第65話 事前調査 ~トーヤこの店が美味いニャア
朝一番人の多い時間帯を過ぎているせいかここ冒険者ギルドを訪れる冒険者の数はまばらであった。
一般的に冒険者はその日に掲示板へ依頼票が張り出された中から報酬が高く自分や仲間の能力で達成できるかを勘案して依頼内容を決める者が多い。
依頼内容は多岐にわたっているがその内容により依頼者の希望とギルドの査定により依頼金額と受付る冒険者のランクが決められる。
そしてAランクの冒険者がCやDランクなどの下位依頼を受ける事は出来ない。
逆にFやEなどの低いランクの者も上級ランクの仕事は受けられない。
これは依頼内容の難易度と依頼金額の問題や依頼者の希望などを勘案するからである。
もちろん下位のランクに依頼される場合の依頼金額は安くなるが危険度や難易度も低めである。
よってより良い依頼は早い者順であるので冒険者の朝は早い。
のんびり朝寝をしているようでは冒険者として生きて行く事などできないのである
「ニャア!まだあったニャ」
張り出された依頼票がまばらな掲示板を指さしてニャアラスが目当ての依頼票を剥がし取った。
掲示板の依頼票を外して受付カウンターへ持って行きそこで初めて依頼を受ける事に成るのだが、知矢はまだその依頼を受けるかを決めてはいない。
ニャアラスの説明だけではあまりにも情報量が少なく獣魔討伐系の経験が少ないゆえに決めかねていた。
「おい、俺は未だ受けるとは言ってないぞ」
「わかってるニャ、ニャーニャさんに聞けば詳しく教えてくれるニャ」
因みにニャアラスの言う”ニャーニャさん”とは”ニーナさん”の事である。
「こんにちはニャーニャさん」いつもの奥にあるカウンターに座り業務をしているニーナへニャアラスが駆け寄った。
「あら、ニャアラスさん、おはようございます。依頼をお受けに成るにしてはずいぶん遅い出勤ですね?」
「違うニャア、朝一番で来てからトーヤを呼びに行ってまた来たニャ」
「 あらトーヤさんと依頼をお受けになるのですか」とにこやかに微笑む。
「おうニャでもトーヤがこの依頼を受けるか迷ってて困ってるニャ、ニャーニャさんから説得してほしいニャ」
「ニーナさんおはようございます。ニャアラスが困らせてますか」
と後から姿を現した知矢。あまり気乗りがしていない様子だ。
「おはようございますトーヤさん、一緒に依頼を受けるそうですが何か不都合でもございましたか?」
知矢は今朝ニャアラスから聞いた六角獣の討伐依頼の話を説明し、詳しい依頼内容を確認してから受けたい旨を話した。
「成るほど、それは当然ですね。依頼内容を精査せずに受けてもしもの事が有っては大変です。どの依頼か教えていただけますか」
知矢はいつまでも依頼票を握りしめてニャアニャア言っているニャアラスから依頼票を奪い取り、ぐちゃぐちゃのしわを伸ばしてニーナへ見せた。
「はい、この依頼ですか。」依頼票を見ながら何か考え込むニーナである。
ちょっとお待ちくださいねと言うと脇に長く居並ぶように配された受付カウンターの方を見て
「ソバーヌ、手が空いていたらちょっと良いかしら」と受付嬢の1人に声をかけた。
ハイと答えたその人族の若い受付嬢はすぐにニーナの元へ来た。
「ソバーヌ、この依頼はあなたの処理ね、こちらのトーヤ様とニャアラス様が詳細をお聞きしたいそうなの。」と担当したと思われる彼女へ詳細説明を求める。
「ああ、ハイ六角獣の調査、討伐依頼ですね」とソバーヌと言われた受付嬢は依頼内容を思い出し説明を始めた。
・直接の依頼主は商業ギルドだが本当の依頼者はその街道をいつも利用し行き来している商会達が危険を感じ仲間同士で依頼金を出し合い討伐の依頼として受け付けた。
・その依頼に重ねて冒険者ギルドの調査部が依頼金を積み上げ調査を依頼した。
・討伐に関しては1頭のみの目撃の為1頭分の成功報酬。素材等は討伐した者の物。
・調査部は多頭生態種が何故1頭のみしか目撃されていないのかを疑問視し他の群れが近くにいないかを調査希望。
・今のところ獣魔により被害は報告なし、目撃例は多数しかし距離が在った為詳細の確認は出来ていない。
「以上が依頼内容になり、こちらの地図に表記されているのが目撃された箇所になります。以上になりますが。」
ハキハキした口調で明確に説明した受付嬢はニーナの顔を窺うように横目で見ている。
「はい、わかりました。中々しっかりした説明だし内容も整っているようね。」と笑みを浮かべ彼女の対応を評価した。ありがとう、もう戻って良いわよとソバーヌと言う受付嬢を業務に戻すのであった。
主任たるニーナに合格と思える評価をされたと感じた彼女は喜びながら知矢達に挨拶をし戻っていった。
その様子を見ていた知矢は(ニーナさんは主任だから彼女たちの指導と評価も業務の内なんだな)と転移前の会社の様子を思いだし重ねながら観察していた。
「いま彼女が説明した事で何か疑問はございますか?」と二人へ聞いてきたが知矢はこれでは正直全く分からないのと一緒ではないかと思ったがこの世界の流儀と言うかやり方はこんなものかとも思うのだった。
知矢の考えでは先ず
・調査依頼のみを出し詳しい状況を確認する。
・その結果討伐依頼レベルを決定する。
が筋ではないかと感じていた。だがあくまでその考え方は日本人的な発想なのかとも思いこの世界のやり方を受け入れつつ安全マージンは自らで模索するしかないとも理解した。
だが情報は多ければ多いほど良い。ニーナへ六角獣の詳しい生態や過去の討伐に関する情報が無いかを尋ね資料を集めてくれるように頼んでみた。
「ハイ、分りました。では資料の準備に1日程頂ますのでこの依頼は保留として私の預かりとしておきます。明日もう一度いらしていただき資料を見てご返答頂けますか?」
と知矢とニーナの間で話はついたのだがニャアラスは
「そんなのいらニャイニャ、行って見つけて狩れば良いニャ」と暫くぐずっていたがニーナの
「情報の精査はより高位の依頼を受け達成するためには必要不可欠な事ですよ」
と言うアドバイスでもうすぐBランクも見えてきているニャアラスにギルドとしての教育を施すのであった。
ランクが上がればより高位の、つまり高額の依頼料が支払われる依頼を受けられるようになるためニャアラスはランクアップもしたいのが本音であるので大人しく話を受け入れたのだった。
「じゃあ、ニーナさん明日早めに顔を出しますね」と挨拶しまだ少しぐずるニャアラスを引っ張って冒険者ギルドを後にするのだった。
暫く歩きながらニャアラスと話をするとやはり
「もうすぐギルドポイントがたまるはずだニャ、そうすればBランクで報酬も上がるニャ。上がれば兼業やアルバイトから冒険者だけでも皆にもっと仕送りが出来る様になるニャ」
と胸の内を吐露した。
知矢の様に”のんびり老後”を目指す気楽さとは大きく異なり仲間を、家族を強く大事に思う獣人、特に猫獣人の思いを改めて知ったのだった。
何か自分に出来る事は無いかとも考えたが施しなどは失礼にあたるしニャアラスも受け入れないだろう。
自分の商店で働いてもらう事も考えたが他の使用人との給料バランスを考えるとそれほど多くは支払えない。
もっとも他の使用人は奴隷の為一般の使用人と比べると本来はもっと安く使う事が出来るのだが知矢は逆に一般的な給与水準を上回る給料で雇用していた。
この世界では考えられない事ではあるがそのおかげもあってか使用人たちの働きは十二分で知矢に対する忠誠心も強く結果として良い判断だったと思っていた。
しかしそれでもやはり高位の冒険者の方が手にできるお金は多い。
それは当然のことで自分の身一つで命を懸けるし毎日コンスタントに依頼があるわけでもなく他の冒険者と依頼の取り合いになる事もしばしばだ。
そういった意味で考えるとそれ程高収入と言う訳でもないがやはり町家で雇われることに比べると冒険者の実入りは大きい。
だからこそ知矢は確実に依頼を成功させるリスクコントロールには情報が不可欠だとニャアラスへ話をしていた。
「じゃあ、ニーナさんの資料以外にもっと情報を集めて確実に依頼を達成できるようにするか!」
と提案するのだった。
「ウニャ?どうするニャ」
「依頼主の元へ行ってもっと詳しい話を聞くんだ。ギルドに話した情報以外に何かあるかもしれない」
と今日一日を準備のために自分たちも情報を集めようと提案した。
「そなのかニャ、ニャらトーヤの考えに従う」と正直解っているのか不安になりながらも同意してくれたので依頼主の商業ギルドへ行ってみる事にした。
話は前後するが先日の”第2商業ギルド”の事件で第2ギルドはギルド長を始め犯罪に手を染めていた手下や雇った裏町の者も全て騎士団により調査を受け刑が確定していた。
当然ギルドは解散。ほとんどの者が犯罪者奴隷として鉱山へ送られそれ以外の軽微な罪の者も仕置きを受けていた。
それにより現在はギルドは一つに戻り管理貴族による厳しい監査も受け新たなる商業ギルドとして再生していた。
因みに元ギルド長のボンザンスがため込んでいた財産は全て没収。過去にさかのぼり被害者や遺族への賠償に充てられたのであった。もちろん知矢は一切の権利を放棄したことを明記しておく。
追記するとボンザンスに賄賂を受けていた騎士団第3団副団長はその職を解かれ地方の部隊へ一兵卒として送られた。
併せてボンザンスから魔道具商店の秘密を盗み出すように依頼されていた兵士も同様に厳しく処断されたのだった。
知矢とニャアラスは冒険者ギルドを出て商業ギルドへ向かう途中通りの屋台に寄り昼食を食べてから行く事にした。
ニャアラスおすすめのその屋台は川魚の塩焼きやフライを柔らかめのパンに香味野菜やスパイス、何かドロッとしたソースのような物を挟んでいる物を売る屋台だった。
初めて食した知矢は「えっ!パンと焼き魚ってこんなに合うのか!」と驚き良い物を教わったと感心しながら何個も食べていた。
ついでに使用人のおやつにどうかと思い店の魚が無くなるのではないかと言う数を注文し無限倉庫へ仕舞いこむのだった。
思わぬ大量注文に大忙しながら大喜びの屋台の店主であった。
後書き
魚のバーガーのくだりはこちらをヒントにしました。
https://youtu.be/c6ClJCf8mZk
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます