星那と、窯を囲んだ団欒
熱気が篭る中、ぴったりと密着した星那の背中から、ドクン、ドクンと早鐘を打つ心臓の鼓動。
夜凪はそんな感触を胸に感じながら……緊張に強張った星那の、その細い腕と腰に添えた手に、グッと力を込める。
「そう……そのまま熱い所に……一番奥まで、入れられる?」
「んっ……こ、こう、ですか……?」
「そう、その調子……いいよ、そのまま一気に……!」
ズッ、と入り口から最奥まで一気に突き入れられる棒。
星那の視線の先。
そこには、大きなヘラから綺麗な形を保ったまま、窯の中へと移ったピザの姿があった。
「よし、そこなら大丈夫。それじゃ少し焼けるのを待とうか」
「はぁ……初めての体験で、緊張しました……」
窯の中、ベイキングストーンの上で焼かれるピザと、早くもじゅうじゅうと音を立てて溶け始めたチーズの様子を眺めながら……星那は窯への投入を教えてくれるために身体を支えていた夜凪の腕の中で、ホッと一息吐くのだった。
――少し、時間は遡る。
ピザパーティーが始まり、その初弾。
まずは手本にと、経験者である才蔵が、実演を兼ねて焼いたそのピザが窯の中から姿を現わすと、星那たち若者組から歓声が上がった。
材料の下拵えが終わっていれば、ピザ自体は作るのは簡単だ。
小麦粉を捏ね、寝かせて発酵させた生地を、回しながら両手で引っ張るようにして伸ばしていく。
そうして完成した土台に、好みの具材を乗せて焼けば良い。
だが、その伸ばし方と焼き方が奥深いのだというのが、才蔵の談だった。
今回、第一弾としてまず最初に作ったのは、トマトソースを塗った上に切ったトマトとバジルの葉、そしてモッツァレラチーズをのせて焼いたシンプルなマルゲリータ。
ザクザクと心弾む音を立てて、ピザカッターで切り分けられていくそのピザを、待ちきれないとばかりに皆手を伸ばして一切れずつ持っていく。
熱さを我慢しながら、フゥフゥと息を吹いて冷まし、かぶりついたその味は……
「ふっ、ふふふ…っ」
星那が、堪え切れないといった風に笑い声を漏らす。それはすぐに皆に伝播し、ひとしきり笑った後。
「うまっ!?」
皆の代表とばかりに、陸がそう叫ぶ。
その後はもう、皆、美味い、美味いとあっという間に一枚目を食べ尽くしてしまった。
「はは、こう賞賛されると嬉しいものだね。星那君の気持ちがよく分かるよ」
そう言って、満足気に自分の分のマルゲリータを手に、缶ビールを開栓して晩酌を始める才蔵。
「そういえば、一夜君はお酒は……」
「あ、少しなら大丈夫です」
「おお、ならば少し付き合ってくれないか?」
「ええ、喜んで」
そう言って、飲み始めてしまう二人。
一方で、未成年組はと言うと。
「よし、じゃんじゃん焼くぞ!」
「あ、僕は経験あるから、焼き方を教える方に回るね」
陸の言葉に、夜凪が挙手してそう告げる。
「オッケー、それじゃ次、焼きたい人は!?」
柚夏の問いに……皆の視線が、星那へと集中する。
「……あ、それじゃ、良いなら僭越ながら私が。やってみたかった事があったんだ」
そう、ウキウキとした様子で申し出る星那なのだった。
――そうして、現在の時間へと戻る。
「焼く場所は、前に焼いた場所と被らないように。温度が落ちているから、焼きムラになるよ」
「は……はい!」
夜凪が皆に聞こえるように講釈し、皆が真剣にそれを聞いている中……星那は指示された通りに窯の中にもう一枚のピザを置き終えて、ホッと一息つく。
「それにしても……まさか、僕が星那君に料理を教える事になるなんて思わなかったなぁ」
「あはは……でも、新鮮で楽しいですよ、こういうのも」
「そっか、なら良かった。さ、焼き上がるから取り出そう」
「え、もう?」
「うん、美味しいピザを焼くコツは、高温で一気に焼くことだから。だよね、父さん?」
そう、何気なくテーブルで一夜と晩酌をしている才蔵へと話を振った夜凪だったが……話を振られた才蔵は、しばらくポカンと驚いた顔をしていた。
「……父さん?」
「あ……ああ、そうだ、下がムラなく焼けていて、縁が少し焦げたくらいがちょうどいい焼き加減だな」
「こんな感じですか、お義父さん?」
気を取り直して解説する才蔵。
そんな彼に、星那は今焼きあがったピザを見せて、品評を求める。それを見て、ふっと嬉しそうに破顔する才蔵。
「ああ、これくらいがベストだな」
「やった!」
「良かったね、星那君」
小さくガッツポーズをして喜ぶ星那と、そんな星那を褒めて、頭を撫でている夜凪。
そんな二人の姿を眩しそうに見つめ……才蔵が、ポツリと呟く。
「星那君……いや、今だけは夜凪君と呼ばせてもらう。本当に、ありがとう」
「お義父さん……?」
神妙な様子で頭を下げる才蔵に、星那が首を傾げる。
だが、才蔵は感極まったように目頭を押さえながら、独白のように語り出す。
「私は……子供との、娘との接し方を失敗した父親だった。だからこうしてまた、小さかった頃のように親子で窯で焼いたピザを囲みながら和気藹々と過ごせる日が来るなんて、思っていなかったんだ」
「あなた……」
涙声でポツポツと語る才蔵と、その様子を見てそっと寄り添う杏那。
「こうして、また家族で楽しく休暇を過ごせるのは、君が間に入ってくれたおかげだ。娘が選んだのが君で良かった……本当に、ありがとう」
テーブルに手をついて、深々と頭を下げる才蔵だったが、すぐに頭を上げ、恥ずかしそうに頭を掻く
「おっと……ちょっと飲むペースが早かったかな。さ、湿っぽくなってすまなかった、せっかく星那君が焼いたピザが冷めてしまう、食べよう」
「あ……はい!」
才蔵が手を叩き、場の空気を払う。
それに我に返って、星那は慌てて卓へと運び、ピザカッターで切り分ける。
サクッ、と香ばしく焼きあがった生地から良い音がして、八等分に切り分けられる星那が焼いたピザ。
「ところで、これは何のピザかね?」
「あ、はい、山芋と大蒜です」
「山芋!?」
具を聞いた才蔵が、驚いた声を上げる。その隣では杏那も同様に、目を丸くしていた。
星那が焼いていたのは、薄くトマトソースを塗った生地にスライスした玉ねぎと、大蒜を並べ、その上に一口大に切った山芋を散らしてチーズをかけ、香りづけ程度にさっと醤油を振って焼いたピザだ。
「ま……まぁ、星那君が変なものを作るはずがないからな、いただいてみよう」
「うん、僕も一切れ」
才蔵や杏那、それに夜凪……瀬織家の面々がおっかなびっくりといった様子で手を伸ばすのを、星那や朝陽、一夜ら白山家の面々は固唾を呑んで見守る。
しゃく、と音を立てて、その口が三角形の頂点を削り取った、その時。
「ん!?」
「まぁ!?」
「こ、これは……!」
三人から上がる、驚愕の声。
そのまま、夢中になって平らげてしまう。
「驚いた……美味い。美味いがそれ以上に、大蒜がホクホクと柔らかく、山芋は噛むと口の中でトロトロにとろけてチーズと混ざり合い口の中にネットリと絡みつく……なんとも、面白い食感だ」
「ええ、とても美味しいわ」
二人の言葉に、ジッと見守っていた星那たちが、ホッと一息ついてハイタッチする。
「星那君、よくこんな組合わせを知っていたね」
「あはは……実はこれ、まだ兄さんが高校生だった最後の年に、青森に家族で旅行に行った時に食べたんです。美味しかったから、いつかやってみたかったんですが、機会が無くて……」
「星那は……そればかりおかわりしまくってたもんね?」
「あ、兄さんそんな事まで言わなくても!」
からからと笑いながら暴露された恥ずかしい思い出に、顔を赤く染めた星那がそんな兄の肩をバンバンと叩く。
もっとも、非力な星那のそんな攻撃は大した効果は無いようで、一夜はただ苦笑していただけだったのだが。
「へぇ、思い出の味なんだ?」
「そ、そこまで言うと、ちょっと大げさだと思うけど……」
だが、ピザ窯を見た時から絶対に作るのだと気合を入れていたくらいに、記憶に残る味だった。
それを無事達成し、皆が美味しいと言ってくれて、もはややるべき事はやったとばかりの満足感に包まれている星那なのだった。
「私、林檎のピザが好きだった!」
「あ、あれか。うん、林檎とシナモンシュガーはあるから、作れるね。用意してくるよ」
「やった!」
朝陽が思い出の中にある味を再現してくれるという星那の言葉に喜びの声を上げる。
一方、他所では……
「よし、次私がいく! 雲丹いこう雲丹!」
「おう、ついでにイカも行こうぜ、海鮮ピザにしよう!」
「おー!」
陸と柚夏が、バタバタと次弾を製作し始める。
「あ、私茹で玉子とジャガイモのやつ作るー」
「うん、二枚くらいならいけるから、早速用意しようか」
負けじと、朝陽が夜凪に手伝ってもらい、自分の食べたい物を用意し始めた。
窯の火に赤く照らされるそんな光景を眺め、皆楽しそうな様子に満足して頰を緩めながら……星那は、妹のリクエストに応えるための材料を用意しに行くのだった。
【後書き】
ちなみに作中の山芋のピザ、作者が実際に青森県、奥入瀬のピザバイキングの店で食べたものがモデルです。焼きたてで出てきたのを食べた際は「やっべ……うっま……」ってなりました。もし訪れる機会があれば是非。
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