花火大会へ

 夕一郎の運転で、花火大会会場から程近い場所にある駐車場へと降りる。


 そこにはすでに、臙脂色の甚平姿な陸と、白地に青の朝顔の小花柄の浴衣を纏った柚夏が待っていた。


「おー、なっちゃん流石に綺麗ーって、あれ?」


 星那は、車から降りて柚夏の姿を見た途端、からからと小気味良い下駄の音を響かせて駆け寄ると、そのまま彼女の背中にぴったりとくっ付くようにして隠れてしまった。


「な、なっちゃんどうした? 出ておいでー?」


 戸惑いを隠せない柚夏がそう呼びかけるも、ブンブンと首を振ってまた隠れてしまう。


 ――やっべ、なっちゃん可愛い。


 まるで幼児退行したような親友のそんな姿に一瞬理性を失いかけたのを、グッと堪える柚夏だった。




「えっと、これは一体何事で?」


 一つ深呼吸をして平静を取り戻した柚夏は、後から歩いて来た白山家、その中でも先頭を歩いていた、可愛らしい某電気鼠コラボ柄の浴衣を纏った朝陽に問いかける。


「えっとねー、夜凪お兄ちゃんが苛めすぎちゃったの」

「失礼な、僕はただ自分の語彙力の許す限り褒め称えただけだよ」

「ああ、それはなっちゃんには無理だわ……」


 夜凪の言葉に、星那に深く同情する柚夏だった。

 そう言われてみれば、夕陽で分かりにくいが今の星那は首筋あたりまで真っ赤であり、涙目でぷるぷる震えている。

 恥ずかしがり屋な星那には、それはもう酷な試練だった事は想像に難くない。


「うん……間違いなく、よー君が悪いねー」

「でしょー?」


 しみじみと頷く柚夏に、朝陽が責めるようにジト目で夜凪を睨む。その視線に、気まずそうに頬を掻く夜凪だった。


「前も言ったが、こいつは恥ずか死する生き物だから、手加減してやれ、な?」

「……うん、正直ごめん、ちょっとやりすぎた」


 陸の窘める言葉に、素直に頭を下げる夜凪。


「星那さんも、今後一緒にいるつもりなら、少しは耐性をつけないといけませんよ?」

「はい……」


 星那の方も、後から追いついた真昼の苦言によって、流石に申し訳なさそうに柚夏の背中から離れるのだった。


 ……と、そんな時、パシャリとシャッター音。


 音に気付いて星那がそちらを向くと……近寄ってくるのは一人の女の子。


「ふふ、可愛らしい照れ顔ですね、瀬織さん」

「あ……吉田さん?」

「はい、奇遇ですね」


 にっこりと微笑んで、近寄って来る彼女。

 彼女は一夜の方へと何やら意味深に手を振ってから、星那へと向き直る。


「というわけで……厚かましいお願いなのですけど、一緒に来るはずだった友人が来れなくなってしまいまして」

「それは……残念でしたね」

「ええ、それで一人で花火を見にいくのは寂しいですから、ご一緒してもいいでしょうか?」


 若干申し訳なさそうにそう語る吉田さんに、特に断る理由もなく……むしろ一夜の応援がしたい気持ちもあるため、星那は彼女の申し出に快諾したのだった。





 そうして、柚夏の背中から離れた星那がようやく平静を取り戻した後、駐車場からはまだ数キロ先にある会場へと向かう一行だったが……


「もう、結構人が居るね……」


 周囲を見回した夜凪の言葉通り、すでに通りには、同じ目的と思しき人々の姿が多数見受けられた。


 中には会場ではなく、この辺りに腰を落ち着けて花火を鑑賞しようと考えた者達狙いなのだろう。コンビニをはじめとした商店の駐車場などにはちらほらと屋台が立っているところもあって、柚夏と朝陽あたりはしきりにそちらに目を奪われていた。


 そんな中で……星那が感じているのは、やはりというか周囲からの、特に星那と柚夏へと向けられている視線。


 水着の時もそうだったが……やはり可愛い女の子というのは人の目が付き纏う宿命なのだと、星那もこの数ヶ月で痛いほど理解でき、もはや諦めていた。


「やっぱりというか、星那と柚夏が揃って浴衣姿で並んでると目立つよな……」

「そうだねぇ……この殺気立った視線も、すっかり慣れちゃったな」

「ああ……分かっちまうのがちょっと悲しいな」


 夜凪と陸、男二人で突き刺さる敵愾心の視線に苦笑しながら……夜凪は星那の、陸は柚夏の肩をさりげなく引き寄せる。


「えっと……夜凪さん?」

「いいから、しっかり寄って」


 それが周囲に対しての「この子は自分の恋人だ」という牽制なのだと理解し、恥ずかしい反面嬉しくもあって、星那はそっと夜凪の腕を取って寄り添う。

 一方の柚夏も同じらしく、こちらはまるで陸に飛びつくようにして、その腕へと抱きついている。


「あ、お姉ちゃんもお兄ちゃんもズルいー!」


 そう言って、星那の空いている方の手に飛びつく朝陽に苦笑しながら、その手もしっかりと握るのだった。


 ……ただ、それだけの事。


 しかしそれだけで、周囲からの視線に感じていた不安が消え、暖かなものが胸へと広がっていくのだから不思議なものだった。




「それにしても、これだけの人数でお祭りに来るのって、初めてじゃない?」

「あ……そういえば、そうだね」


 流石に皆ひとかたまりになって歩いていると迷惑になるため、分散してお互い見える範囲を歩いているが……今回一緒に行動しているのは、まず星那達いつもの四人組と、星那と手を繋いでいる朝陽。


 やや後方にはそんな星那達を見守るように歩いている一夜と、その隣で何か話し込んでいる吉田さんも居る。


 一方で、夕一郎と真昼、才蔵と杏那ら夫婦は、さらにやや後ろを互いに腕を組んで、仲睦まじく談笑しながら歩いていた。


「ハチも来れたら良かったんだけどねー」

「うん……でも、流石にこの人がたくさんいる中に連れて来るのは怖いかなぁ」


 残念そうに言う朝陽だったが、夜凪が窘める。こればかりは仕方がない。


 という訳で現在、友人と家族はほぼ集合していることになり……確かにこうして見ると、星那達は十一人という大集団で来ていたのだった。


「ねぇお姉ちゃん、こんな風にみんなで来れるなんて、今まで無かったよね?」

「うん、うちはいつもは神社を締めていなかったから、父さんや母さんは一緒に来られなかったからね……」


 それを、今回は家族で過ごすためにどうにか予定を空けておいてくれたというのだから、頭が下がる思いだった。


「僕も……『私』も、両親とこうして遊びに来るなんて、三カ月前には思っていなかったな」


 夜凪も……今では信じられないが、以前は両親とはかなり微妙な仲だったと、星那も聞いていた。

 しかし今の夜凪にはそんな様子は見えず、穏やかな表情で後方の両親の様子を伺っている。


「……ん、どうかした?」

「いえ……夜凪さん、今幸せそうだなと思って」


 そう、ふっと微笑みながら思ったままに口にする星那。

 そんな星那の方を茫然と眺めていた夜凪だったが……何故か朝陽が星那の手を離し、柚夏の方へと行ってしまった直後。


 不意に、夜凪が手を引いて道路端に星那を導くと、すっぽりと覆うように抱き締めた。


「ひゃっ!? ど、どうかした?」

「……いや、なんだか無性に星那君を感じたくて。もうちょっとこのままでいい?」

「はぁ……うん、いいよ」


 夜凪は時々甘えん坊になるな……と苦笑しながら、その背中に手を回し、ポンポンと叩いてやる星那なのだった。




 ――僕は今、すごく幸せだよ……君のおかげでね。



そう、他の人には聞こえないように耳元で囁かれた夜凪の言葉に……星那も思わず嬉しくなって、にへら、と表情を崩しながら。

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