第10話 小腹が空いた ~ 獣人?・・やっぱりいた!



 鍛冶士、武器屋のガンテオンと別れた後知矢は散策を続け外周を東門目指して歩んでいた。


 「いやー良い小刀を手に入れられてよかったな」

 と一本を残し肩に背負うリュックに仕舞ったナイフの事を考えると自然と笑みが浮かんだ。



 日本にいた頃、知矢は”居合術”をたしなんでおり日本刀ももちろん持っていたが併せてその道場では※1)”手裏剣”の技も指導を受けており小刀で的を狙う術も身に着けていたので家には日本刀の他に種々のナイフや小刀も所持していた。



 だがあいにく日本では通常その類を持ち歩くことはもちろん法的に許されないので道場へ行くときのみ、しかも厳重に小刀類を布で巻き紐で縛るなどの処置をしバックに仕舞わないと持ち歩けない。



 ましてや”手裏剣”の技を公の場で使う機会など無かったがこの世界に来て刀を腰に差し飛び道具としてそして何かの時の為に小刀をその内買いたいと思っていたので猶更である。



 一応一本のナイフは付属していた革製の鞘に納めた状態で刀と併せて腰にくくり付けてある。


 以前使っていたものと形状や重心、重さが全く異なるのでどこかで練習しないと以前の様には使えないなと考えながら歩いていた。





 北門(ノースゲート)を出発し通りの店を散策しながらゆっくりであったが既に2時間ほど歩いているだろうか。


商業中核都市”ラグーン”の大きさを把握してないとはいえこんなに広いのかと改めて思っていた矢先、細い外周道路が開けた通りと交わる場所に出た。




右を見ると大通りは川辺にぶつかり行き止まり、代わりに石垣と丸太を組み合わせた船着き場が現れた。



「これが東門の船着き場か」


と川と船の様子を観ようと川辺に寄っていくと




「おい、そこの冒険者!ここから先は船に乗るもの以外は立ち入るな!乗り合い船の客なら乗船証を出して並べ」




とここにも門番が出入りを見張る為に立っていた。



知矢は「ごめんなさい、ただの見物です、船着き場は出入りが厳しいのですか?」



と純粋に聞いてみたところどうやら禁制品を船で持ち込んだり逆に犯罪者が旅人に紛れて素早く逃げる為に船を利用する事が有った為出入りを制限していると話していた。




「君は新顔の冒険者のようだな、身分証を預かれば短時間なら見物してもかまわんぞ。ただし良からぬ事を考えなければな」



一応注意を受けたが知矢を怪しんでる訳では無く職務に忠実なだけで新顔の田舎者が興味を示すことに寛容なようだ。




さっそく好意に甘えギルドカードを渡し門を、と言うより両端には極太の丸太が立っているだけの出口を通り丸太が杭として打ち込まれ大きな石を護岸にしただけの船着き場を見て回った。



船着き場と言っても狭い川を行きかう船なので船自体も大きい物で幅は人が4人ほど横並びに座れる程度、長さも20mも無いだろう、そんな船が3艘もやってあった。



しかし思っていたより護岸の長さはあり都市の外壁沿いに100mはありそうで幅も10mはあるだろう。



3艘の内2艘は客が数人乗り込んだり、荷を積み込む途中だった。


荷を積み次第出港だろうか。



1艘は客も荷もなく暇な船頭だろうか、男が1人草木で編んだ帽子を目隠しにし昼寝の真っ最中の様子。


起こさない様にそっと傍を通り過ぎると



「にゃんだ、客か?」



にゃんだ??知矢の気配を感じて起き上がった船頭は、



「え?猫?」あまりにも唐突に現れた猫人に知矢はうっかり声に出してしまった。



「にゃんだよ!猫で悪かったな、こう見えても船を操ればそこいらの人族には引けをとらにゃいんだぞ!さっさと乗れ、俺の腕をみせてやるにゃあ!」



と怒りをあらわにし毛を逆立てた獣人、猫人は知矢に詰め寄る。


船から岸へ一瞬でさっと飛び移った猫人だが船は全く揺れる気配もなく静かに川辺に浮かんだままであり岸へ着地した音も全くしなかった。



「いえ、ごめんなさい馬鹿にしたのではないんです、あと、客ではないので船には乗りませんが・・・」



知矢へ詰め寄る猫人は日本でよく見た事のあるトラ茶柄で体躯はスラットしているが来ている服の上からも締まった筋肉が鍛え上げられていることを表していた。




「いんにゃ、俺が獣人と知ったから乗らにゃいんだそうに決まってる!」



プンプン怒り出した猫じゃない獣人の船頭の怒りは収まらない、すると



「おいそこ!何を揉めている」と先ほどの門番が走って寄ってきた。



仲裁者の出現にすこしほっとした知矢だが猫人は怒りを門番へ訴える



「こいつ俺が獣人だとわかったら船には乗れにゃいとかぬかすんだ!猫権侵害だにゃあ!」



猫の権利がきちんと確立されている世界なんだなと少し関心しながらも



「ごめんなさい、門番さんこの人を見た瞬間に驚いて猫って言ってしまいました。


獣人の方は初めて会うもので、船に乗るつもりも猫人さんの腕を馬鹿にする気もなかったんです。」



と慌てて言い訳をすると



「おい、ニャアラスこいつは本当に客じゃないぞただの船着き場見学の奴だ、逆に乗せるとお前も同罪になるぞ。



おい冒険者、たしかトーヤとか言ったな騒ぎを起こすなら見学は認められん、出て行ってくれ、ギルド証は入り口で返却するからついて来い」



「なんだ本当に客じゃにゃいのか、紛らわしい奴だにゃあ、でも獣人を見たことにゃいって?どんな田舎から来たんだにゃあ、全く」



猫権侵害の怒りはまだ収まってい無さそうだが客じゃないとわかって再びゴロンと船に寝転がってしまった。



「ごめんなさいニャアラスさん、船に乗る事が有ったらその腕を見せてくださいね」



と知矢は門番に連れられて船着き場を後にするがニャアラスは興味を失ったのか帽子を顔にかぶせて見向きもしなかった。




再度船着き場から都市内へ入った所で門番の詰め所にてギルド証を返してもらった。



「おい、若いの本当に獣人見たことがないのか?まあこの都市もそれほど多くは居ないが猫人以外にも他民族、多種が暮らしているんだから言葉には気を付けろよ」と教える様に話してくれた。



「はい本当に騒がしてごめんなさい。いやあ突然目の前に猫人さんが現れて、びっくりしてつい口走ってしまいました。以後は注意します。」



「まあ、良いさ田舎から出てきたのならそんなこともある、だが繰り返しになるが他族を偏見の目で見たり馬鹿にするような言動は決してするな、それが俺たち”商業都市国家”の一員である者の矜持でもあるし南の王国と同列に見られたく無からな」



南の大国?解らない名が出てきたがとりあえず再度わかりましたとわびてその場を後にした。





”商業都市国家”の矜持か、この街で出会った人々は皆良い感じの人ばかりだと思っていたけど心の中に芯が入った強い思いが有るからなんだろうな、素晴らしい都市に来たな、



と思いながらこれからまた出くわすであろう他の種族に驚かずに普通に同じ人として接する様にしようと思った。





あまり川辺や船着き場をじっくり見る事は出来なかったがこれ以上いて猫人さんを怒らせたり門番さんの不興を買っても仕方がないので先に進むことにした。



外壁と交差するメイン通りは船着き場で働く人々や客でにぎわっておりそれを目当ての屋台なども出ていた。


知矢も小腹が少し空いてきたので屋台を覗てみることにした。



場所柄ここいらの屋台は野菜や果物は無く主に腹にたまりそうな軽食や串焼きなどの店が並び良いに匂いを周囲に漂わせている。



どれが何だかわからないなあ?と思ったが串焼きなら大体旨いだろうと辺りを付け屋台で煙りながら串焼きを焼いている女性に声をかけた



「すみません」


「はーいいらっしゃい、丁度焼き立て有るわよ何本?」


話が早くて助かると思いながら焼かれている様子や匂いにたまらず



「10本下さい!」と言ってしまった


「あら、ありがとう、じゃあ10本で銀貨1枚ね」と手早く焼き上がった串焼きを何かの大きな葉でスルスルっと包み肉汁がこぼれないようにか下側を折り葉の隙間に差し込んで三角錐に仕上げた。



上は丁度串が出るほどの高さで掴みやすい。



「はい、ではこれで」と銀貨を渡すと引き換えに貰った。


「いっぱいありがとうね」と10本も買った知矢に笑みを返す。



「うわー美味しそう、では早速」と串にささった肉にかじりつく、肉は日本の鶏肉より歯ごたえがしっかりしているがカチカチに硬くはなく強い弾力は歯で十分かみ切れるほどだ。



噛んでいくと牛肉の様なうま味と肉汁がしみだして凄くうまい。


味付けはやはり塩味だが何かの微かな香りが肉の臭みを軽減させているのであろうその肉のうまみと合さると十分においしい。



「う~ん旨い!」


「あらそんなに喜んでくれてありがとう」


「いや本当に美味しいですよ、これでビールが有れば最高なんだけどな」



日本と違い街中で昼間から酒を呑んでも泥酔しなければ白い目で見られることもなさそうな雰囲気のこの世界。


もともと日本にいるころからビール好き、焼き鳥や串焼き好きの知矢には串焼きと言ったらビールでしょ!!と言わんばかりであった。



「あら、ビールもあるわよ」と屋台の女主人は栓のしてある焼き物のビンを指さした。



「うちの店はちゃんと冷やす魔道具が有るから美味しく冷えてるわよ」とにこやかに知矢の心を誘惑してくる。



おっ冷やす魔道具ってやっぱりあるんだ、しかも屋台で利用できるくらいだと結構安価なのかなとか思いながら知矢は「じゃあビールも!」・・・と言いそうになるのをぐっと、本当にぐっとこらえて



「いえ、ごめんなさい言ってみただけです。」と少ししょんぼりしながら断った。




40代を過ぎ酒の味を解るようになってきた頃から実は知矢は酒を呑みだすとグダグダになり少々”くどい”酔っ払いの傾向が出てきて妻や子から「お酒飲むとくどくなるから、家ではよいですけど外では注意して飲むように」


とこの20年言われ続け、飲むとかなり自制が効かなくなることも自覚していた知矢は大好きではあるが酒を呑むことに一定の自制をかけていた。




①昼酒は飲まない


②人と飲むときは※2”ちゃんぽん”しない


③飲みに行っても2次会まで


④翌日仕事が有る場合は深酒をしない




簡単に言うとこんなところだ。



特に①の昼酒は以前付き合いで参加した政治家や有名人も呼ばれている経済団体のパーティーでついつい昼間から仕事の付き合いとはいえ飲んでしまい泥酔し他人に家まで送り届けてもらい妻にこっぴどく注意されてからはそんなパーティでも烏龍茶やジュースを飲みけっして一滴も酒を呑まなくなった。



まあ、単に失敗からきている教訓な訳だが昨日もビールだけとはいえ異世界で初めての飲み会と言えば楽しい飲み会であったせいでついつい飲みすぎたのも頭によぎった事もある。



「あら、そう残念ね。」と知矢の表情から無理強いを避け「また買ってね」と諦めてくれた。



気を取り直し串焼きを頬張りながら周囲の屋台を眺めては後で食べようと思い幾つかの軽食を買ってはそっとさりげなくマジックバックに仕舞っていく。



よく観察されると物量的におかしな事に気が付く者もいるかもしれないが大勢の人が行き交いながらだとまあ気付く者はいないなと一応注意しながら買い物しまくる知矢であった。



最初解らなかったが最高神から貰ったリュック型のマジックバックは”時間停止”機能があったのだ。


”指南書”をよく読んでいるとそれらの記載もあった。



それに気が付いたとき”よっしゃ”と有りがちではあるが重要な機能が備わっていたことにもう一つこの世界で生きていく安心の1つになった。



そういえば先ほど買った串焼きだが知矢の鑑定結果には”鳥の魔物、牛バードの肉、串焼き、塩と香味油焼き”と出た。



”牛と鳥”かよ、味わったそのまんまじゃねえかと突っ込みを入れながらも美味しい魔物の名前を覚えたのでいつか俺にも狩りが出来るかなと考えながら歩先を北へ通じる外壁沿いの道へ戻り散策を続けるのであった。








※1) この手裏剣とは”忍者”が使うような三方や四方に尖った投げると回転しながら刺さる物や苦無の様な棒手裏剣とも全く異なり日本刀の鍔元に差し入れられている薄い細身のナイフを指します。



※2)ちゃんぽん飲み  多種の酒を混ぜてもしくは次から次へと違う種類の酒を飲みことを指す。悪い良いの象徴だが科学的根拠は私は知りません。

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