星那の、女の戦い

 彼女達は、自分達がちやほやされるに足るだけの、異性にとって魅力的な存在であることをよく理解していた。


 自分達に尽くし、夢中になり、やがて捨てられていく際の絶望したような顔を見るのはたまらない快感だった。 


 初々しい年下のカップルの男の方へとちょっかいを出して、結果幸せそうだった恋人同士が破局する様など、後で思い出してお腹を抱えて笑えるほどに楽しい見世物だった。


 そんな退廃の享楽に浮かれる彼女達の目に留まったのが、今しがた更衣室から出て来た、まだ高校生になりたてと思しき二人組。


 二人とも、顔は文句なしに合格点。


 片方は一見少女かと思えるほど線が細く見えるが、その実意外と鍛えているらしく、引き締まった体格をした中性的な美少年。


 もう片方は、決してマッチョという訳ではないが、ボクサーのような引き絞られた鋼のような筋肉を纏う、スポーツマンらしき体格の爽やかそうな青年。


 一目で、上物だと分かった。

 まるで大好物である卵を見つけた蛇のように、彼女達は動き出すのだった。


 それが……今までと同じ、自分達の手に負える相手だと、信じて疑わずに。







 ――そして、現在。


 逆ナンパと思しき、見た目であれば綺麗な大学生らしきお姉様方に対して貼り付けたような笑顔で対応している等の少年達……夜凪と陸のテンションは、彼女達の目論見とは裏腹に、地獄の底まで沈み込んでいた。


 陸は柚夏以外、夜凪は星那以外の女性に興味など皆無なのがまず理由の一つ。

 そもそも夜凪は星那の容姿以外興味を持てない元ナルシストであるというのが一つ。


 何よりも……夜凪も陸も、最初から恋人を含む連れと一緒に遊びに来ているのだから、その誘いは受けられないのだと一点張りに主張している。


 だと言うのに、なおもしつこく食い下がる……しかも、それで自分達の誘いが断られるはずがないと、明らかに年下の少年達を見下している……その姿勢が、生理的に無理だった。


 特定の相手が居ると言っている異性にモーションを掛けるというだけで反吐が出るほど印象は最悪で、夜凪の機嫌はとっくに最低まで落ちていると言うのに、なぜそれを理解しないのか。


 そろそろ堪忍袋が限界となり、爆発しそうになった頃。


「お待たせしました、夜凪さん」


 待ち望んでいた声が、イライラとしていた気分をまるで清涼剤のように吹き飛ばしながら耳に届く。同時に、スルッと自然に組まれる腕の、柔らかく暖かい感触。


 それだけで、まるで穢れが全て清められたように晴れやかな気分となり、夜凪は隣に立つ最愛の恋人を優しく抱きしめる。


「ああ……今日も綺麗だよ、このまま誰にも見られ無い場所に帰らない?」

「はいはい……」


 呆れたように、苦笑して夜凪の背中を労わるように叩く星那。自然と抱擁を受け入れているその様は、二人の親密さを否応なく周囲に突きつけていた。


 ……夜凪に対し、若干嫉妬と殺意混じりの視線も刺さっていたが。


「それで……そちらのお姉様方は、私のに何か御用でしょうか?」


 良家の子女の如くたおやかに、だが「婚約者」を強調し有無を言わせない意思を明らかにして、にっこりと微笑んでポカンと呆けていた女性たちへと笑いかける星那。


 だが作り物じみた笑顔こそ浮かべているが、その目は、明らかに笑っていない。

 本気で怒っている美少女というのは、それだけで凄まじい迫力があるのだと、この時夜凪は初めて理解したのだった。


「あ……う……」

「私達は、その……」


 途端、しどろもどろになって口を閉ざす彼女達。


 所詮、中学校から上がったばかりの子供の彼女。

 そんなものに、自分達の色香が負けるわけが無い……おそらくそんな事を考えていたのだろう。




 ――だが、世の中には不公平にも、という者が存在する。




 清楚な水着に彩られた完璧に均整のとれたスタイルに、曇りなき白磁の肌と、陽を受けて輝く天使の輪を浮かべる漆黒の髪。


 奥ゆかしさの奥に自信に満ちて佇むその姿は、楚々としながらも華やかな一輪の花。その可憐さ、芳しさは場に居た者達を一瞬にして魅了した。


 夜凪の前でこそ可愛らしい恥ずかしがりな少女だが……今の星那は客観的に見れば、容姿、性格共に大和撫子を体現したような、淑やかな色香を纏う美少女であって、多少容姿に自信があるという生半可な遊び人風情が立ち向かえるものではない。




 ……と、まぁそれは夜凪の贔屓目も多分に含まれているのだが。



 そんな、明らかに仲睦まじい恋人らしき人物の登場に、彼女たちから傲慢さの滲む自尊心が折れた音が聞こえた気がした。


「……どうやら、用件は無いみたいですね。さ、行きましょう、夜凪さん」

「あ、ああ、うん、行こうか」


 手を引いて悠然と立ち去る星那と、それに少し呆気に取られながらついていく夜凪を止めようとする者は……誰もいなかった。

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