第76話 功績・儀礼・報奨  ~ リラレット「トーヤ様が表章ですって!!皆さん!今夜はお祝いですよ!!準備準備」


 片側に居並ぶ儀礼装備み身を包む騎士や上級兵達

 もう片側に居並ぶ礼服に身を包む下級貴族や官吏達。

 そしてその列には都市の運営に携わる民間団体である各ギルドや商会、団体の長も列していた。


 それらの列から注目を一身に受ける中央の空間、赤い絨毯に導かれるように上座へと続く道

 それは今、一人の男がその功績を披露され報奨を授かる為だけに用意された場である。



 普段は剛健質実を旨とする華美を一切排するその場は今日だけは周囲に花木が並べられ赤や金糸、黄色や青、色取り取りに染められ縁取られた垂れ幕や旗も掲げらる場に変貌していた。


 そして普段はほとんど目にする事の無いドレスを身にまとった下級貴族の妻子なども周囲に居並びよりその空間に華を添えた。


 さらにその場の空気を軟らかい物にし華やぐ演出の助として弦楽器を持つ者、これも騎士団の一員であるが彼らによって静かなゆったりとした曲が演奏されている。




 そんな華やかに飾られているのは”商業中核都市ラグーン”を皇帝より預かる管理貴族アンコール伯爵の居城にある謁見場。


 居城と呼称するが実際城と言うよりはその規模は館と称する程度ではあった。しかし管理貴族と言う高位貴族の在する建物は帝国に於いて公式には居城と称するのが一般的である。


 敵国に隣接する地区であれば総掘りを幾重にも配し高い城壁、迷路のような通り、内堀がさらに設けられ見えるのはまたある城壁とその奥に何層にもわたりそびえ立つまさに城を有する。

 しかし商業・流通の拠点であり過剰な築城を必要としないこのラグーンに於いては防壁と柵があれば十分であった。これも不要に華美で無駄を排する帝国ならではの気風によるものである。


 しかし普段は華美を排し剛健質実を旨とするが手柄を立てた者への報奨はそれとは異なりその功績を広くたたえ併せてその功績に充分見合う報酬を下賜するする事が皇帝より義務付けられていた。


 この様な華やかな場を設けられ今回叙される栄誉を賜ったのは


 冒険者ギルドAランク冒険者 知矢・塚田 その人であった。





********************************



 「で、俺は今日はなんで呼ばれたんだ。」

 知矢は部屋の主に言い放つ


 「先日の討伐報告はニャアラスから出ていて報酬も受け取って完了済。その時の俺の従魔に関しても理解を受けて周知されて一件落着。


 今度開く予定の食堂に関しては商業ギルドに申請許可済。


 その前の下級貴族の裁判の結果は帝国中央からの通知は聞いたし。


 その後の第2商業ギルドの件も同じ、あとは帝国司直の法にお任せ。

もう呼び出される覚えはないつもりなんだがな。


 まさかまた変な指名依頼でも出そうってんじゃないだろうな。ダメだぜ、今俺は忙しいんだ。」




 今朝一番、ラグーン冒険者ギルド、ギルド長であり司法貴族でもあるガイン・パムラス名にて今までにないギルド公式最高文書形式にて知矢へ出頭通知が届けられた。



 勿論届けたのはお使いを頼まれた商家の丁稚などでは無く、キリリとした正装に身を包んだギルド職員の1人である。


 おっとり刀に程遠く、のんびり商店を覗きながら買い物をしギルドへ到着後はニーナと談笑しつつ肩に乗るピョンピョンと共にギルドのカウンターでのんびりしていた。


 既に知矢の到着の報を受けて自室で待ち構えていたガインはいつになっても姿を現さない知矢に堪忍袋の緒が切れたのか1階へ駆け降りるとニーナの前で楽しそうにしていた知矢の襟をつかみ引きずる様にギルド長室へ連れ込まれた知矢。

 今はソファーに深く腰掛けいつもは見た事の無い職員に供された紅茶を飲み一息ついた所で目の前で怖い顔をしているガインへとやっと注意を向けた。


「で、何だよ」

 知矢に権威の呼び出しなど全く通じる訳も無くせっかく最高形式でギルド職員を正使にしたことが全く無駄になっていた。


 一見粗暴な若者の態度に見えるが知矢は転移前でも権力や権威を用い人を呼び出す官庁の役人や政治屋など全く相手にしていなかった。


 「用があるならアポ取ってからお前が来い!」といつも言い放ち、鼻持ちならない相手だと秘書から「当分お時間は空いておりません」とむげに断る様にさせていた位だ。


 「お前な、きちんと礼式に則った公式の呼び出しなんだぞ、すぐに駆けつけるもんだろ」

と知矢に言わせると向こうの勝手な思い込みでしかない理由でこちらの都合も考えない方が問題だと思う。


 「何言ってんだ、突然朝駆けで使者なんぞ寄越してすぐ来いだなんて。こっちの都合を事前に確認しろ。俺も予定ってやつがあるんだ」

という知矢最近色々起こった反動でしばらくはのんびりするつもりで予定は立てていなかった。

 

 強いて言えば郊外で狩りでもしながら従魔の食料を備蓄する程度だ。


 「お前の予定など関係ない。そもそも俺が呼び出した訳では無い。呼び出し状をよく読んでないな!」

 目を三角にしながら怒鳴り散らすガインの言葉に改めて封書の中身を見るとガインからの呼び出しの他に厚手の招待状が添えられていた。


 蝋印で封をされているが印を見るまでも無くこの都市でこんな封書をよこすのは一人しかいないとすぐに理解した。


 「管理貴族のアンコール伯爵様かよ・・・ならよけい急がなくてよかったな。」

と書面も開かずぶっきら棒に言う知矢にガインは呆れて


 「お前な、伯爵からの招待状だぞ。すぐに開けて内容を見ろ!」

と急かすのだった。





 ラグーン管理貴族 アンコール家当主であり伯爵。


 ガインは知らないが知矢は先日既に館を訪問し相手が思うに知己を得ていた。知矢は「面倒な奴と知り合っちまったな」程度だったが。


 知矢が街で出会った当時第1騎士団長でありアンコール伯爵の娘、マリエッタ・アンコールが引き起こしたトラブルに関しては前述の通りであり今そのマリエッタは知矢の配下となり貴族籍を抜け名マリーと変え使用人の一人としてリラレットの指導の元修行中である。

 そんなマリーの父であるアンコール伯爵からの豪奢な分厚い公式の手紙。

 知矢は読むまでも無く面倒しか感じられなかった。



 いつまでも書面を開かない知矢にじれたガインは「仕方がない、代わりに読んでやる。良いな!」と強引に言質を取り封書を厳かに開封した。




「えーなになに・・・Aランク冒険者 トモヤ・ツカダ 殿

  貴殿の帝国に対する数々の功績は国を挙げて誇るべきものであると認め。さらに先日通知された”魔鉱石”鉱脈発見の大功をも併せ賞するものである。


よって下記の通り ギルバルト帝国皇帝陛下の名のもとに栄誉を称える事とする。


                        管理貴族 アンコール伯爵

   ・・・だそうだ。良かったなトーヤ!」




 功績? 知矢に言わせると何がそんなにうれしいのかガインは満面の笑みで知矢を見下ろしていた。


 「ほれ、そしてこっちが当日の案内の詳細だ。当日は迎えの馬車が行くからな、寝坊すんなよ。あと礼服を用意しとけ。いつもの冒険者の汚い服装なんかで行くなよ」と笑っている。


 「礼服なんか持っているわけないだろ。お断りだ、行かない。」

とつれなく言い横を向いて顔を膨らせている。


 「ばか!お前伯爵の招待状が断れる訳ねえだろ!顔をつぶす気か。それに配下の下級貴族や官吏そして都市の代表者なんかも招待されるんだ。その後にパーティーまで開かれるんだぞ!」

 ガインは自分が招待されたわけでもないのに妙に浮かれていた。


 本来ガインは貴族の籍を勝手に抜け冒険者として身を立てて生きてきたはずであったがそのDNAに染込まれた貴族の権威は抜けてい無さそうである。


 「大体本人の意思を確認せずに勝手にそんなもん開こうってのがおかしいんだ。先に俺の意思を確認しろ!」


また知矢の日本での話になるが

 知矢は会社のトップとして長年産業界に貢献し、地域の防犯にも貢献した。それらの功績に対し地方自治体や監督官庁からそして警察署長や県警本部などからの表彰の意向が伝えられると悉く辞退をしていた。


 「わしよりもっと立派な活動を行っている者や団体はいくらでもあるそちらを表彰してあげてくれ」と。


 流石に後年、大臣表彰を辞退すると他社の社長や業界団体の理事などが「頼むから断らないでくれ、大臣や官僚の顔をつぶすことになる」と懇願され一度だけ表彰を受けた事が有ったがそれもその後行われたパーティーはいつの間にか逃げ出していたのだった。





 「何言ってんだ、貴族が死ねと命令している訳じゃねえだろ。お前の功績をたたえるんだ。喜んで行くもんだ。それにな、お前は興味無さそうだが貴族側としても盛大にその功績をたたえて報奨金を出したことを広く広めないとならない事 情ってもんもあるんだ。子供みたいにぐずってないで行け!」


 その後なんだかんだと説得や脅しの言葉しまいには「俺のギルド長の立場も考えてくれよー!」と泣き落としまで始めてきた。


 流石に知矢も仕方が無く招待に応じると返答したがやはり気が重いのは変わらなかった。

 その後ガインの手を抜け階下のニーナの元へ戻り事情を話したが。


 「あら、それはおめでとうございます。是非立派に行ってらしてくださいね」とまで言われてしまい年貢を納めたのである。



 「そうそうトーヤさん、儀礼用の礼服などはお持ちですか?」と聞かれ持っていないからこの格好で行くといつもの冒険者装備のまま手を広げると


 「その姿も決まってますが、伯爵様や他の貴族の方も列席なさいますので今後の事も考え1着礼服を作られては」という話になり急遽ニーナの案内で礼服を仕立ててくれる店を訪ねる事になった。



 ニーナと歩調を合わせ冒険者ギルドから東の通りへ向かい15分も歩くと静かな通りに出た。


 この辺りは貴族街ではないがある程度の地位や、豪商、比較的裕福な者が買い物をするエリアであった。

 売っている店も物も庶民の通りと全く雰囲気が異なり静かな店が軒を並べている。


 そんな中の一軒、木の看板には大きなハサミが描かれている店の木戸をニーナが開くと”チリンチリン”と静かにベルの音が響いた。


 奥から人の気配が近づき「いらっしゃいませ、ああこれはスコワールド様。いつも大変お世話になっております。」と年配の女性が挨拶をしてきた。


 「奥様、こちらこそいつもありがとございます。

 実は今日お伺いしたのは、こちらの冒険者の方に礼服を仕立てていただきたいと思いお連れ致しました。Aランク冒険者のともや・ツカダ様です」


 介された知矢はニーナの顔をつぶさぬように丁寧にあいさつをするのだった。


 「これはこれはご丁寧に。こんな小さな裁縫屋へお越しくださってありがとうございます」

どうやら服屋と言うより縫う、裁縫と言う表現をするのだと初めて知った。


 それからニーナの主導で色や形、装飾などがどんどん決められ知矢はただサイズを計られるために立っていただけであった。


 ただそこで耳にした話から礼服と言っても日本の燕尾服のようなものでは無く冒険者には冒険者の形をしながらも儀礼に失しない様な作りをしているらしい。

 もっとも冒険者用の形をしているだけで強度などはいつものそれとは異なりその服で狩りなどへ行ったらすぐにぼろぼろになってしまうが。


 礼服一式、ベルト、冒険者ギルド記章、模擬刀、革のブーツなど全て注文し制作を依頼、その場で小金貨5枚を支払い出来上がったら知らせをよこすと言われ店を辞した。

 どうやら式典には十分間に合うらしい。



 店を出て歩く知矢達。

 「ニーナさん何から何までお手間を取らせました。ありがとうございます」


 「いいえ、トーヤ君の一世一代の晴れ舞台ですものね。アドバイスが出来て私もうれしいです。」と互いに笑顔を交わすのだった。



 「そうだ、ニーナさん。お礼と言っては何ですが今夜うちの店に来ませんか。ほら今準備中の食堂があるじゃないですか。あそこで出すメニューの試食を毎晩やってましてね、試食と言ってもなかなかのものです。良かったら食事がてら久しぶりに一杯如何ですか?」


 最近知矢も多忙だったしニーナもギルドでの仕事が繁忙な為しばらくゆっくり食事もしていなかった。

 知矢はいい機会なのでこの都市や世界に無いであろう料理をニーナにもご馳走し感想も聞いてみたいこともあった。


 「あら、宜しいのですか。まだ開店前の秘密なのでは?」


 「いえいえ逆にニーナさんの評価を戴けたら使用人たちの励みにもなりますからぜひお願いします」

 約束を交わし、そしてギルドまでニーナを送った知矢は夜迎えに来ると言い残し一度店へと帰ったのであった。




ピョンピョン「・・・・・」


「?ああ、腹が減ったのか。分った分った急いで帰って昼にしような!」

ギルドにいた頃のようにふてくされた感情もいつの間にか消え冬が近づき空気がピーンと澄んだような街を知矢と肩に乗るピョンピョンは急ぎ歩くのだった。





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