星那、退屈する。
「うーん……むぅ……」
「星那君、あまり動くとくすぐったいよ」
「そうは言っても……流石に眠れないですよ……」
皆がそれぞれ持ち場に散った頃……家事禁止を言い渡された星那は、リビングで夜凪に膝枕されたまま、退屈そうにゴロゴロとしていた。
だが、朝食前に仮眠を取ってから、まだ二時間も経過していないのだ。
結果、星那は夜凪に膝枕されたまま眠りに落ちる事も出来ずただゴロゴロとしており、夜凪はそんな星那の横髪を細い三つ編みにして遊んでいるのだった。
「やっぱり、皆の手伝いを……」
「いや、その必要はもう無いぞ」
そうして膝枕されたままダラダラとしていると、不意にかけられた声。
目だけ動かして地階へ続く階段の方を見ると、お風呂掃除をしていた陸と、皿洗いの後はそちらを手伝っていた一夜が戻ってきた。
「あ、一夜兄さんと、陸も。随分と早いけど、家事は終わったの?」
「ああ、うん……流石に皆で分担すると早く終わるね」
「今は柚夏が女子の脱衣場を掃除していたが、あれもすぐ終わるだろ」
どうやら広々とした大浴場も、三人掛かりのマンパワーでは瞬殺だったらしい。
「……で、あのさ、星那。これからは、俺らも遠慮なく使ってくれ、いいな?」
「え、でも……」
私は仕事があった方が落ちつくから、別に気にしなくていいのに……そう言おうとする星那だったが。
「なんつーかさ、いざ家事もやってみちまうとさ。やっぱり大変だし、一人にやらせてるのは落ち着かねーんだよ……その、女の子に」
「うん、俺としても、妹に全部任せきりってのはちょっと辛い……」
「あー……」
「だから、料理はどうしても星那頼りになる分、ほかの事でむしろ手伝わせてくれ、頼む!」
そう言って、土下座して頼み込まんばかりの勢いで頭を下げる一夜と陸。
思えば入れ替わる前……まだ『白山夜凪』だった時に、柚夏だけ何か作業をしていると気まずくて、すぐに手伝っていた。
今の陸たちはあんな気持ちなのかな……と思えば、たしかに心苦しいのは星那にもよく分かる。
「ん……わかった、ありがたくお願いするね?」
「ああ、任せろ!」
ホッと安堵の息を吐く陸。
その様子に、そこまで気まずかったのかと苦笑する星那なのだった。
「でも、そうすると何をして時間を潰そう……」
これが陸や柚夏であれば、暇になったら走りに行ったりするところなのだろうが……体力がなく、貧血持ちな星那にはちょっとそれも難しい。
こんな時、家事以外の趣味らしい趣味が無い事がちょっと問題に思える星那なのだった。
……と少しだけ黄昏れていると、階段の方から誰かが降りてくる音がした。
「家でゴロゴロとしているばかりが休みでもあるまい……いたた」
「あ、父さん。二日酔いは大丈夫なの?」
朝食に姿を現さなかった才蔵が、青い顔をして頭を抱えながら降りてきた。
思わず心配そうに腰を浮かせる夜凪に、星那も起き上がる。
そのまま手助けをしようと立ち上がりかけた夜凪だったが、当の才蔵が、大丈夫だからとそれを制す。
「うむ……どうも飲みすぎてしまったようだ。私も、もう若くないな」
「はぁ……年甲斐もなくはしゃいで飲みすぎた人が、何言ってるのさ」
「むぐ、これは手厳しい」
呆れたように宣う夜凪に、ばつが悪そうに頭を掻いている才蔵。
昨夜のテラスで夜凪が言っていたように、すっかり遠慮が無くなった二人のそんな様子を見て……星那は二人から見えないようにこっそりと笑う。
そこへもう一人、リビングへとやってくる足音。
「はいはい、あなたの自業自得ですよ。後で麦茶を持ってきてあげますから、安静にしていてくださいな」
「ああ、すまんな」
屋根のあるベランダがある二階へと向かう途中、洗い終えた洗濯物を抱えて通り掛かった杏那。
彼女のそんな労わる言葉に、嬉しそうに笑って返事を返す才蔵なのであった。
空いているソファに、ぐったりとしながらも腰を下ろして身を沈めた才蔵が……しばらくして、ふと思い出したように口を開く。
「それで、話の続きなのだが。退屈ならば……街へ観光に繰り出すのはどうだ?」
まだ少し青い顔をした才蔵が、そんな提案をする。
たしかに、雨天ではあるが決して土砂降りではない、しとしとと優しく降る感じのこの雨ならば、外出は不可能ではなさそうだった。
「街に……ですか?」
「うむ、この街はガラス細工が有名だからな、ただ工房を見て回るだけでも楽しいと思うぞ」
「へぇ……」
なんでも、街の一角にそうした工房が連なった区画があり、様々なガラス細工の腕を競っているのだそうな。
そんな話を、星那と夜凪、そして陸も興味津々に耳を傾けていた。
「それに、雨の日の運河というのもオツなものだぞ。モダンな赤煉瓦の倉庫が並ぶ中で、雨に
「へぇ……ちょっと興味あるな。傘を借りて行ってみる?」
「良いですね、行ってみたいです」
夜凪の提案に、微笑んで賛同する星那。
どうやら退屈から解放されそうな気配を感じ、その様子はとても嬉しそうだった。
そこへ、話を聞きつけて戻って来た杏那が更なる提案を出す。
「それと街にあるかまぼこ工場も、作っているところを見学できる事で有名ね。こういうのは星那ちゃんが興味あるんじゃないかしら?」
「本当ですか? 行ってみたいです!」
先程以上に目を輝かせて、星那が杏那の話へと食いつく。
この街にある有名なかまぼこ工場の商品は、星那たちが暮らす街のスーパーにも並んでいるため、名前はよく知っている。
星那はそれがどのように作られたものなのか、興味津々といった様子だった。
「ふふ、ピザ窯の時といい、星那ちゃんは料理に関係する事になると本当に楽しそうね?」
「あ……す、すみません」
「いいのよ、とても可愛らしくて好きよ、私」
はしゃぐ星那を眺める杏那の、微笑ましいものを見るような視線を感じ、我に返った星那が俯いて真っ赤に頬を染める。
「花より団子……」
「何か言った?」
「いや、何も」
にっこりと……ただし目は笑っていない……笑いかける星那に、夜凪は冷や汗を額に浮かべながら、そっと目を逸らすのだった。
こうして……この日、二日酔いの才蔵とその看病に残るという杏那を除く皆で、雨の街へと観光に繰り出す事が決まったのだった。
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