星那と、海、再び
待ってましたとばかりにパンに手を伸ばす腹ペコ達の喧騒の中、始まった朝食。
星那が最初に手をつけるものは決まっていた。これの一番だけは、たとえ夜凪にだって譲れない。
そんな心意気で誰よりも真っ先に、朝陽の作った卵のフィリングに手を伸ばし、炙ったバゲットに乗せ、頬張る。
「お姉ちゃん、どう?」
心配そうに、星那の方を見つめてくる朝陽。
その視線に今すぐ抱きつきたい衝動を「私は良いお姉ちゃん、私は優しいお姉ちゃん」と内心で繰り返して抑え、よく味わって咀嚼し……
「……うん、卵の潰し方も、マヨネーズの加減も大丈夫。美味しいよ、朝陽」
にっこりと笑って、妹の作ったものを褒める。
その星那の言葉を聞いた朝陽が、ぱぁっと表情を明るくして、ようやく自分の目の前にあるムニエルを食べ始めた。
星那はそのまま卵を乗せたバゲットを食べながら、そんな妹の様子を微笑ましく見守っていると。
「ねぇ、これもパンに付けて食べればいいの?」
「うん。ただ、結構コンビーフの塩っ気があるはずだから、少しずつね」
珍しいものを見たという様子でコンビーフのリエットを眺めていた夜凪に、そう助言する。
星那と夜凪の会話を聞くや否や、興味津々といった様子でそのリエットを少量バターナイフで取り分けて、バゲットに載せて頬張る陸と柚夏。
「お……へぇ、暖かいパンに冷たいチーズと肉のパテってのも、結構いけるな」
「お肉とチーズのサンドイッチみたい、美味しー!」
「あはは、口にあったみたいで良かった。作り方も簡単だから、将来お酒を飲むときのおつまみなんかにも良いと思うよ」
何気なく勧めた星那だったが……その影響は、別の場所に飛び火する。
「むぅ、酒……ワインが欲しくなるな……だが朝だしなぁ……」
「あなた、今飲んだら、遊びに行けませんよ?」
「ああ、分かっている……」
テーブルの反対側では、才蔵が酒を飲めないのを悔しがっており、杏那がそれを宥めていた。
――また、朝ごはんにおつまみに良さそうなものを出してごめんなさい、お義父さん。
そう苦笑して、内心で謝りながら、鱈のムニエルをつつく星那なのだった。
「わーい、二回目の海だー!」
食後、一休みして今日は才蔵と杏那も交え繰り出した海水浴場。
その砂浜が見え次第、朝陽は飛び出していってしまった。
「はは、元気でいいな、朝陽君は」
「ええ、本当に……」
先に着替えて荷物を担ぐため、先行した男子達を見送りながら、星那と柚夏は瀬織夫妻と並び、のんびりと会話しながら歩く。
「それよりも、すみません。お義父さんに荷物の見張りなんてお願いして……」
申し訳なさそうに頭を下げる星那。
才蔵の肩には今、大きなクーラーボックスがあり、中には今朝出てくる前に作ってきた昼食用のサンドイッチが入っている。
「ああ、大丈夫。釣りもできる穴場があるからね、私はそちらでのんびりと楽しませて貰うから」
「私は荷物を置いた後で着替えますから、星那さん達はお先にどうぞ」
「そうですか……それじゃ、私達も着替えてきますので、よろしくお願いします」
「お願いしまーす!」
才蔵と杏那の好意に甘えて柚夏と共に一礼し、先に朝陽の入っていった女子更衣室の扉をくぐる。
「あ、お姉ちゃん遅いー! それじゃ先に行ってるね!」
「「早!?」」
星那と柚夏が更衣室に入る頃には、すでに水着に着替え終わって外へと飛び出していくところだった朝陽。
さては、中に水着をあらかじめ着てきたな……そう星那が考えている間にも、さっさと出て行ってしまいそうだった。
「あ……一夜兄さんか、瀬織のおじさん達と一緒に居るんだよ!」
「分かってるー!」
返事もそぞろに、飛び出してしまった。
その元気な様子に苦笑しながら、改めて星那もワンピースの肩紐を解き、着替えはじめる。
「なっちゃんは、今日はどうするの?」
「うん……荷物はお義父さん達が見てくれるそうだから、朝陽は兄さんが私と交代で見ていてくれるって。だから、私も今日はしっかり泳ぎに行こうかなって思っているんだけど……」
とはいえ、今の『星那』の目立つ容姿で、しかも水着姿という扇情的な格好。一人になるのは正直言うと怖い。
故に、柚夏に一緒に居てほしいと目で訴えていると。
「はいはい。なっちゃんってば、そんな泣きそうな顔しなくても大丈夫だよ。一緒に居てあげるから」
「ありがとう、柚夏ちゃん!」
「うんうん、今日は女の子同士でいっぱい遊ぼうねー」
感極まって、柚夏に抱きつく星那。
そんな星那の様子……というよりは、そのお互い今は下着姿なため体に直に感じる柔らかな感触に、柚夏は内心で変な笑い声を上げていた、そんな時だった。
「大変、大変だよお姉ちゃん!」
「え、朝陽? ど、どうしたの?」
「夜凪お兄ちゃんと陸さんが、ナンパされてる!」
慌てて更衣室へと駆け込んできた朝陽のその言葉を聞いた瞬間、ぴしり、と星那と柚夏の間の空気が凍った。
「あ、あはは……二人ともまぁ格好良いから、ナンパもされるよね……ヒッ!?」
あの二人が浮気とかナイナイ……そう柚夏が思い直して、振り返った先。
そこには……光の消えた目で笑っている星那の姿があり、温厚なはずの親友が纏う禍々しいオーラに、柚夏は思わず引き攣った悲鳴を上げる。
「へぇ……夜凪さんにナンパ。へぇ……」
「怖い! やめてなっちゃんその笑顔怖いから!?」
にっこりと笑顔で……ただし目は笑っていない……手早く水着への着替えを再開した星那の姿に、柚夏は珍しい事に、本気で泣きが入った叫びを上げるのだった。
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