第12話 南の国 ~ 常夏の楽園ではありません



暗い路地を離れ行き交う人もいる夕刻の通りを宿へ向かい知矢は歩いていた。



(「俺たちみたいな”南の大国”から流れてきたものは獣人以下の扱いだ、まともな職に就けるわけねえだろ」)



先ほど出あった客引きの青年のセリフが頭をよぎる。




こんな良い都市にも闇は有る、当然なことだ。



日本にも幸せに暮らす人々の陰で過酷に暮らす者や虐げられている者がいたのも事実だ。


世界レベルでいうと何千万の人が辛い生活を送っているのかもしれない。




この異世界でどれだけの人がそんな生活を送っているのか想像も出来ないが知矢がそれを全部背負うことなどできないし知矢は神でもないし使徒でもない。



確かにマジックバックには相当な金が入っているがただ金を恵むだけでは何の解決にもならないし金が尽きたら終わりだ。


手を差し伸べるなんてセリフでは何も始まらない事も重々承知している。





そんな事をつらつら考えながらいつの間にかに宿へと就いた。




宿の戸を「チリーン」ベルを鳴らしてはいると今日はすぐにミンダが顔を出した。



「あらお帰りトーヤすぐ食堂へ行くかい?もう夕食出せるよ」



と尋ねながら近くに寄り小声で「あんた今朝あんな大金渡してきたけどどういうつもりなんだい、下手な貸家ぐらい1年は借りられる大金だよ」



と心配そうにそして知矢の意図を探るように聞いてきた。



この子はひょっとしたら貴族の坊ちゃんか大商会の跡取りなんじゃないかとも考えて。




「あっ、いきなりでごめんなさい、今後の方針が決まってから定住の家でも借りようかとも思ってますがこの調子だといつになるかわからないし、綺麗な宿と美味しいごはんに有りつけるんですから当分はお世話になりますよ」



と事も無しに言うがミンダの不安や猜疑心も解らなくはないので



知矢も小声で


「実は田舎を出る時に先祖父の残した剣や防具、古い書物を処分したのですが思いのほか貴重な物や高価な武具があり道具屋さんが喜んで大金差し出して買い取っていったんですよ。




両親も早くに無くなり祖父も逝ってしまいましたし土地持ちでもない身ですから全てを処分し都会に出てきたと言う訳です、そんなわけでミンダさん達が良くしてくれるこの宿が気に入りました、まあいつかは出て行く事になりますが自分の生活能力が低いのは理解していますのでご飯の面倒をおかけしますがよろしくお願いします!」




と明るく言い放つトーヤにミンダも「そうかい、そんなに気に入ってくれてるならずーっといてくれても良いよと」少し安心したのか知矢の作り話をどうやら信じてくれたみたいだ。



でもいきなり中金貨はやりすぎたかなと反省する知矢であった。




と、ここで思い出したようにニヤニヤしだしたミンダが



「そうそう、またお客さん来てるよwwこりゃあこの宿を出るのは案外早いかもしれないね」


と、昨日の席に案内しといたからね~と行ってしまった。




「客、昨日の席?あっ!ニーナさんか、よく来るな」


と席に向かうと案の定昨日の席にニーナさんがニコニコしながら座っていた。



「こんばんはニーナさん、今日もこちらで食事ですか?」



「はい、トーヤ君、私も仕事を終えてから食事を作るのがついつい億劫になりがちで今夜も来てしまいました。いけませんでしたか?」



少し不安そうに知矢の顔をうかがう素振りを見せるが、



「とんでもない、大丈夫ですよ、それに1人で食べるより話しながら楽しく食べる方が良いですからね」と答えると安心した様子でミンダに声をかけて食事を注文するのだった。



「今日はギルドにいらっしゃいませんでしたがどうしてましたか?」



「ええ、今日はまずこの都市を知ろうと思い外側に面した箇所を歩き回り散策していました」


と話し始めた。



すぐにミンダが焼いた肉片と茹でた野菜やジャガイモの様なイモ類を一つの皿に盛り提供し二人にそれぞれビールとワインを供して何も言わずに去っていった。



忙しいのだろうとふと見送ると顔だけ振り返りニンマリしている・・・全くと思っていると



「トーヤ君どうしたの」



「いえいえ特に、さあ頂きましょう」



ええ「「乾杯!お疲れさまでした」」


とジョッキとグラスを静かに併せ食事を始めたのであった。



たわいも無い事を話しながらニーナはギルドの事を語ったり知矢は今日見た光景などを話しお勧めの店なども聞きながら過ごしていた。





そう言えば、と知矢は余り若い女性に聞く話ではないのかもと先に詫びを伝えしかしギルドに勤めるニーナなら詳しい情報も知っているのでは?と夜の裏街でであった男と言っていたことを聞いてみた。




「そっか・・裏町を通ったのね、でも寄り道してこなかったみたいで良かったわ」


「えっ?」


「いえいえ何でもない・・南の国、南の大国と流民の事だったわよね」と少し慌てながら話し始めた。







”南の大国”正式には”ルドマリッド人民共和王国”と言い人目ををはばかる時には”南の国”と敢えて国名を出さずに言われることが多い国だ。




片や知矢が初めて訪れた商業中核都市”ラグーン”は大中小10数ヶ所の商業都市と2ヶ所の工業都市2か所の鉱山都市、6ヶ所の大規模農業地帯そして中核を担う城塞都市群から構成される”ギルバルト帝国”の一都市であった。




このギルバルト帝国とルドマリッド人民共和王国は互いに領地が隣り合わせているもののその間には一部を海が、一部を大河が、そしてそのほとんどを険しい密林の山々と更に高くそびえる山の頂が連なる為互いに行き来するのが困難な関係でもあるが




それ以上に行き来を困難にしているのが政治体制の違いとその待遇、そして長い歴史の中で延々と繰り返してきた争い、戦争によってであった。





互いに最初に争いを始めたきっかけは些細なものだったのかもしれないが現在それを明確に理解している者は少ない。




どちらかというと生まれた時から争っているのだから今後も戦い続けるのだろうと思っている民が殆どかもしれない。




両国の歴史書を紐解くと多少歪曲されてはいるものの大筋としては北の山々を越えた広い土地を欲しがるルドマリッド人民共和王国が延々と領地侵犯を繰り返しているのが現実であった。




片やギルバルト帝国は元々小国が争いもなく自由にその周辺開拓をし互いに貿易や流通にて栄えてきた歴史がある。


それもはるか数百年以上前であるが。



当のルドマリッド人民共和王国成立は当時70年ほどしか経過していない国だったが元々先に存在していた王家を持つ国家や周囲の小国家をクーデターを操ったりだまし討ち等によって次々と征圧、吸収・統合を裏で操ってきた一部の軍事主義者によって出来た歴史の浅い国家である。



だがその浅い歴史を土地に昔あった国家の成り立ちをうやむやに利用して”建国4000年”を詐称する国が出来上がってしまったいう実にでたらめな成り立ちであったが、版図の広さに比例して多くの国民を抱える事となったにもかかわらず国家の成り立ちが出鱈目であったのだから国の運営もまともな訳がなく常に食糧難と飢餓が襲い経済や通貨の混乱がいつまでもおさまらず、国内部の不満分子による放棄、逃散が頻発し政府転覆ももう間もなくかと思われていた。



だが指導者が優遇して保持してきた巨大な軍事力を背景に共産主義的な圧政によって死者は闇に葬られ形だけは国家として維持してきた。



そんな国家上層部が目を付けたのは山向こうの実り豊かな大平原と盛んな経済流通をしていた小国家群であった。



国内の不満のはけ口を他国にぶつけるよう民意を誘導し、自分たちが飢えているのは奴らのせいだといつの間にかに意識操作によって人民の心を侵略へと走らせたのであった。




そんな時に都合よくて進行しやすかった近場のある1小国に対しいきなり前触れもなく軍事力をもって海を渡り侵攻してきたのがルドマリッド人民共和王国であった。





当初急襲された小国は元々刑事警察としての兵しかおらず当然、防戦空しく国民総出で別の小国へ逃げ去ったがその逃げ延びた小国に対しても次々と軍事侵攻を続け始めた王国に対し元々友好的であった小国の指導者たちは怒りを終結させ力を合わせて対抗するに至った。




それが今のギルバルト帝国の始まりである。




当初急襲により橋頭保を確保したかに思えた王国側であったが小国連合軍が思い切った作戦に出たことにより苦境に立たされることとなる。




つまり侵攻してきた敵の物資供給を経つ為苦渋の選択”焦土作戦”に出たのであった。




侵攻してくる王国軍に対し抵抗を見せながら時間をかせぎその間に市民、国民は全てのあらゆる食料、武器類、生活用品を持てるだけ持って別の小国へ逃げおおせる。



その後退却際に最後の抵抗軍が井戸などへ毒を撒いて飲料としての使用を阻害する。




王国軍が制圧したと思って入国してきた頃にはもぬけの殻、金品どころか一滴の水さえも得ることができない状態であっ


た。



自分たちの国や街を毒で汚し引かざる得ない状態に国民は誰もが血を吐くがごとくの苦渋の選択であったが王国に先に制圧された国々や都市の悲惨すぎる惨状を目の当たりにした大英断だった。




この苦渋の選択にもかかわらず王国は更に食料と水、金に勿論肥沃な土地を求め小国軍の奥深くまで進攻を続けたのは先頭に立ち軍を率いていた者達の驕りなのか擬態で敗走し続ける小国家の苦渋の作戦と思いもせず略奪を求めて侵攻してきた。







そしてその時は来た!



王国本国からはるかに長い補給線、しかも量は全軍を賄うに全く足りず脱落する兵を見捨てて進軍して来た代償に気が付いたときにはすべては終わりを迎える始まりだった。




怒りに怒りを貯めた小国軍の兵士と共にさらに怒りに震える一般国民も武器を取り侵攻し疲弊している王国軍を4方向より一斉攻撃。




食料にも事欠き長い遠征で疲弊していた王国軍は見た目の人数は数倍を誇りや装備を保ってはいたがもう既に相手になるものでは無かった。




敗走しようにも囲まれた状態、一部の高官や指揮官は投降を申し出るも一切聞き入れられず全ての兵、指揮官から雑兵に至るまでがこの大地から消え去るまで怒りの固まりであった兵と民は戦った。



さらに接収した都市に残されていた兵、進軍の橋頭保と位置付けられていた港の小国跡に駐留していた船軍も全て駆逐されたのであった。



戦いは終わった・・・悪辣なる隣国の兵をことごとく葬り去った兵士・国民は歓喜に沸き立ったのだったがそれも一刻の事、荒廃した国、大地そしてこれから思うと歓喜の反動か泣き崩れ怒りに満ちて爆発させた力も尽き果て復興・再建へ立ち上がる気力さえも失いつつあった。






そんな兵や国民に勝利と希望を与えた存在が1小国の皇子であった青年、若き頃の初代皇帝ギルバルトであった。



ギルバルトは自ら先頭に立ち畑を、井戸を復興させ、指揮を取り街を再建していった。



それにはもちろん多くの小国の王族や兵士、民の力が再度結集されたものであったからだが復興半ばながら民の生活が落ち着いてきた頃各小国の指導者が一堂に会し今後の対応、再度侵攻してくるであろう予測された南の王国へ如何にして対抗するべきかを論じていた。




結果として形になったのが帝国の前身であった連合国である。




この連合国に対して度々南の大国は侵攻を画策し連合国側は一致団結して打ち砕いてきたのがその歴史である。




そして何年物戦争を経験し連合国の合議制国家形式より一歩進み強固な政治体制を確立し広大な大陸に役割を分けて明確化させ効率化を計り強固な国家を作る為、その為に大中小の専業都市国家が形成された。



これこそが現在のギルバルト帝国の祖、起こりである。




以後数百年にわたり両国家は争いが絶えたことは無かったが1度として帝国が王国に侵攻を試みたことも無かったのである。






そんなこの都市の成り立ちや国家の話をニーナから克明に聞きながら料理を食べ盃を重ねた二人であった。



白熱気味に語るニーナ


真剣に聞き入り知矢



二人の夜はまだまだ続きます。




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