第74話 里の味、故郷の味  ~「ムシャムシャ」サーヤお前食べ過ぎ俺の分残せよ!



 「只今全員無事帰還致しました!」



 3台の魔馬車を背後に並べ元気よく報告の第一声を上げたのは祖先に日本からの転移者を持つ知矢の使用人の1人、”イエヒコ”17歳の元冒険者であった。



 「よく無事帰ってきたな!それに荷物も満載な様子、取引も上手く行ったのであろうご苦労だった。詳しい報告は落ち着いてから聞こう、先ずは風呂だ!オイ誰か。商隊の皆を風呂へ案内してやれ。手の空いている者は荷を運び入れてくれ」



 知矢の経営する魔道具商店。その店の裏側にある木戸が大きく解放され魔馬車が誘導され裏庭に並べられた。


 使用人たちがそれぞれ商隊の者達を労い風呂へ案内する者、イエヒコの仲間たちも久しぶりに見た仲間を労いながら笑顔で声をかけ、その後大量の荷を魔馬車から降ろし始める者、仕分けして明細を確認する者など忙しく働いていた。



 知矢は当初手に入れた旧商家の左右にあった空き家を更に買い足し一か所は倉庫や蔵が付帯していたため清掃・改装を行い立派な収容スペースを作らせた。

 その作業を担ってくれたのは水や生命を育む母神デミレサスを崇めるデミス教に養われている孤児たちを主力にした教会の者達であった。


 豊富な資金を持つ知矢の還元事業の一環ではあるが教会の教義とマベラス司教の人柄そしてその真摯な行いに対して通常以上の作業依頼金に併せ運営の一助になればと更に倍以上の献金をした知矢であった。


 だがその為に悪辣な貸金業を行っていたザザン商会と一揉めし更に偏向する正義感を溢れさせていた第一騎士団長達と揉めたのであったが、それはさておき。


 無事清掃作業と改修を完了し孤児たちは数日前に帰って行った。

 その際、昼食やおやつをリラレットの指示で供したところ、

 「美味しい!」「何この肉すげー!」「・・・・・(ムシャムシャ!)」「僕、ここのお店で働きたい!」

など大好評であった。


 ただ一部の子供たちがその味を忘れがたくどんどん仕事を探して増やした為予想以上の出来栄えと完成度に仕上がった。


 だが未だ未練を残す子供たちは仕事を欲したが約定以上の期間働きもう手を入れるところも無くなった為指導監督で一緒に作業していた助祭見習いの者が言い含めなだめすかし強引に連れ帰ったのだがその見習い助祭の若者も心の内では強く後ろ髪を引かれる思いであった。




 風呂から上がったイエヒコをはじめとする冒険者ギルドから紹介され今回の商隊を編成してくれた商会や冒険者の者達を労うためリラレットを始め使用人たちは慰労のご馳走を用意した。


 改装されたもう一件の空き家であった建物は今後知矢とサーヤ監修で日本にいた頃の料理などを再現する料理教室も兼ねた料理屋を想定して作られていた。

 その厨房を利用し作られた料理の数々がいくつもの大きな丸テーブルを配した今後デシャップホールにする予定の大広間に用意され、ハーフドワーフのギムが選りすぐった酒を並べて宴の準備が出来ていた。



 「では、改めて商隊の無事帰還を祝い、その苦労をねぎらうために皆が腕に寄りをかけた。存分に味わってほしい。ではご苦労さん、乾杯!!」


 「「「「「乾杯!!!!」」」」」


 知矢の短い挨拶と乾杯で始まった慰労会。当初はイエヒコを始め商隊の皆は美味い料理を夢中で食べていたが腹も満ち始め酔いも回り出した頃から皆がそれぞれ行きかえりの出来事を武勇伝のように語り始めた。



 ある冒険者は「いやあ行でいきなり赤コカトリスに出くわした時はもう人生終わったと思ったね!しかし見事こいつの矢が赤コカトリスの頭を一発で貫通させてホント・・・生きててよかった」と涙ぐみながら紹介し。


 商会のリーダーは「お預かりしたマジックバックのおかげで魔馬車が軽く予想以上の速さで進むことが出来て本当によかったです。あのマジックバックをお売りしていただけない物ですかね」

と知矢が商隊用に誂えた時間停止機能を備え容量も魔馬車1台分以上の大きさに感動し酔いながら総支配人のリラレットへ懇願する。



 イエヒコは久しぶりに再会した仲間に囲まれ遠く離れたの故郷の事を話していた。

 「みんなの家族から手紙を預かってきたから後で渡すよ。でもついうっかり依頼を失敗して借金奴隷で買われた事がばれて驚かれたり叱られたりそっちも大変だった。

 あとノブユキ。長老様がすごく怒ってた(リーダーたるノブユキの失策だ!責任を取って腹を切れ)とか言ってた。けど奴隷契約があるから勝手に死ねないと伝えておいたけど、そうそう長老様からもお前宛に分厚い手紙を渡された」


 「うわー、一番バレちゃいけない方にばれるなよ。おれ当分里に近づけないぞ・・・」

と長老や家族を思い浮かべながら顔を青くする。


 「そうだ、トーヤ様。」イエヒコは仲間の輪の外で何気なく話に耳を傾けていた知矢の方を見て空いていた脇へ寄ってきた。


 「改めまして無事帰還できました事をご報告申し上げます」と再度報告を行い頭を下げた。



 ああ、本当にご苦労だったなと労う知矢にイエヒコは何か特別な話があるようだった。


 「場所を変えるか」との問いにいえ、この場で結構ですと返し話を始めた。


 「実はいくつかございまして」と前置きをしながら語り始める。



 「先ずは長老様の1人、フルサワ様が急ぎはしないですがいつかトーヤ様に里へおいで願えないかと申しておりました。

 用件は詳しく言っておりませんでしたがどうやらトーヤ様が剣を師事した方に関する事とトーヤ様の苗字(塚田家)に関する事柄、それにトーヤ様の愛刀も拝見したいような事を言っておられました。」


 どうやら長老衆へ奴隷としての主になった知矢の事を話したことで注意を引いたようだ。


 知矢は使用人の殆ど特にイエヒコ達には本当の自出については語っていない。

 勿論転移者であることすら知っているのは転生者のサーヤだけである。


 単に苗字と日本刀に興味を持っただけなのかそれとも何か気になる事が有るのかはわからないが知矢はさして警戒はしていないのでいつか訪れたいと当初より思っていた。

 しかしその話の続きを聞きそう遠くない折に行く事に成るやもと感じていた。


 「それとこれは長老のニワ様がおっしゃっていたのですが・・」と歯切れも悪く話す。

 「実は里からそれ程離れていない山に住み着いている魔物の事で合力を得られないかと。」

 イエヒコが言いにくそうに語る事によると。


 里の主要産業の一つである鉄鋼鍛治業が盛んであるのだがその産業の根幹である鉱山より産出している鉄鉱石の採掘場の一つに竜のような蛇のような魔物がどこからか来て居座り鉱山での採掘が停止し困っているとの事だ。


 他にも鉱山は有るので今すぐ困窮することはないが大きい鉱山の為採掘量が減少してしまい将来困ることが予想されている。


 冒険者を雇い討伐を依頼したが2度にわたる依頼も失敗し今では受けてくれる冒険者も里に近い都市の冒険者ギルドにはおらずイエヒコが語ったA級冒険者でもある主の事を聞き指名依頼を出せないかと相談されたとの事。


 話を聞いた知矢は”竜”の一言に少し興味を持ったが正直先日の六角獣討伐でも感じたが知矢自体にもてる攻撃力の根幹は刀によるものが主たる攻撃力であり懐に入り込めれば斬る事も出来るかもしれない。

 しかしそれが不可能な場合今持ち得る魔法攻撃力ではどう考えても火力や種類が不足していることは十分理解していた。


 取りあえずイエヒコの話は聞くに留め、里との情報交換を密にするよう命じ先ずは竜だか蛇だかの詳細情報を集めるように命じたのだった。



 知矢は冒険者ギルドのニーナへ依頼しイエヒコ達の里の近くにあるギルドからも情報を集めようと考えていた。


 その話を一先ず終え旅の話を聞いていたところへサーヤを始め料理の出来る使用人たちに命じて作らせていた”日本料理”らしきものが宴の席に運ばれてきた。


 「はーい、みなさん。これらはイエヒコ君が持ち帰った食材をもとにご主人様の指示で料理してみた物です。どうぞ味わってみてください!」

 マク達が大皿をそれぞれのテーブルへどんどん並べて行った。


 知矢の前にも大皿に並べられたものや大鍋が置かれサーヤが知矢へ取り分けて供するのだが。


 「知矢様。味は知ってても私に料理は無理。今後は料理の完成品アドバイザーにとどめる」と小声で告げ取り分けた物を置いて言った。


 転生者であるサーヤ。日本名、真木野 桃香は日本にいた頃は研究者で毎日実験や研究レポートに明け暮れていた。転生後は貴族の娘として育ち転生前後全く料理などをしたことが無かったため出汁の取り方さえも知矢が教える始末でとても日本の懐かしい味の再現に技術や知識面で協力を期待できなかった。

 唯一出来たのは味見だけだったのである。



 「ああん、これ米じゃん」とあまり嬉しそうには聞こえない声を上げるアヤメ達であった。


 最初聞いたところによるとノブユキたち転生者の子孫の村に数多くの日本食系に生かせる食材が存在、再現できていたがその料理や加工の知識が長い間に消失しており彼らに言わせると米より小麦の方が美味いとの事であった。


 知矢はその先入観を打ち砕いてやるとの思いともちろん自分が食べたい一心で商隊を派遣したのだから先ずは食べたいもののレシピを作り再現させた。


 先ず大皿に並べてある白く三角の物体。もちろん言わずと知れた”おにぎり”である。

 今回先ずは塩結びと中に肉と味噌を濃く油で炒めた肉みそを入れた物を用意した。


 そしてもう一品、大鍋で出された具だくさんの汁から立ち上がる香り。

 味噌を使ったトン汁ならぬオーク肉を使用したオーク汁である。

 その香りに知矢は居ても立ってもいられず早速手を伸ばすのだった。


 塩結び、一口ほうばり咀嚼すると涙が出そうになる懐かしい米の甘さと塩加減。噛めば噛むほど味わいが深まる一品に仕上がっています。


 続きましては木のお椀に入れられたオーク汁。

 湯気と共に立ち上る味噌の香り。

 一口汁をすすりこむと口の中で広がる味噌と出汁、そして野菜類とオーク肉からしみ出した油のうまみ、口の中で混然一体になった味わいは何物にも代えがたい至高の一品である。

 みそ汁(オーク汁)を飲みながら塩結びを頬張り、またみそ汁も飲む。次には肉みそのおにぎりを頬張りまたみそ汁を流し込む。


 他の者の事など全く目にも耳にも入らなくなっていた知矢は夢中で食べているのであった。


 みそ汁をおかわりする事5回、各おにぎりを頬張る事8個。

 十分に満足した知矢がフーッと息を吐き落ち着いて周囲に目を向けると、全員が知矢を凝視していた。


 実際はサーヤは自分が食べるのに夢中であったので除くが彼女以外使用人の全て、商会の者達、警護の冒険者たちが夢中で食べていた知矢にあっけにとられていたのだった。


 「おい、みんな何こっちを見ている?お前たちは食べないのか?」

と不思議そうに聞いてみた。

すると

 「いえ、大変失礼いたしました。ご主人様があまりにも美味しそうに召し上がっていたものですからつい見入ってしまいました。」

とリラレット。


 「っつかご主人様さ、本当に米食べたかったんだね。まるで何年も食べてなかったみたいな食べ方だったよ」と米に食傷気味のアカネが笑いながら驚いていた。



「アカネ、食べてみたか?」と手に焼いた獣の肉串を持つアカネに聞いてみた



「ご主人様には悪いけど私たちどうも米が食い飽きてるっていうか好きでないって言うかさ」

と歯切れ悪そうだ。


 「アカネ、それに他のみんな。まあ騙されたと思ってその米を三角に握った物と汁を交互に良く噛みながら食べてみろ。・・これは命令だ。」


 日本食に全く手が伸びていなかった使用人に最終手段の命令を発した。

 知矢はこの旨さを知れば皆に分ってもらえると思っていたが片や文化の違いもあるから俺たちほど夢中で食べはしないかなども考えていた。


 そんな話をしている間もサーヤは無言で夢中になりおにぎりとみそ汁を頬張っていた。


 主の命もありそして同じ使用人のサーヤまでもが夢中で食べているのをみて使用人たちはそれぞれおにぎりを掴み口にしみそ汁を流し込むのだった。



「「「「「「「「・・・???!!!!!!」」」」」」」」



 その後ホールに響いていた音は米を咀嚼する音と汁を流し込む音、そしておかわりをする音だけであった。





 「あ~美味かった!!」アカネが下品にも膨れたお腹をさすりながら声を上げた。


 「米や味噌味がこんなに美味かったなんて・・・」空になったお椀を見つめながらイエヒコが呟く。


 「いやあ、ご主人様この穀物と汁は味わった事の無い物でしたが一度食べだすとそのうまさに手が止まりませんでしたぞ!」警備主任のサンドスもが感嘆の声を上げた。


 皆がそれぞれ口々に米とみそ汁の感想を言い合って喜んでいる光景を見てこれなら定食屋でも開いたら成功しそうだなと知矢が満足しながら腹をさすっているとサーヤがいつの間にか席を離れて盆を持って戻ってきた。


 「トーヤ様。食後はお茶」と呟き今回の商隊が仕入れてきた者の中に含まれていた緑色のお茶の葉。緑茶を入れてきたのだった。


 「おお気が利くな!やっぱり食後はこれだな」と日本茶を懐かしむように啜るのであった。

 食事で色々な味が混在していた口内を一服の清涼感で溢れ他の味を洗い流し爽やかにしてくれる。

 紅茶の好きな知矢であったが食後はやはり日本茶だなと改めて思うのだった。


 ただしこの日本茶に関しては使用人や商隊の者達は

「苦い」「渋い」「味が無い」などあまり好きではない様子だったので緑茶は知矢とサーヤで独占する事にした。


 先祖に日本からの転移者をもつ使用人へ向けて知矢が話す。

 「どうだ、お前ら。俺の監修した料理は」

と六人を見回すと皆仲間を見渡しながら頷きイエヒコが

 「ご主人様よ、めちゃくちゃ旨かった。これが米と味噌の味だとは正直信じられなかった。」と吐露する。


 「だけど本当に米と味噌だったよね。なんで里ではこんな味にならなかったんだろう?」とササスケが悩む。


 「俺の想像だが、お前たちの里ではコメは湯の張った鍋で茹でていたのではないか」


 「えっ、はい米は茹でる物だと教わりました。」とアヤメが当然だろうと言う顔で答える。


 「そこがそもそも間違いだ。米は炊く、と言う技法で初めてそのうまさを引き出せる。茹でて柔らかくしゆで汁を排するのではなく、出来上がりの時入れた水が完全に米に染み渡り水気が無くなった後閉じ込められた蒸気の作用でまた蒸される簡単に言うとこんな感じだが実際のは後で俺の書いたレシピを見て他の使用人に教わるんだな。里へも伝達してかまわないぞ。さぞ驚く事だろう。」

と知矢はノブユキたちが米を美味いと思いなおしてくれてとてもうれしかった。



 これから毎日かはわからないが相当量のコメを入手できた知矢とサーヤは少しだけ故郷を思い出しながら食事を楽しみ、そしてもっと色々な日本で食べていた食事の際現にいそしむことになるであろうと思いを巡らすと知矢も思わずワクワクがあふれてくるのであった。







 なお、紆余曲折があったもののピョンピョンは知矢の従魔として既に使用人たちに受け入れられている。

その話はまた後日。



 今は専用の鍋と皿をもらい生肉とおにぎりとトン汁を静かに食事中であった。




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