馬魔車でアンコール伯爵の館”ラグーン城”へ着いた知矢は若い使用人に案内され指定された控室へ通されそこで刻を暫し過ごす。

 出された紅茶を落ち着かない様子で飲んでいると


 ”コンコン”「失礼いたします」と以前見た執事が扉を開け入ってくると


 「アンコ-ル伯爵様がお見えです。」と扉の内側で頭を下げて控えた。


 知矢は今日ばかりはソファーから立ち上がり軽く頭を下げ伯爵の入室を待つのであった。


 「おお、トーヤ殿。よく来てくれた。まま、お座りください!」

トーヤに親しげに着座を勧め自らも座ってすぐ「いやー先日はお手間を取らせて全く申し訳なかった。」と軽く頭を下げ詫びる。


 「それで、あれの様子はどうですか」と知矢の顔を窺がうように聞いてくる。

そんなアンコール伯爵に対して知矢は


 「伯爵さま、本日はこの様な平民の私めに対しましてかような大舞台をご用意くださり誠にありがとうございます。謹んで御礼申し上げます」と深く頭を下げるのであった。


 「トーヤ殿、そんな他人行儀で頭を下げるなんて止めてくれ、それともひょっとすると大げさな式典になった事への意趣返しですかな」ととても平民に対する貴族しかも伯爵の良いようでは無かった。


 先日の騒ぎについて再度書き記すことは必要ないと思うので割愛するがその際

「アンコール伯爵さま、これより先の無礼をお許しいただけませんでしょうか」

と一応の許可は取った物の普通では考えられないほどの態度、具体的には「お前のバカ娘」呼ばわりをしながら伯爵の配下である第1騎士団長や執事を顎で使い伯爵の隣に座り足まで組む始末であった。


 そんな”不敬罪”で投獄でもされそうな知矢の言動や態度を全て受け入れ娘の事を託したという経緯が在った為伯爵としてはもう平民と貴族などと言う垣根どころか心を許す友、いや目上の方と言わんばかりであった。


「はぁ、じゃあせっかくだから今まで通りで通すぞ。

 伯爵様よ、儀式や広報ってのは支配者にとっては大事だって事は十分理解しているつもりだ。だがそれを俺でやるな!ったく。」

とあからさまな態度で剥れだした。


 知矢の言い様と態度に怒る風も無く伯爵は解っておりますと言いながら

 「だがこればかりは形式と儀式から逃れられんのじゃ。何とか理解して数刻お付き合い願いたい」と再び知矢のご機嫌を取り様に頭を下げる。


 「分った分った、ここまで来たんだ、拒否して帰るなんて真似はせんよ。それに伯爵の娘マリーからもよしなにと頼まれたからな」


 「おお、娘がそのように!で今はどんな様子ですか」と気にしていた娘の様子を聞きたかったのは当然の事である。

 

が、そこで知矢は、

 「そう、伯爵さまは当然大事な娘の事を気にするよな。当たり前の事だ。確かに一度は俺の奴隷にさせる事に同意するほど手を焼き外聞もあっただろうから厳しき対応するのは当然だったしな、しかしやはり娘の親だ・・・」

 知矢はそこで一呼吸置くと声を潜ませ伯爵をじろりと鋭い視線を送りながら


 「だがな、例の配下の者を密かに俺の店へ忍び込ませるのはいただけないな。」とほんの少し殺気を滲ませるのだった。


 知矢の殺気に怯えたのかそれとも話の内容に驚愕したのかアンコール伯爵は口をワナワナさせ言葉が出ない様子だった。


知矢は一瞬でその殺気を霧散させたがその目は未だじっと伯爵を見つめていた。


 「・・・トゥッ・・トーヤ殿、暫し暫しお待ちを!」とやっと言葉が出たのか慌てて周囲を見渡しながら


 「オイ!!」と声を上げた。


 すると瞬時に一人の男がアンコール伯爵と知矢の座るソファーの脇に土下座で姿を見せるのだった。


 「申し訳ございませんでした!」

 土下座で姿を現した男は瞬時に詫びを口にする。


 「おい!どういう事だ。わしはマリエッタ、いやマリーの守りに付けともトーヤ殿の店に忍び込めとも一切命じてはおらぬぞ!」

 土下座の男に伯爵はまくし立てる様に詰問する。


 そうやらその男は伯爵の命無しで知矢の商店へと侵入しマリエッタ、今はマリーとなった伯爵の娘の影護衛のつもりか傍に隠れていたのであった。


 知矢は前回伯爵の秘密と言われながらその気配も全く知矢に気づかれることない男を紹介された。

 その時その男の事を知矢の感知魔法のレーダーに記録させ常に動静をチェックさせていたのだった。


 そしてその成果かその男と同様に知矢には存在が全く感知できなかった仲間の存在も感知、認識できるようになったのである。

 これは感知魔法のLVが上がった事と先にポイントした男の動静を追跡させてことによる学習効果であった。

 この成果によって知矢は伯爵の影の存在である者が意外に多くしかも至る所で活動している事も知ってしまったがその事には今は触れないでおこうと思っている。


 未だ土下座の男に激怒するアンコール伯爵に知矢は

 「成るほど、彼らはマリーの事がよほど心配だったのですね。それでつい見守るつもりで店に入り込んだと言う訳ですか」


 「トーヤ殿・・どうやらその様だ。全くこの様な事は影の者として前代未聞じゃぞ!

 わしの命無しでしかも法的根拠もない民間人に屋敷に私利で忍び込むとは、貴様!万死に値する。追手処分を言い渡す」


 「ちょっと待ってくれ」と知矢が割って入る。


 「トーヤ殿」怒りに震える伯爵が知矢を振り返る。


 伯爵は知矢に対する配下や娘の度重なる迷惑に苛立ちの限界を一瞬にして越えそうになっていた。

 知矢は正直なところ伯爵がやはり娘を心配するあまり影供を付けたのだと思いそれを注意する気でいた。

 しかし伯爵の怒りの感情をみるに配下の独断であったことが窺い知れた。

 逆にその事がマリーへの評価を少し上げたのだ。


 知矢の元で働き始めたマリーはまだまだ働くと言うよりはその凝り固まった感情と思い込みの激しさに短慮、そう言った事を根底から教育し始めたばかりであり毎日総支配人のリラレットを始め使用人たちに苦労を掛けているのが現状であった。


 そんなまだ始めたばかりの大事な時期に親の個人的な感情で配下を忍び込ませていることに対して知矢は苦情を言いに来たのである。

 故に配下の影の者が主の命無しで任務の間の時間を割き様子を観察していたとなれば話は別だ。



 「まあまて!俺が今日怒って来たのは伯爵、あんたが娘可愛さに影の者に命じたと思ってだ」


 「いやトーヤ殿そんな事は決して!」


 「解っている。黙って聞け!

 だが、逆にマリーを心配してと言う個人的な、人間的な感情で忍び込んだとしたら俺は何も文句は言わん。逆にそんなに影の者にも慕われていた事に驚きを禁じ得ん。

 だからこの事が今後のマリーがどう変わっていくか、行けるかを見る時の材料にもなる。

 なあ、影の旦那!あんた達やその他の伯爵家の使用人たちもマリエッタが好きだったんだろう」

 知矢は諭すような優しい口調で影の者へ問いかける。


 影の者は伯爵の顔を窺がうようにし無言であったが


 「良い、話してみよ」と少し落ち着いた声で許しを出すのだった。


 「・・はい、恐れ入ります。

 私たちはお嬢様、マリエッタ様と交わる事の無い影の者です。しかし武術に長け修行の成果かいつの間にやら我々の存在を掴むコツのような物を会得していました。そこで誰もいない1人でいるときに度々お声がけいただくようになったのが8歳の頃でした。

 それ以来影供につく我々にも気を使っていただいたり、お声をかけて頂いたり。お優しいお嬢様でした。

 我々だけではありません。他の使用人たちにも折に触れ優しくお声をかけたり気を使ってくださる光景は毎日の事でございます。ですから我々同様皆、お嬢様の事が心配で心配で・・ついお困りの事は無いか、ひどい目に遭ってはいないかなどと邪推いたし毎日交代でお傍に居させていただきました。

 申し訳ございませんでした。」

と再び深く土下座をする影の者であった。


 父親でもそんな感情を皆が持っていた事に全く気が付かなかった事にアンコール伯爵は驚き困惑するのだった。


 「まったくあのじゃじゃ馬娘の単細胞も案外人望があったんだな。

 伯爵様よ、そんな一面があるなら時間はかかるかもしれんが落ち着けばひとかどのお嬢様に育つことができるかもしれんぞ。

 だからな、影の旦那、お前さんも他の皆もしばらくの間、距離を取って見守っていてやってくれ。

 それがたぶん彼女の為だ。」

知矢の言葉に伯爵は黙って頷き、影の男は


 「恐れ入りました!」と再び深く頭を下げ、その見えない目には微かな涙が浮かんでいた事には誰も気が付かなかったのだった。




 その後話を終え伯爵は影を伴い知矢の元を去った。もう暫し後始まる儀式の為に。

その道すがらアンコール伯爵は呟く

 「しかしトーヤ殿はどうやってお前らに気づいたのじゃ?」と配下に聞くが


 「申し訳ございません。まさかこの短時間で我々の存在を認識されるとは・・・さすがとしか言いようがございません」と困惑するだけであった。





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