星那と、一日の終わり

 一夜が張り切って用意した花火は、大家族用の大入りパックであり、かなりタップリと遊べる量が入っていた。


 それを一時間くらいかけて遊び倒し……


「やっぱり、最後の締めはこれだよねぇ……」

「何故か最後まで取っといちまうんだよな……」


 そんな事をしみじみと呟いている、柚夏と陸。

 だがそれは、皆も同意見だった。


 火種である蝋燭を囲み、円になってしゃがみこむ一行。

 その手元では、パチパチと淡く瞬くオレンジ色の火花で咲く花……線香花火である。


「ね、ね、星那君。どっちが長く持つか、賭けようか?」

「え……それは構いませんけど」


 突然の夜凪の提案に、戸惑いながらも了承し、次に使用する線香花火を選ぶ。


 ――花火で勝負しようなんて、ちょっとだけ子供っぽくて可愛いかも。


 星那は内心でそんな事を考えながら、二人同時に線香花火に火をつけて、固唾を飲んで行方を見守っている中。


「そういえば、僕たちの街の花火大会っていつだっけ?」

「来週だから……帰ったら割とすぐだね」

「へぇ……ねぇ、これ僕が勝ったら、『私』の部屋に仕舞ってある浴衣があるんだけど着てくれる?」

「……っ!?」


 その夜凪の言葉に、動揺して手を揺らした瞬間……星那の線香花火が、ポタリと地に落ちた。


「よし、僕の勝ち。約束だからね」

「い……今のは卑怯です、ノーカンです!」

「あはは、ごめんごめん」


 流石にバンバンと夜凪の肩を叩いて抗議する星那に、苦笑しつつ頭を撫でて宥めようとする夜凪だったが。


「……それにわざわざ賭けなんてしなくても、夜凪さんになら普通に頼まれたら着ますよ……」


 若干涙目になってそんな事を呟いた星那に……固まった夜凪の手から、ポタリと線香花火が落ちた。その顔が、みるみる真っ赤になっていく。


「おっとこれは珍しい、なっちゃんの反撃が綺麗によー君に決まりましたね、陸さんや」

「ああ、勝ったと慢心して心の準備が全く無かったところに痛打を叩き込まれたせいだな、あれは効く」


 呑気な陸と柚夏の実況も、今の恥ずかしそうに顔を背け合っている今の星那と夜凪には届いていない。


 そんな、今回ばかりは星那のカウンター勝ちが決まった一方で……対面に珍しく並んで座っている朝陽と一夜は。


「あ、落ちちゃった……」

「はは、コツはとにかく揺らさない事さ。ほら、こうじっとして」

「こんな感じ?」


 一夜の真似をして、腕を揺らさないよう真剣な表情で、火花を散らす線香花火を凝視する朝陽。


「そうそう、そのままそのまま……あ」

「……あ」


 そんな視線の先で……先に、一夜の線香花火が地に落ちた。


「……と、まぁ、時にはこんな事もあるさ」


 はぁ、とため息を吐き肩を竦める一夜。

 その様子に……


「ぷっ、あはは! お兄ちゃん、カッコ悪ーい!」

「あ、あはは、参ったな……」


 お腹を抱えて笑っている朝陽と、困ったように苦笑し頭を掻いている一夜。


「星那君、嬉しそうだね?」

「え、あ、そう?」

「線香花火、もうとっくに落ちたよ? はい、これ」

「あ……ありがとうございます」


 どうやら一夜たちの様子を見守っているうちに、もう火のついていない線香花火をずっと構えていたらしい。

 夜凪から新しい花火を恥ずかしそうに受け取りながら……そっと、胸中で呟く。


 ――良かったね、兄さん。


 その二人の間にあったぎこちなさはだいぶ改善しており……その様子に、星那はホッと安堵し、微笑むのだった。








 その日の晩。

 順次入浴を済ませ、しばらく屋内で遊んだ後、皆でベッドへと入る。

 そんな中で今日は、大きくなってからは珍しいことに、朝陽が星那の布団へと潜り込んで来た。


「……いい?」

「うん、勿論。おいで?」


 元より、星那には妹の上目遣い攻撃はこうかばつぐんであり、抗う術など無いのだ。

 ベッドの端に寄り、遠慮がちに潜り込んでいた小さな体を引き寄せてやると、朝陽は嬉しそうにぴったりと寄り添って来た。


「今日も、いっぱい遊んだねー」

「うん、かまぼこ工場に、ガラス館に、運河で船に乗って……花火も楽しかった」

「うんうん、それで、夏休みの宿題は大丈夫?」

「……お姉ちゃんの意地悪」


 星那の言葉に、少し目を泳がせる朝陽。

 これは、今年も夏休み終盤には手伝いが必要かな、と苦笑する。


「……それで、どうだった、お兄ちゃんは?」

「うん、すごく優しくて暖かかった」


 その言葉に、星那はホッと安堵の息を吐く。

 どうやら、朝陽の中での一夜の印象はだいぶ改善し、頑張りは無駄にはならなさそうだ。


「そう……どう、好きになれそう?」

「うん、でもね……」


 そっと、朝陽が甘えるように星那の胸へと顔を埋めて来る。


「やっぱりお姉ちゃんが、一番好き」

「あ、嬉しい事言ってくれちゃってもう。そんな朝陽はこうしてやるー」

「あはは、お姉ちゃんくすぐったよー」


 ぎゅっと胸に抱きしめて、その頭にスリスリしてやる。

 むずかってもぞもぞしている朝陽だったが、逃げる様子も無いのでしばらくそのままでいると。


「……お姉ちゃん、明日も……早起きなの?」


 もう眠る直前といった感じの呂律の回らない声で、そんな事を聞いてくる朝陽。


「うん、朝ごはんの材料、もう無いからねー。市場に行ってくるよ」

「それじゃ……明日の朝は……私も……」


 ……そこまでで、力尽きたのだろう。


 すー、すー、という穏やかな寝息に変わったのを確認して、星那ははだけた布団を掛けなおしてやる。


「そうだね……明日は、皆で行こうか……」


 そのまま寝転がって頬杖をつき、朝陽の背中を優しく叩いてやりながら、そのあどけない寝顔を眺めていると……やがて腕の中の、子供特有の暖かさに引き摺られるようにして、星那も眠りへと落ちていくのだった――……

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