皆で市場へ
旅行三日目。
明日には全部綺麗に掃除して、昼過ぎには帰る事になっているため、実質この日が気兼ねなく遊べる最終日という事になる。
そんな日の、まだ朝陽も出切っていない早朝……星那達は全員で、一夜が運転するファミリーカーで市場へと繰り出しているのだった。
「へぇ、こんなに朝早くから、結構賑わってるもんだな」
陸がそんな驚いた声を上げる。
まだ朝の五時前だというのに、すでに市場内は周辺の外食産業や業者と思わしき人々の喧騒に包まれていた。
「そうだな、これでも少し出遅れたくらいか」
「普段は、朝四時開店と同時に人が押し寄せますものねぇ」
「はぁ……」
才蔵と杏那の呑気な言葉に、顔を痙攣らせる陸。
その一方で……
「朝陽、大丈夫?」
「眠かったら、車で寝ていようか?」
星那は、傍で手を繋いで歩いている朝陽に声を掛ける。すぐ後ろでは一夜も心配そうに覗き込んでいた。
「ん……大丈夫……」
朝に弱い朝陽は、それでも目をこすりながら星那について来ていた。
その様子は心配ではあるものの、本人の意思を尊重し、気に掛けながら歩く。
「なっちゃんとよー君は、前にも二人で来たんだよね?」
「うん、まあね。あの時はもっと賑やかで……」
夜凪が、その時の状況を説明しようとした時。
「あら、この前の新婚さん」
不意に横から掛かった声は、あの時魚を買う際に接客していたおばちゃんだった。
「し……っ!? んこんじゃないです、婚約です!」
「あはは、ごめんねぇ、でも似たようなものでしょ」
新婚と言われて真っ赤になる星那に、からからと豪快に笑うおばちゃん。
「はぁ、全くもう……それでいいです……」
夏の熱気以外の熱で熱くなった顔を、手で扇ぐ星那。
すっかり面白がられているのは分かるので、諦めて今朝の目標へと戻る。とりあえず、今朝の朝食に必要な物は決まっていた。
「あの、
「はいよ、まだ残ってるよ。何切れ必要かね?」
「えっと、八切れお願いします」
これと産直で夏野菜を買って、トマトソースで食べるのだと、星那は頭の中で朝食の算段をつける。
「はいよ、鱈八切れ……ところであんた、瀬織さんちの娘さんだったんだねぇ」
後ろで市場の中を眺めている才蔵の方を見ながら、おばちゃんが星那に魚の包みを渡しながらそんな事を言う。
「知っていたんですか?」
「ああ、まだ小さな頃に、お嬢ちゃんとも一回会ってるはずだけど……すっかりとまぁ見違えちゃって、ちょっと分からなかったよ、ごめんなさいね?」
「あ、そうだったんですか。ごめんなさい、私の方は全然覚えてなくて」
「あはは、そりゃ覚えてないだろうさ、こんな小さな頃だったからねぇ……私が覚えていたのは、お嬢ちゃんがちょっと見ないくらいのべっぴんさんだったからでさぁ」
ポンポンと頭を優しく叩かれて、恥ずかしげに俯く星那。そんな様子を微笑ましそうに見つめながら、話を続けるおばちゃん。
「うんうん、一昨日には気付かなかったけど……本当に、こんな気立ての良い素敵なお嬢さんになって、さぞ瀬織さんも鼻が高かろうねぇ」
「あはは……そうだと良いのですけど」
流石に中身が変わっている事など言えず、曖昧に笑って誤魔化す。
困っていたところに助け船を出してきたのは、すぐ後ろに控えていた夜凪だった。
「それで、星那君。何を買えばいいのかな?」
星那が褒められたのが嬉しいのだろう、若干ドヤっている夜凪のそんな風に質問に、星那は「また後で来ます」と一言断って、これ幸いとおばちゃんから抜け出して指示を出す。
「うん……それなんだけど、今夜は庭でバーベキューをするみたいだから、自分が焼いて食べたいものを適当に選んでくれたらいいと思うよ」
「おっけい、了解!」
元気よく敬礼をして踵を返す柚夏と、ごく自然にそれについていく陸。
「私カニ焼きたい!」
「俺はイカがいいなぁ……あ、ホタテって前に食い切ったんだっけ?」
「うん、ピザと一緒にバター焼きにしちゃったねぇ……あれもまた食べたいなぁ」
わいわいと、何を食べたいか相談しながら去っていく陸と柚夏。
才蔵と杏那は、一足先に肉類を買ってくると言って離れていったので、そちらは任せて大丈夫だろう。
そんな風に考える星那の元へは一夜と夜凪、それと星那と手を繋いでいる朝陽が残り、他は皆それぞれ市場に散っていったのだった。
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