星那と市街地観光②


 運河沿いに綺麗に整備された歩道は広々としていて、のんびりと散策するにはとても良い環境が整っていた。


 用事を済ませて戻ってきた一夜と合流し、昼食は倉庫街の中にあるレトロな外観の、昔は倉庫だった建物を利用した食堂で摂る。

 夜は才蔵がお寿司に連れて行ってくれるという事で、海鮮系は惹かれつつも避け……ラーメンやスープカレーなどで好きなものをそれぞれ頼む。


 そこまでの間に幾度も間食していたのもあって……陸と柚夏の運動部コンビ以外は、すっかりと満腹になっていたのだった。





「あ、運河クルーズだって!」

「船乗ってみたい!」


 昼食を済ませた後……外に出ると雨がだいぶ小雨となっていたので、柚夏と朝陽がそんな事を言う。


 料金はちょっと高めだが……せっかくだし、と星那も頷く。


「それじゃ、皆異論が無ければ乗ろうか?」


 星那の提案に皆が頷いて、船着場へと向かうのだった。




 乗り場で料金を支払い、渡された救命胴衣を着込んで船へと乗り込む。

 船は二十人くらいが乗れる小さなもので、周囲の景観に配慮した木製のものだった。


 ゆったりと、運河を進む船。昔の倉庫街というこの場所の雰囲気もあいまって、まるでヨーロッパのどこかに迷い込んだような感覚の中。


「あ、星那君、頭に注意して」

「ひゃ!? あ、ありがとうございます……」


 星那が船から見る周囲の風景に夢中になっていると、突如隣に座る夜凪に肩を引き寄せられ、頭を下げさせられる。


 直後、頭上を通過していく、運河に架かる橋。


 近くに見えただけで、実際にぶつかったりはしないだろうが……手を伸ばせば届きそうなほど近くを橋が通過していく中で、すっぽりと夜凪の胸に抱き込まれるような形で密着する羽目となった星那が、真っ赤になって周囲の歓声とはまた別の意味の叫びを胸中で上げる。


「ふう、頭上に気をつけて」

「は、はひ……」


 橋を通過し夜凪に解放された時には、星那はすっかり茹だって頭から蒸気を上げているのだった。


 他に、朝陽などはむしろ手を伸ばし橋に触れようとして一夜に窘められている一方で、陸と柚夏はというと。


「あはは、陸、怖ーい!」

「お、おう、気をつけろよ」


 ペンダントの一件以来すっかり上機嫌になった柚夏は陸にべったりであり、彼は腕に押し付けられる柔らかな感触にずっと平静の限界に挑まされていた。


 そんな様子を苦笑しながら見守っていると、急に視界が開け、港へと船は出て行く。


「わ、海に出た」

「えっと……この運河は港を埋め立ててできた物だから、今までいた場所も一応は海なんでしたっけ?」


 朝陽が目の前の光景に驚く中で、星那は夜凪に、ガイドブックにあった気がするそんな記述について尋ねてみる。


「うん、そうだね。この運河自体、大正時代に作られた珍しい埋め立て式の運河なんだって」

「へぇ……」


 夜凪の解説に、興味津々という様子で耳を傾けている朝陽。そんな光景を温かい気持ちで見守りながら、星那はふふっと笑いを零した。


 そのまま船は港を抜けて反転し、今度は漁船なども停泊している北運河へと入っていく。


 そんな中で、一件の古ぼけた倉庫が見えて来た時……不意に夜凪が声を上げる。


「あ。この建物、昔の特撮作品の悪の組織のアジトだったらしいって父さんが言ってたなぁ」

「そうなの?」

「うん、確か……」


 そう言って夜凪が語る作品は、今も連綿と続くシリーズの初代……星那達はおろか、一夜ですら生まれるよりもずっと前の作品だった。


 そんな昔の建造物が今も残っている事に驚く中でも船はゆっくりと進み……約四十分程度のクルーズも終わり、元の発着所へと戻ってきた。




「楽しかったぁ!」


 歓声を上げながら真っ先に船から降りた朝陽を追って、皆で降りる。


「でも、夜だとライトアップされてるから、もっと風情があったかもね」

「あはは……それは、今度来た時の楽しみという事で」


 談笑しながら帰路につく星那達だったが……ふと、先程までとは街の様子が違う事に気が付いた。


「そういえば……雨、止んだね」

「ああ……確かに」


 周囲を見れば、周辺の人々ももう傘を差している者はいない。



「ところで一夜兄さん、結局、用事って何だったの?」

「ああ、本当に大した事じゃないよ。まあ、このまま今夜晴れたら分かるかな」

「ふーん……」


 夏の夜と言えばアレかな……そう思う所はあったが、おそらく一夜は朝陽と仲良くなる機会が欲しいのだろうなと思い、口をつむぐ。


「うん、朝陽も喜ぶと思うよ。あの子、結局好きだから」

「あ、あはは……頼むから、サプライズにしといてくれよ?」

「はーい、分かってますよ。頑張って、お兄ちゃん?」


 そう悪戯っぽく下から覗き込み、一夜へと笑いかける星那だったが……刹那、一夜が真っ赤になってバッと星那から視線を外す。


 その激甚な兄の反応に星那が首を傾げていると……


「星那君。今夜、罰として滅茶滅茶になるくらいキスするから」

「えっ!?」

「まったく、相変わらずふとした拍子に無防備なんだから……理解するまで解放してあげないから覚悟していてね」


 何故か急に不機嫌になった夜凪の発言に、思わず驚きの声を上げる星那なのだった。




 ――ちなみにこの日の星那の服装は……襟ぐりが広くデコルテラインが大きく露出する、ゆったりとしたオフショルダーのニットとロングスカートだったということを追記しておく。

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