第66話 約定  ~オイ!ギルド長を出せやワレ



 大通りを一本入った場所にある割と大きなレンガ調のしっかりした建物の前、4段しかない玄関前の階段を登ると大きな両開きの木製玄関ドアがその行く手を阻む。


 ドアノッカーなのか、扉には金属で作られた持ち手の付いた棒状の何かが取り付けられていた。



ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!ガンガン!ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!!!

 その棒を激しく玄関ドアへ打ち付ける。


 「オイ、やり過ぎだ!」


 「ニャ? そうかニャ」

 ニャアラスが扉を激しく打ち付けるのを苦笑いしながら制止する知矢。ニャアラスは気にした様子もない。

すると内部から


 「ドリャア!!!誰だうるせーぞ!」

と怒鳴り声と共に玄関が内側へ開かれた。


 中から現れた男は50歳代で大柄、腹は少し出ている程度の黒めの長い茶髪を後ろで束ねた強面だった。


 「この野郎、てめえらなにしやがんだ!何処のどいつだああ!ここをどこだと思ってやがる」

いきなり玄関を激しくたたかれてお怒りの様子だ。


 目の前に立っていたのが未だ若い男と獣人の男、どう見ても客には見えなかったようで

 「オイお前ら喧嘩売ってんのかああ!!」

と年上の貫禄でも見せつけようとしたのか唸り声で威嚇しながら顔を近づけてくる。



 「ああ、すまない連れがちょっと叩きすぎたようだ。そんな事よりここは商業ギルドで合っているよな。ギルド長はいるか、トーヤが会いたいと言っていると伝えろ」

知矢はぶっきら棒に言うと


 「なにおこのガキが、ギルド長を呼び捨てにしやがってルコビッチ様と呼べ、ルコビッチ様と!!ああ!」



 「おいおい、まさかこのギルドも解散させられた第2ギルドと同じなのかよ?」

 商業ギルドと言うのはみなこんなチンピラの集まりなのかと残念な顔を浮かべる。


 「えっ・・・お、お前何者だ?」

少しトーンが落ちてきょどり出した大男




「だからトーヤが来たとギルド長へ言えと言っておるだろう」

 いい加減にしろと思いながら繰り返すのであった。


 「ちょっ、ちょっとお待ちを・・・」何か感じたのか男は慌てて奥へと消えていった。


 「トーヤ待ってニャくても入って良いじゃニャイか」



 「まあ待て、一応初めて来るところだ。いきなり押し入るわけにもいかんだろ」



 「そうゆもんかニャ?」



 「ああ、そう言うものだ」

と二人がのんびり待っていると




 ドタドタドタ!と階段を駆け下りるような音が響いたと思うと半開きの玄関扉を開き顔を出したのは歳の頃40歳代の男がよほど慌てたのか眼鏡を斜めに崩したまま顔を見せた。


 「おお、これはこれはトーヤ様でございますね。

 先ほどは下働きの者が大変失礼を致しました。私当商業ギルドのギルドマスターを拝命しておりますルコビッチと申します」

どうぞよろしくと深く頭を下げるのであった。


 「いやこちらこそ連れが要領がわかずドアを叩きすぎたようだ、許せ。

私が冒険者のトーヤだ、いきなりの訪問済まない」


何か今日の知矢は上からの態度を崩さない。これは珍しい事だった。


 「こちらは同じく冒険者のニャアラス殿だ」とニャアラスを紹介するがルコビッチは聞いた事もない獣人を紹介されて戸惑っている。

(トーヤが連れてるって事はこいつも相当の強者かもしれんな)

と独り合点し


 「そうですか、ニャアラス様ですねお初にお目にかかりますルコビッチと申します。当商会にご用の節はいつでもお申し付けください。」

と満面の笑みで頭を下げるのだった。


 当のニャアラスは興味もないので頭の後ろで手を組み今にもあくびでもしそうであったが返ってそれが強者の余裕に見えるのかルコビッチは(”猫族獣人ニャアラス”覚えておかねば)と記憶に焼き付けるのだ。


とにかく中へどうぞと誘われギルドの中へ入った。



 「商業ギルドって言うのは冒険者ギルドと雰囲気が全く違うニャア」

 どちらかと言うと暗い廊下を歩きながら周囲をあれこれ珍しそうに見回しているニャアラスが呟くと



 「エッ・・あ、いや、まあ。同じギルドと名前が付いていてもやることが全く異なりますから。ハハハ・・・ハァ」



何か嫌な汗をかきながらルコビッチは答えるのだが実際冒険者ギルドと言うのは常時人、冒険者や依頼主が出入りをしにぎやかな場所でに奥の方には食堂兼居酒屋まで併設してあるのが常識であった。



 方や商業ギルドはたまに書類を申請しに人が来ることは有っても常時人の出入りがある訳では無い。

 そして更に本来今日知矢が訪れたこの建物は商業ギルドで言うところの表の施設では無いのだった。


 一応表向きも商業ギルドの建物と認知されていたが本来商人が頻繁に出入りするギルドとしての建物は大通りに面し、きちんと看板まで出した建物が存在していた。

 そちらには入り口を入るとカウンターがあり受付嬢がにこやかに訪問者の応対をし普通の商人が出入りする光景がみられる。


 こちらはと言うと・・・・

 言わば裏の顔を持つ者達が出入りしたむろする様な場所であるがギルド長であるルコビッチもこちらに滞在していることが多い。



 だが一応念のためだが、何も犯罪者の巣窟と言う訳では無い。

 昔は潰された第2ギルドとと権力争いの為抱えていた戦力、傭兵や腕に覚えのある者が大勢いたが昨今の情勢下ではその戦力も過剰になり傭兵は解雇され古老の者は引退しすっかりチンピラや小物のみしか残っていなかった。


 だがそう言った者の役立つ仕事は有るもので、まっとうな所では情報収集、余り大声で言えないところでは加入する商店や商会の依頼で売掛金の回収や店のトラブルを解決する為には多少の悪を抱えるのは必要悪なのではないだろうか。


 もっとも知矢は転移前の日本でそれすらも余り必要としてはいなかったのだが。


 そういった言わば別館であるこの建物にいきなり今話題のAランク冒険者が来たのだ。しかも先日は第2ギルドとの戦いに勝利し相手を司直に引き渡し組織を壊滅させた張本人が別館を突然訪問と来ればルコビッチの心中は穏やかでないどころか激しく波を打ち心臓は今にも破裂しそうなほど鼓動を打ち鳴らしていた。



 応接室らしきところに通された二人の前に先ほど玄関で応対した男がびくびくしながら手に盆を持ち飲み物を持ってきた。


 「ど、どっ、どうぞ」カタカタ音を鳴らしながら供された飲み物はまだ昼前だと言うのに何故か酒であった。


 目の前に座ったルコビッチもおどおどしながら「まっ、先ずははじめてお目にかかる事が出来たお祝いに乾杯と行きましょう」と言い出しまあ形だけでもと三人でグラスを軽く打ち鳴らした。


 「おお、こりゃあうミャアナ」とグビグビ呑んでしまうニャアラスに呆れながらも知矢が一口飲むとニャアラスの言う通りこの世界に転移してから口にした酒の中ではかなり美味いものだった。


 因みに一応知矢は”鑑定”して安全の確認はしてあった。


 ”麦の実を醗酵させ蒸留した酒、販売ランク上級”と出ていた。


 ※1)スコッチウイスキーみたいなものかと知矢は認識し、後でどこで売っているか聞いておこうと思った。


 隣で勝手に甕から酒をおかわりし飲んでいるニャアラスの頭を叩き「いい加減にしろ」と止めた後



「今日はいきなりの訪問済まなかったなあ」と切り出した。

 ルコビッチは商人らしく手もみをしながら「いえいえ本来ですとこちらからご挨拶に参上すべきところでいたが生憎その機会を逸しまして・・・ははは・・・」と卑屈に返す。



 実際ルコビッチは知矢の存在を認知した”魔鉱石”発見時から接触を試みようと模索していたがあからさまにすり寄るのは不味かろうと様子を見ていたところに冒険者ギルド経由で申請された商店開設の申請書と管理貴族の同意書の写し。


 これは只の冒険者ではないと動きあぐねていたところに第2ギルドの騒ぎである。


 結果距離を置き様子を見ていて大正解。長年敵対していた相手を葬り去ってくれたのだから当然の事だ。

 そこでつかさず挨拶をと思いきや悪いうわさが絶えないが一応ギルドに加盟していたザザン商会と揉め逮捕された件、更には騎士団と揉めたとか今度は管理貴族が頭を下げたとか情報が錯綜し過ぎて行動が出来ずにいたのだった。


 そんな相手がいきなり裏の事務所を訪れたのだから今日は一体何をしに来たのか戦々恐々としていた。



 「いやなに、少し確認したい事が有ってな、実は商業ギルドからの依頼で冒険者ギルドに出された討伐依頼の件だ。俺たちでこの依頼を受けようかと考えているがもっと詳細を知りたくてな、それで突然だが来た訳だ。」

と本来の訪問理由を伝えた。



 「へっ」と身構えていたところに至極普通の用件を切り出されたルコビッチは一瞬呆けてしまった。


 「うん? この依頼は其方たちから出されたものでは無いのか?」

唖然とするルコビッチを見て知矢が尋ねる。


 すると一瞬で覚醒したルコビッチは「はっハイ!私共から依頼させて頂いた物に間違いございません」と急に背筋を伸ばして返答するのだった。


 背筋はピンと伸びてハキハキと回答する様子を見た知矢は何か訝しく感じたのだったがその時、



 「おいトーヤ、こいつ何か隠してるニャ」


 美味い酒を飲み上機嫌で話も聞いていないのではと思っていたニャアラスがじっとルコビッチを見ながら鼻をヒクヒクさせていた。


 「いいいいいえ・・そんな隠しているなど・・」


 「獣人の鼻を知らニャイのか。犬族だけでニャク猫族も鼻は間違いニャいぞ!」

とじっと見つめていた視線が細まり殺気を放ち始めた。


 知矢はニャアラスの殺気は初めて感じたが中々の強者が発する殺気であった。これからもニャアラスが強者であると十分に理解できるがその殺気は半ば素人のルコビッチにはきつかろうと同情を少しだけした。



 「おいニャアラスそんなに殺気を振りまいたらこいつ死ぬぞ」

と何でもない様に言いながらルコビッチの様子を窺がうと既に下半身から何かが流れ出し口からは泡を出し始めていた。

 (おいおい、一応死ぬぞとは言ったがギルド長のくせに少し殺気を出されただけでこれかよ)とあきれながら回復の呪文を唱え頬をペチペチ叩いて覚醒させ、下半身にはクリーンを唱え何とかルコビッチが話を出来るようにしてやった。





 「お恥ずかしいところお見せいたしまして・・・・」と未だ殺気の名残が残るのか急に体が一回りも二回りも小さくなったように縮こまりながらもやっと口を開いた。


 「で、お前の隠している事とは何だ、この依頼の裏を話せ、全部だ!」

 無意識に知矢からも少し殺気が出たのかルコビッチは「ヒィッ!」と裏返った声をあげブルブル震えながらもなんとか話し始めた。


 「ああああっしらは冒険者ギルドをだますつもりではななな、無かったんです。」



要約すると



 東の大森林の外れに最近六角獣が小さな群れで現れると聞いた魔獣の肉や皮、素材の売買を生業とする商会が大森林の奥に居られては手が出せない為これを好機と考え大勢人を雇い罠を張り捕獲を試みた。


 監視役を森や周囲へに配置しどうやら成体でも比較的小柄な群れが5頭、しかも内1頭は子供の様であった。


 これなら冒険者ギルドの協力を得なくとも十分に捕獲又は狩る事が出来るであろうと行動を開始した。


 そして思いのほか罠が機能し生きたままの成体3頭と子供1頭を捕獲できた。

 これは近年まれに見る成果だったが唯一逃がしてしまったオスと思われる1頭が仲間を助けようと必要に追ってくる。


 また罠を仕掛けたり大勢で追い込み囲いながら攻撃するも逆襲され大勢の死者やけが人を出してしまった。


 さらには捕獲した4頭を移送しようにも断続的な攻撃に移送もままならずしかも荷馬魔車の馬魔が魔獣を恐れて行動不能に陥り街道から少し入った場所で動けなくなった。


 今は苫小屋に避難してはいるが監視の目があり移送が出来ない状態。

 しかも時折”雷撃”を放って雇った傭兵なども手に負えなくなったのである。

 そこで街道付近に魔獣が現れたと報告し冒険者ギルドに討伐させれば良い、という話になった。




 「そういう訳か・・・」

 未だブルブル震えながらやっと話をし終えたルコビッチは生気を失った顔を下げ「申し訳ありません申し訳ありません」と繰り返すのだった。


 「しかし何故隠す必要があったんだ?素直に話して依頼した方が盤石の態勢で討伐できるであろう。」

知矢は素直な感想を口にした。


 「トーヤは魔獣の売買はあんまり知らないのニャ。一度商業ギルドで失敗した捕獲を冒険者に依頼すると依頼料はその魔獣の販売額の80%払う決まりだニャ」


 この制度は冒険者ギルドと商業ギルドの間で交わされた正式な約定によるものである。

 最初から冒険者ギルドへ討伐なり捕獲なりを依頼した場合その依頼料は販売額の半分を互いに分け合う。

 しかし利を独占したい商業ギルドは自らの戦力で得られればその利は全て入る。

 しかし一度討伐に失敗し相手を怒らせたり手負いになってしまった場合危険度が増すため冒険者ギルドは利が多く無ければ手を貸さない約定になっている。

 これはもちろん冒険者の安全マージンを取る為高位の冒険者や大勢の冒険者を投入する必要があるからである。

 その為商業ギルドは討伐・捕獲に失敗したことを伏せ通常の安い依頼料で依頼を出したのであった。


 これを知らずに受けていたら一体どうなっていたか、それを考えると知矢は事前調査・情報収集の重要さを改めて再確認する。


 「おい、ニャアラスこりゃあ難しいぞ」と最初に話を持ってきたニャアラスに手を引かせようとしたが


 「ニャア・・・でもトーヤこいつらのウソが解ったから依頼料は大金になるニャア!!」

逆に大金を得るチャンスと捉えてしまったニャアラス


 はたして、知矢は討伐へ行くのか行か否か!  (この件2回目である)









そして未だルコビッチは二人の目の前でブルブル震えていた。





後書き


 1)スコッチウイスキー :麦芽を乾燥させる際に燃焼させる泥炭に由来する独特の煙のような香りが特徴。

 因みに私はバーボンウイスキーの方が好みです。

 スコッチは気高い上品な美味しさを感じます。

 バーボンはほこり臭い田舎な感じがします。

(個人の感想です商品の性質を表すものではありません)




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