第11話 また方針転換 ~ 綺麗なお姉さ~ん

小腹を満たしリュックの水筒の水で塩味を流しサッパリとしたあと通りの脇にたたずみながら改めて周囲の人々を観察してみた。



荷を運ぶ者、楽しそうに家族で連れ立ち歩く者屋台で仲間と酒を呑みながら談笑する者、屋台裏で下ごしらえをするもの、皆一様に一所懸命生きているが何か楽しそう、幸せそうに見えるのは何故だろう。



知矢の生きてきた世界、特に日本は世界レベルで見ると平和な国で経済レベルもひと時よりは落ちたが十分な状態で街も都市も綺麗だと海外からの旅行客から評される国であった。




インバウンド景気に沸いた一部の観光地や繁華街では大陸人と言われるものが大挙して押しかけゴミと騒音をまき散らし無法な行動と共に景観を損ねた等と批判が爆発していたが昭和40~60年代の農協団体旅行でハワイやその他の海外に押し掛け彼の地の人々から大批判を浴びた事を思えばやっていることは同じだったのだろう。




因みにその旅行に行っていた者は今は老人、知矢より10も20歳も上の世代であるが皆一応にその話題に口をつぐんでいる。





そんな事は置いといて日本はそれだけ暮らしやすい国ではあったが毎日ぎゅうぎゅう詰めの通勤通学電車・バス・道路、その中の人々は一応に朝から疲れた顔をしていたような気がする。




時間の流れも異世界では陽が出て活動開始、暗くなれば寝てしまうので実働時間や余暇を楽しむ時間はだいぶ少ないが日本のせわしない1分1秒を争うようにスケジュールを調整し動いていたのに対してやはりその行動ものんびりとしているのにもかかわらず無駄な空気とか焦る様子がない、と言うより焦る必要がない生活習慣であるのだろう。




ひょっとしたら日本以外の諸外国はもっとのんびりしていたのかもしれないが比較対象が日本の知矢はこののんびり感と人々の幸せそうな様子を観ているとここなら「のんびり老後」が実行できるのではと思っていた。




しかしふと振り返ると今朝や昨日の自分の思考・行動を思い返すと



「あれをしなければ、ああやっぱりこうすべきだった」



とバタバタ焦って考え、焦って行動し、今も「今日中に都市の外郭を回り色々見て方針を決めねば!」



と「のんびり老後」には程遠い事をしていた気がする。




確かにのんびりと昼酒を飲む習慣をつけてだらだら寝て過ごすなどは知矢の性格的には合わないが逆にそれも偶には有りなのかなとも思っている。



「のんびり老後」って何だろう?



その命題にぶつかったとき思考が止まった気がした。



歩みも止まり近くにあった花壇の縁に腰かけ気が付いたらぼーっと時間を過ごしていたのであった。





知矢の思考が止まっても人々の営みはゆったりだが動いていた。


考えようとしても何か見えない壁に当たったかのように思考が進まない。



焦っている訳では無いと思っても何かしなくちゃ何か考えなくちゃと実は空回りをしているだけであった。



何故かその停滞した思考の中で思い出したのが”奇門遁甲八陣の迷宮”と言う言葉だ。




言葉じゃないなセリフだなと思い出したそれはある”アニメ”の中で信長を悪しきものとして描いていた退魔物の話だった。




信長に追い詰められた主人公が”清国の呪術者”により”奇門遁甲八陣の迷宮”という術で信長を惑わし九死に一生を得たというシーンであった。



要は目くらましの術で時間をかせいだだけのシーンであっただけだが



停滞していた思考の中で浮かび上がってきたそのアニメのシーンを思い出したとき自分もまた思考の迷宮で迷宮ほどではないが迷路に迷い込んでいたのではないかと気が付き



「そうだ、最高神様から寿命をもらい若返ったんだからあわててあれこれ考えても仕方ないや」



と再び考えを新たにしとりあえず焦る必要はないけど今日は外周を廻ろうと思たのだから取りあえず回ってみるか!



と立ち上がり周囲を見渡すと人通りがだいぶ少なくなっていた、それはその通りである太陽が低くなり始め15時位の感じかもうすでに人々は一日の終わりに向けて方向転換を始めている。



「あれ?俺そんなに長くここに居たのか・・」失敗したなと一瞬思ったが「これものんびり生活する事なんだろうな」と気にするのをやめて「よし今日はこここまで観たから帰りは中央通りをのんびり歩きながら帰るか」と方向転換をして宿への帰路に付いた。






帰りながらの都市、人の様子は昼間とだいぶ変わってきた。



固定の商店や露天、で店は店仕舞いを始め代わりに開店準備なのは食事処や飲み屋の類だろうか。



そんな夕刻の変化を眺めながら中央通りから脇道へ曲がり「確か”木こりの宿とご飯”の方角はこっちだよな」とまあ、大体の方向が有ってればその内つくだろうと思って歩いていたが電気も街灯もないこの世界を少し舐めていたかもしれない。



だが魔法の使える知矢はライトLV2で懐中電灯の様に先をも照らせるので心配はないのだが。




遠くにはまだ完全に沈んでいない太陽の明かりがあるが一歩路地へ入るとかなり影が落ち見えない訳では無いがその状況を知っている地元の者は歩いている様子もない寂しい路地になっていた。




その時であった「おい兄ちゃん、まだ決まってないならうちどうだ!」


と不意に路地の開いている扉から声をかけられた。




みると木戸の奥に薄暗いランプの光が1つ、それに浮かび上がる様に男が立っており声をかけたのであった。




「いえ、宿はもう決まってますから」てっきり宿の客引きと思った答え過ぎ去ろうとしたが



「おいおい、こんなところに宿が在るわきゃねえだろ、まあ泊まりもできるから宿とも言えなくはねえけどヒヒッヒ」



と軽い口調で答えながら木戸を出て知矢に近づき小声で




「良い女がいるぜ、まだ口開けだ選び放題だぞ、本当は5枚だが兄ちゃん特別中銀貨4枚でどうだ泊まりだと大銀貨1枚と中銀貨2枚だが酒とつまみも付くぞどうだ」




※1)”そういった店”かと知矢は気づいたが正直中身が60歳の知矢にそっちの欲望は余りないので



「いやあ間に合ってますよ」


と立ち去ろうとしたが通りにだれもおらずどうしても客が欲しいのであろう男は引き下がらない。



「おいおい、そんなつれなくすんなよ、あっ!おめえ未だなんだなそうだろ!よっしゃならこの店一番の娘をつけちゃるから来いよ」




と知矢の腕をつかみ強引に店へ引き込もうとした。




「孫までいる俺が”未だ”なわけねえだろこの若造が」と思っていたが若返った知矢より客引きの男は明らかに見た目年上、若く見える知矢を勘違いしたのも無理はない。




強引な客引きに掴まれた腕を※2)体さばきでスルリと抜け歩き始めると



「あれなんだ、こいつ変な技使いやがってこら待てや!」となおも追いすがる。



すると知矢は急にその場でくるりと振り返ると男に



「せっかくこの世界、街の人々は平和で幸せそうないい人ばかりだなと思っていたのになあ」


と残念なまなざしを向ける



急に振り向き男に相対した知矢に急に止まると男は



「何が平和で良い人ばかりだよ!ふざけんな、俺たちみたいな”南の大国”から流れてきたものは獣人以下の扱いだ、まともな職に就けるわけねえだろ。



お前みたいなボンボンに何がわかる!もう金だけ置いて行っちまえ見逃してやる」



と胸ぐらをつかみ懐を探る様に手を伸ばしてきた。



知矢はつかさず男の手首を捻り空中に飛ばし一回転ひねりの後、路地に叩き付け・・ず、ふわりと背中から着地させた。



男は一瞬「フェえ?」と素っ頓狂な声を上げたが一瞬で投げられたことをやっと理解し「あわあわ」し始めた。




「若く見えても冒険者なんだから舐めると痛い目にあうぞ、それに移民や流れ者で、夜の商売でも誠意をもって商売すれば何も卑下する必要はない。




事情はそれぞれあるだろうが皆精一杯生きているのだぞ若いの!



お前はまだまだこれからだろう、どんな商売でも客に手を出し※3)追いはぎまがいな事しとったら客も付かなくなる、そこんとこ考え直してみろ! 



いや、説教じみて悪かったな」じゃあなと言い残し去っていく知矢。



放心している男は知矢をじっと見つめながら未だ立ち上がることが出来ないで見送る事しかできなかった。



路地を進み少し明かりと人通りがある道へ出た知矢は再び宿への道を進んだ。



「こっちの世界の夜のお姉さんか・・少し興味があるな」


と思いながらも日本に残してきた妻やかわいい孫ちゃんの顔を思い出しその思考を打ち払って少し足早に宿へと向かうのであった。





*************************



※1)そういった店を何を指すのかはご想像にお任せします(R15指定ですので詳細描写を書く訳にはいかないですよね)べつに私が童貞でそんな店に言った事がないからかけない訳じゃないんだから!!!



※2)体さばき:柔術において足のさばき(動かし方)、体重移動だけで相手を翻弄し攻撃をかわしたりさばきだけで相手を倒すことも可能。(これはほとんど神業)。


柔道にも取り入れられているが基本が形骸化したスポーツなので殆どの選手は力や大技小技に終始する。



※3)追いはぎってご存知ですか?簡単に言えば路上強盗ですね



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