二人の夜
あれも、これも……様々な組み合わせを試しながら貪欲にピザを貪り続ける若者達が、流石にお腹も苦しくなってきた頃……ついに、才蔵の用意していたピザ生地が尽きた。
最後に焼いたのは、朝陽リクエストの、薄く伸ばしたピザ生地にバターを塗り、上に薄くスライスした林檎を敷き詰め、シナモンシュガーをたっぷり振りかけてサクッと焼いたスイーツピザ。
だいぶ前にお腹がいっぱいになり、皆の世話に専念していた星那や杏那までもが甘い物は別腹とばかりに、その最後の二枚のピザへと群がる。
そんな、甘味に皆が胃袋を落ち着けている中で……
「驚いたな……少し多めに用意したと思ったのだが、用意した生地を全部食べ切ってしまうとは」
「若い子の食欲は凄いですね……」
後半は、チーズや蟹を肴にしながら飲む方に専念していた才蔵と一夜が、すっかりピザを完食した事に驚いていた。
「いや、本当に美味かったです、ありがとうこざいました」
「いやいや、満足してもらえたならば、用意した甲斐もあったというものだ」
頭を下げ礼を述べる陸に、ニコニコと上機嫌に返す才蔵。
その後、皆で手分けをして、後片付けを行なう。
今日は一日中遊び倒した疲れもあり……片付けもひと段落ついた時にはすでに船を漕いでいた朝陽をベッドまで運んだ後、それに触発されたようにすぐに皆がベッドへと入り、眠りに就くのだった。
――そんな、すっかり寝静まった静かな夜の中。
「……眠れない」
ふとした拍子に目が冴えてしまった星那が、もぞもぞとベッドから身を起こす。
将来の自分達は、一体どうなっているのか……そんなことを布団で考えてしまったが最後、すっかり思考の沼にはまってしまい、一向に訪れない眠気。
水でも飲んで来よう……そう思い、同室でぐっすりと熟睡している柚夏と朝陽を起こさないように、そっとベッドから抜け出すのだった。
ドアを開けて、階段へ向かう廊下を歩こうとした――その時。
「〜〜ッ!?」
突如、肩がトントンと叩かれた感触。
不意打ちのそんな感触に、ビクゥッ!! っと体を跳ねさせ、悲鳴が喉まで出かかった星那だったが……その口が、何者かの手で塞がれた。
「しー、僕、僕だよ」
「よ、
「静かに、眠っている皆が起きてしまうからね」
瞬間的に恐慌状態に陥りそうになった瞬間、耳朶を叩く聞き慣れた声。
その声に安堵して体から力を抜き、コクコクと頷く。
「それで、こんな夜更けにどうしたの?」
「その……なんだか寝付けなくて、飲み物でも飲んで来ようかなって」
「へぇ、なら都合が良いや」
そう言って、星那の手を取り歩き出す夜凪。
「夜凪さん?」
「いいから、付いてきて。いいもの見せてあげるよ」
急に手を引かれ、訝しみながらも夜凪に追従する星那が、首を傾げる。
だが、夜凪はそれに悪戯っぽい笑みを返すだけで答えず、そのまま屋根裏部屋へと上がる急な階段を、星那を支えてエスコートしながら登っていく。
そうして、連れていかれたその屋根裏部屋は……
「わぁ……なんだか、秘密基地みたい」
天井が低く、内部の木組みが剥き出しとなったその部屋は、まさに星那が評したように、秘密基地といった風情だった。
灯りは、窓の外から差し込む蒼く輝く月光のみ。
夜凪はそんな窓へと近付いて開け放つと、戯けた仕草で胸に手を当てて礼の形を取る。
「さ、ようこそいらっしゃいました、お姫様?」
そう言って、ひょい、と星那の腰を抱えて窓枠を乗り越えてしまう。
そこは……小さなテラスとなっていた。
「わぁ……」
眼前に開けた光景に、思わず星那は夜凪の腕の中から抜け出して、手すりから身を乗り出す。
この家でもっとも高い場所にあるテラス。
そこから眼下に広がるのは……一面の森の合間から見える、街の全景。
海沿いに瞬き海面を照らし出す無数の大小様々な光と、まるで道のように続く、煌々とオレンジ色に輝く運河。
その幻想的な絶景に、星那はただただ絶句していた。
「この光景を、こっちにいる間に絶対観てもらいたくてね。本当は夜這いをかけて連れ出すつもりだったんだけど、まさかそっちから出てくるとは思わなくてビックリしたよ」
「凄い、凄いです、夜凪さん!」
「はは……喜んでもらえたなら良かった」
興奮気味に夜景の方を指差してはしゃぐ星那を、柔らかく微笑みながら見つめている夜凪。
そんな彼は……感動している星那がある程度落ち着くのを待って、ポツリと呟いた。
「……今日は、本当にありがとう」
「……え?」
「父さんの事。今日の父さんは、本当に楽しそうだった。あんな嬉しそうな父さんを見たのは、本当に久しぶりだったよ」
そう言って星那の横に立ち、遠くを見ながら語る夜凪。
「
「あ……」
ある日から、親からしてみれば到底看過できないであろう事を言い出した娘。
親としてはそれをなんとか矯正しようとしたであろうし……それに反抗する娘とはどんどん溝が深まっていった事は想像に難くない。
「だけど、君のおかげで、またきちんと『父さん』って呼べるようになったんだ、だから……ありがとう」
「夜凪さん……良かったですね、本当に」
「まぁもっとも、随分と予想外の形になってしまったけどね」
「ふふ……本当に。もしも、入学式あたりの私達に夏休みにはこうなっているんだぞと言っても、きっと信じられないでしょうね」
「はは、違いない」
二人で顔を見合せて、苦笑する星那と夜凪だった。
そのまましばらくの間、風に当たりながら夜景を眺めていると。
「……くしゅん!」
「っと……流石に夜は冷えるからね」
真夏とはいえ、この辺りは夜はグッと気温が落ちる。
風に当たりすぎて体が冷えたのだろう、くしゃみをした星那へそう言って……ゴソゴソと窓から屋根裏部屋に手を突っ込み、一枚のシュラフを引っ張り出す夜凪。
「……随分と用意、良いですね?」
「言ったでしょ、絶対連れてくるつもりだったって。ほら、おいで」
そう言って窓枠に腰掛け、隣のスペースをポンポンと叩く夜凪。
そこは、密着しなければ座れないような広さしかなく、真っ赤に顔を染めていた星那だったが……
「……お、お邪魔します」
結局、荒ぶる心臓を抑えつけ、夜凪の隣へとちょこんと腰を下ろした。
すぐに、その肩に掛けられる一枚しか無いはずのシュラフ。
星那の腰を抱くようにしてその体を引き寄せた夜凪の手によって、そのシュラフに二人まとめてすっぽり包まる。
「どう、まだ寒い?」
「む……むしろ暑いくらいになりましたっ」
「はは、それなら良かった」
そう言って、星那の顎をクッと持ち上げる夜凪。
それが、夜凪が何をしようとしている前兆なのかを聡く感じ取った星那が慌てだす。
「だ、駄目です、今は駄目!」
「どうして?」
「だって……さっきの夕食、けっこう
ピザの具以外にも、トマトソースにもかなりの量が入っていた。
あの後寝る前に念入りに歯は磨いたものの……それでもにんにく臭かったらと思うと恥ずかしく、拒否しようとする星那なのだった。
しかし……真っ赤になってそんな主張をする星那に、ぷっと吹き出す夜凪。
「駄目、むり、絶対する。それに……もしそうだとしても、僕だって一緒だろうから気にしないし」
恥ずかしがる星那の姿が逆に夜凪の興奮を煽り、逃すまいとその顎が今度こそがっちりと固定される。
その様子に……はぁ、と諦めたように一つ、ため息を吐く星那だった。
「じ……じゃあ、一つだけ良いですか?」
「ん、何?」
おそらく何が何でもキスする気らしい夜凪に、諦めの気持ちで一つだけ、要望をねじ込もうとする星那。
「その……いつもの激しいのじゃなくて、もっと……落ち着いたのがしたいです、普通の恋人同士みたいな」
「……うん、了解。喜んで」
夜凪はそんな星那へと柔らかく微笑んで……いつもよりずっと優しく、星那はその唇を奪われるのだった。
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