星那と理想の自分
「星那君? あの、星那君、怒ってる?」
夜凪と手を繋ぎながら、無言で歩き続ける星那。
その様子に、夜凪が恐る恐る声を掛ける。
しかし返事はなく、そのまましばらく歩き……
「はぁぁああ……ドキドキしたぁ……」
不意に、そんな緊張感が全て吹き飛び、気の抜けるような溜息をつくのだった。
「せ、星那君?」
「あはは、慣れない事はするものじゃ無いね……まだ緊張が解けないよ」
先程の大和撫子とは一転し、困ったように苦笑しながら夜凪へと語りかける星那。その様子はすっかり元どおりで、その落差に夜凪は目を白黒させる。
「怒っていたんじゃ……ないの?」
「夜凪さんに? 何で?」
「何でって……」
キョトンと首を傾げる星那に、夜凪が口ごもる。
てっきり、他の女性と……決して穏当な空気では無かったが……一緒に居た事を怒られると思っていたのだが……
「悪いのは、困ってた夜凪さんや陸に絡んでいたあの人たちだよね。だからあの人たちには怒っていたけど、それだけだよ?」
その言葉に、ほっと息を吐く夜凪。
だが夜凪としては、嫉妬して貰えなかった事を信じていてくれたのだと喜ぶ反面、少し寂しくも思えた……そんな瞬間。
「そりゃ、まあ、すっ……ごくこの辺りがモヤモヤっとしたけど……きゃっ!?」
そんな事を、胸にてを当てながら不意打ち気味に宣う星那。
思わず無言で抱きしめた僕は悪くない。
夜凪はそう言い訳しながら、腕の中でジタバタ悶えているかわいい生き物をぎゅーっとさらに強く抱きしめる。
「おーい、そんくらいにしとかないと、星那は恥ずか死する生き物だぞ?」
「おっと」
背後から呆れたように掛けられる、後ろから追いついてきた陸の声に、我に返った夜凪は慌てて星那を解放するが……時すでに遅し、真っ赤になって目を回した星那は、頭からプシューと蒸気を上げて瀕死なのだった。
そのまま、茫然自失状態の星那が冷却されるまで、その手を二人で引きながら歩いていると。
「はっ、私はいったい……」
不意に星那の意識が帰還し、周囲をキョロキョロと見回して……陸の姿を見つけ、ふっと相好を崩した。
「よ、お帰り。さっきは助かったぜ、ありがとな」
「あ……陸も、無事逃げられて良かったね」
「まぁな。というか星那達が去った後の彼女達、すっかり消沈して帰っていったから、何ともなかったけどな」
「で、だ。柚夏達は、あの場で別れて先に瀬織さん達との待ち合わせ場所に向かった訳だが」
ちょいちょいと手招きする陸に、なんだろうと彼が示す場所を覗き込むと……
「もー凄かったんだよ、ビシッと『私の婚約者に何か御用でしょうか』って」
「ほう、ほう、それはそれは……」
「お姉ちゃん、すごく格好良かったんだよ!」
「まぁ、それは私も見てみたかったわねー」
「あ、あの、皆? お願いだからもうその辺に……」
才蔵達を見つけ、合流した星那達であったが……そこには興奮気味に、星那の武勇伝を二人に語って聞かせる柚夏と朝陽の姿があった。
そして、恥ずかしがる星那を他所にしばらくその話で盛り上がる事になってしまい、星那はいたたまれない時間をしばし過ごす事となるのだった。
「はぁ……もう、お義父さん達ったら」
「うぅん、あれはしばらく盛り上がっているね……」
いたたまれなさに、逃げるように浮き輪を引ったくり海に出た星那と、その付き添いの夜凪は、二人で静かに海上を揺蕩っていた。
「でも、僕だって本当に驚いたよ。星那君があんな強気な対応に出るなんて」
浮き輪で波に揺られながらぷかぷかと浮いていると、夜凪が突然そんな事を言う。
「あー……その、ね。きっと、『星那さん』だったらこんな感じに、自信満々で撃退するかなって思ったんだ」
夜凪の疑問に対し、星那は少し躊躇った後、照れ臭そうにそんな事を宣う。
「『私』の?」
「うん、強くて、綺麗で、そんな理想だった君の姿。絶対に、あんなポッと出の人に負けたく無い、君にふさわしい自分で居たい……そう思ったら、自然と体と口が動いていて」
理想は最初から、星那の内にあった。
だが、それだけではただの真似事だ、真に中身のある振る舞いは出来ないだろう。故に……
「あとは、私に出来ることを精一杯に。神楽の練習のおかげかな、見栄えが良い所作については、みっちりと母さんに仕込まれたからね」
普段は疲れるからやらないけど。
そう言って、星那はペロリと舌を出して戯けてみせる。
「それじゃ、あのモードは私と、星那君の努力が合わさった合作って事かな」
「あはは……そうなるね」
理想の中の『彼女』と、積み重ねた『自分』。
その二つを武器として、真っ向から迎え撃って……結果はあの通りだ。
「初めての共同作業かぁ……」
「そ……そういう言い方しない!」
真っ赤になって抗議する星那の姿に、夜凪は内心で、いつもの星那が帰ってきたと喜びつつ、笑ってみせるのだった。
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