星那と市街地観光

 皆で家事を進めた結果、およそ一時間程度でやる事が無くなった星那達一行。


 車を出してくれると言う一夜に甘え、皆で観光へと繰り出した市街地。まず最初に立ち寄ったのは、星那の強硬な主張によって、市内にある道内で有名なかまぼこ工場となった。


 なんでも作業を見れる時間帯が限られており、その作業量が多く見学しやすいのが午前中だから、という理由であり、皆からも特に異論は出なかった。


 一夜の運転する車で駐車場まで行き、夏休みで見学客に賑わう工場に入る。

 売店の壁にガラス張りの仕切りがあり、作業中のかまぼこ工場の中が見れるようになっている店内。その奥で練った魚のすり身を形成し、蒸す作業を興味深そうに見つめる星那。


 その熱心な姿を皆に苦笑されたりしながら……工場を出る時には、すっかりホクホクと上機嫌な様子だった。


「お姉ちゃん、美味しかったねー」

「うんうん、やっぱり出来立てだと違うというか……」


 きゃいきゃいと朝陽と盛り上がっているのは、店内のイートインで食べたホットドッグの話だ。

 ソーセージをかまぼこと衣で包んだそれを、皆で一本ずつ買って食べたのだが……揚げたて熱々のそれは、ホットドッグにかまぼこの旨味が追加されたような味と食感が混じり、非常に美味だった。


「お義父さん達へのお土産も買ったし、後で皆で食べましょうか」

「あはは……夜は父さんがお寿司食べに連れて行ってくれるらしいから、程々にね」


 様々な揚げかまぼこや、名物であるパンロールが詰まった良い香りの漂う紙袋を、傘を持っている手で抱えながら、ウキウキとした足取りで、朝陽と手を繋ぎながら歩く星那。


 外出してすっかり元気になったその様子に、夜凪はホッと安堵の息を吐きながら、その隣へと駆け寄って、会計を済ませている間に皆が先に戻って待っている車へと向かうのだった。





 公営パーキングへと車を移動し次に向かったのは、商店街を少し歩いた場所にある、古い倉庫を理由したらしき建物。


 中に入った途端に、煌びやかに輝く色とりどりのガラス細工。


 建物の中はテーマごとに「和」「洋」「カントリー」に分かれており、食器から小物、置物の美術品、二階にはステンドグラスまで、様々な細工が並んでいた。


 そんな店内は、建物の風情もあってさながら別世界のようで、皆キョロキョロとあちこち見回しながら歩く。


 また……ホールには多数のランプが煌々と輝く喫茶店があり、紅茶を煮出した牛乳で作ったという、ミルクティー味のソフトクリームにも、舌鼓を打つ。


 その後、最後に、比較的手頃なアクセサリーなどの小物を扱うコーナーで買い物をするのだった。


「ありがとうございましたー!」


 雨に負けず元気に響く店員の声を背中に受けながら、外に出る。


 天気は相変わらず雨模様だったが……


「〜〜♪」


 左手に傘を持ち、右手は朝陽と繋ぎながら歩く星那は、益々上機嫌だった。


 そんな星那がしきりに気にしているその左手の薬指に光るのは、夜凪に買ってもらった指輪。それを眺め、鼻歌混じりに浮かれている星那。


 幸せそうな微笑みを浮かべる姿に、通りを行き交う人々のうち主に男性が見惚れ、視線を向けていたが……そんな星那が見ているのは、彼らの希望を打ち砕く左手薬指の指輪。

 がっくりと肩を落とす彼らだったが……そのような些事は、今の星那にはあずかり知らぬ事であった。


 夜凪はそんな周囲の様子に苦笑しながら、運河へと向かう商店街の歩道を歩く。


「働くようになったらちゃんとしたのを買うから、それを婚約指輪なんて言わないでよ?」

「分かってますけど、でもこれだって、買ってもらった大事なものだよ」

「……うん、まぁ、喜んで貰えたなら良かった」


 お小遣いで買える範囲内の物ではあるが、それでも大事そうに指輪が嵌った左手を抱く星那に、フッと頬を緩める夜凪。

 そんな夜凪の左手にも、星那の物とは色違いの、星那が選んだリングが光っていた。


「いいなー、なっちゃん達」

「あー、その……やる」

「え、何?」


 羨ましそうに星那達の方を眺めていた柚夏だったが……その隣を歩いていた陸が、小さな紙袋を柚夏へと押し付ける。

 思わぬプレゼントに戸惑っていた柚夏が、目で開けてもいいかと陸に問うと……彼は、耳まで赤くなってそっぽを向いたまま、頷く。


「……わあ」


 いそいそと開けた袋から出てきたのは、虹色に揺らめくティアドロップのペンダント。その輝きに柚夏は目を丸くする。

 これもやはりガラス細工なのだが……それを感じさせない、宝石のような煌めきを放っているのだった。




 そんな、ダブルデートのような様相となる中。


「さて……俺は、ちょっと別行動するよ」

「……兄さん、どこへ?」


 一瞬星那の脳裏に過ったのは吉田さんの事だが、彼女はもう今朝には帰った筈だ。ならば一体どこへ……そう首を傾げるのだが。


「秘密。お昼は運河沿いで良さそうな店に適当に入るって事で良かったよね?」

「う、うん。それじゃ、店が決まったらSNSに書き込めばいいのかな?」

「うん、それじゃまた後で」


 口元に指を立て、悪戯っぽく笑う一夜。その様子に戸惑いながら、連絡先を決めて送り出す星那だった。







【後書き】

・パンロール

魚のすり身をパンで巻いて揚げた、札幌周辺でよく見かける有名かまぼこ屋さんの名物。美味しい。

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