この夏の終わりに
会場にほど近い公園に、まだ空いている眺めの良い場所を見つけた星那達は、芝生にシートを敷いて場所を確保する。
「それじゃ、僕たちはこの場所を確保しているから、若い子らは少し遊んで来るといいよ」
「うん、ありがとう父さん。何か食べ物欲しい?」
「それじゃ、適当に焼き鳥でも買ってきて貰っていいかな?」
そう言って五千円札を手渡しで来る夕一郎に、了解、と軽く敬礼する。
そんな大人組は、担いで来たクーラーボックスをいそいそと開いて缶ビールを取り出し始めており、星那はその姿に苦笑すると、待っていた夜凪たちの元へ歩き出した。
「それじゃ……どこへ行こうか?」
「そうだね……カキ氷が食べたい気分かな、さっき来る途中に見かけたふわふわなやつ」
「よし、それじゃ行こうか」
そう言って、星那の手を引いて歩き出す夜凪。
星那もその手に指を絡めると、お互いの手を離すまいと、しっかと握る。
そして……物を食べている時を除き、皆で屋台の中を散策中ずっと、星那と夜凪の手が離れる事は無かったのだった。
ヒュルル……という、風を切る音が響いてから、一拍。あれ? と思い始めた次の瞬間、夜空に咲く大輪の花。
続いて胎にドスンと響く重低音に、周囲から歓声が湧き上がる。
それを皮切りに、夜の黒いキャンバスを白く染めんばかりに次々と乱舞する炎の華。
そんな光景を、家族、友人、そして……恋人。大切な人たち皆で肩を並べ、こうして見上げる。
なんと幸せな事なのだろうと、ガラスの指輪を嵌めた左手に感じる夜凪の手の感触を感じながら、星那は思う。
告知ポスターでは一万発と銘打っていた用意されていた花火は、いつまでも咲き続けるかと思われたが……それでも、いつかは終わりが来る。
最後の締めとばかりにひときわ大きな花火が夜空に咲いた後……これまでの喧騒が嘘のように、一人、また一人と立ち去っていく見物客達。
その流れもまばらになり始めた頃、余韻に浸っていた星那達も、名残惜しそうに立ち上がり、帰路につく。
「終わっちゃったね……」
「ああ……もう来週からは二学期なんだな」
「やめて言わないで、もう夏休みが終わるなんて認めたくない!?」
耳を塞ぎイヤイヤをしている柚夏に、皆が苦笑する。
「一夜お兄ちゃんは、まだ休みなの?」
「うん、俺は来月まで休み」
「えー、ズルーい」
朝陽の可愛い苦情に、困ったように頭を掻いている一夜。
あの二人も、旅行以来すっかり仲良しになっていて、星那としては嬉しい反面寂しくもある、複雑な心境だった。
しかし……内心ではおそらく皆、夏休みが終わることに同じ寂しさを感じていのだろう。学生組の口数は少ない。
そんな中で……ふと、星那の隣に居た夜凪の足が止まった。
「……夜凪さん?」
隣に居た夜凪の異常に真っ先に気付いた星那がその顔を覗き込み……
「あの、皆ごめんなさい、先に車に戻って貰っていいかな?」
そう、前を歩く皆へと一言断りを入れ、夜凪の手を引いて街路樹裏のベンチへと導く。
そこに夜凪を座らせた後、自分も隣へと並んで腰掛けた。
そして……夜凪の頭を、自分の胸へと抱きしめる。途端に胸のあたりに染み込んでくる、液体の感触。
それをやけに鮮明に感じながら……無言で星那の胸へと顔を押し付けてくる夜凪が落ち着くまで、星那はただ静かに、その背中を優しく叩いてあげるのだった。
「……ごめん、この夏が終わるんだと思うと、ちょっと感極まっちゃって」
グスッと鼻を啜りながら、すっかり目元が赤くなった夜凪が、それでも晴れやかな表情で呟いた。
「……あ、そっか、私達が入れ替わったのって」
「そう……まだ初夏の頃だったよね」
思えば、三カ月近くも経っていたのだと……あるいは、三カ月近くしか経っていないのだと、ようやく思い出した。
「ふふ……まだ三カ月なのに、なんだか懐かしいな。確か最初は、私が君に告白して失恋したところからだったっけ」
「そうそう、屋上で。君がうっかり口を滑らせてね。あの時は本当に驚いたなぁ」
「うー……私にとっては恥ずかしい思い出なんだけど……」
腹を抱えて思い出し笑いしている夜凪に、星那が口を尖らせて遺憾の意を示す。
「でも、そうか……まだそれしか経っていないんだね」
「あはは、ちょっと濃すぎたよね、この夏は」
「あまり笑い話でも無かったけどね……」
思い出し、二人で苦笑し合う。
――この三カ月、本当に色々とあった。
発端となった、夜凪と星那の学校屋上からの転落事故。
同時に起きた原因不明の入れ替わりから始まった、様々な騒動。
何度も葛藤し、悩み……その末に、星那は女の子として、夜凪と共に生きていく事を決めた。
女の子に付き纏う危険にも見舞われ、一度など誘拐未遂という怖い事もあった。
そして、それを乗り越える度に、絆も深まったと思っている。
これだけの日々が……まだ、たった三カ月しか経っていないという。
今後、自分達がどうなっていくのか不安はあるが……それでも。
「……ねえ、星那君。ずっと、一緒に居ようね?」
「うん……卒業して、進学して、仕事に就いてそれぞれの道に進んで……それで結婚もして、いつか人数が増えても、またこうして一緒に花火を見に来よう……ずっと一緒に」
星那は、夜凪に肩を抱かれるに任せ、その腕に包まれるようにしてもたれ掛かる。
その感触を、存在を確かめるようにしばらくもぞもぞとしていた夜凪だったが……落ち着いたポジションを見つけたのかさらに星那を抱く腕に力を込めると、ポツンと呟いた。
「うん……愛してるよ、星那」
「うん、私もだよ、夜凪さん」
「愛してる」
「あはは、私もだよ。何回言うつもり?」
「何度でも言うよ……星那、君を愛してる」
「分かったから、そろそろちょっと恥ずかし……んむっ!?」
愛の言葉の連呼に、星那は嬉しく思いつつも流石にいたたまれなくなり、咎めようとした瞬間……させないとばかりにその唇が唇で塞がれた。
通りを行き交う人目など気にならないとばかりに、しばらく星那の唇や口腔を
「ぷふぁ! ……はっ……はっ……い、いきなりは卑怯じゃない?」
星那は呼吸が乱れ、涙目となったまま夜凪へと抗議するが、その夜凪はと言うと、自分の唇に触れて驚いた表情をしていた。
「……なんか、甘酸っぱかった」
「それは多分、さっき食べたカキ氷のシロップじゃないかな……」
「ああ、そっか」
どうやらすっかり色ボケ中らしい恋人へと、ジト目で疑問に答える星那。
得心がいったという風に夜凪が一つ頷くと、立ち上がり、星那に向けて手を差し伸べた。
「時間を取らせてごめんね、皆が待っているから帰ろうか……これからも、よろしく。僕は愛が重いらしいから、覚悟してね?」
「あはは……そんなの、最初から承知の上ですよ」
夜凪の言葉に対し、しょうがないなあと苦笑した星那は……その差し出された手を取り、指を絡めて隣に立つ。
いつのまにか、もう花火を見に来た客はだいぶ去ったらしい、人通りもまばらになった道。
そこを、一つの影となった二人は、まるでこの二人の時間を惜しむようにゆっくりと帰路へとついたのだった。
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