星那とお昼の休憩タイム

 午前中の残りはひたすら遊び倒し、皆揃ったところで昼食のため海の家へと繰り出す一行。


「へぇ、それじゃ星那と夜凪は、ずっと岩場で宿題の手伝いをしていたのか」

「はい、水は綺麗でしたし……地元の子達とも協力して、観察ターゲットの生き物を見つけては皆で囲いの中に追い込んだりして、結構楽しかったですよ」


 星那たち三人が向かった岩場には、たまたま同じ目的で岩場で遊んでいた、小学校低学年くらいの子供達も居た。

 流石に海育ちの子供達なだけはあり、彼らから色々な生き物を見つける手段を聞きながら共に遊ぶうちに……ついつい時間が過ぎるのも忘れ、彼らと夢中になって海の生き物を探し出していた三人だった。


「全く、君は子供達には甘いんだから。おかげであのガキ共、皆星那君にベタベタしちゃってさあ」

「あはは……」


 ブツブツと不満を零す夜凪だったが、それも仕方ない所があり、星那はただ苦笑していた。


 ――年上の、優しくて綺麗なお姉さん。


 たとえ悪戯をしても優しく叱るくらいで、子供達の無邪気だが過剰なスキンシップも柔らかく受け止めてくれる……そんな存在が子供達にすっかりと懐かれるまでにそう時間が掛かるはずもなかった。


 ……そのせいで、夜凪は少し臍を曲げていたが。


 最後、家へと帰る子供達の中の、最年少の女の子に「お姉ちゃんも一緒に帰る」と泣かれたりしたトラブルもあったのを思い出し、再度苦笑する星那なのだった。


 だが……夜凪は内心で、「あの中の男の子達は多分、性癖歪んだんじゃないかなぁ……」と別の心配をしていたりする。


「えへへ……おかげで宿題は何とかなりそう。お姉ちゃん、お兄ちゃん、ありがとう!」


 そう、課題が一つ片付いて上機嫌な朝陽の様子に、星那と夜凪、二人ほっこりした様子で眺めていた。


「はー、そっちはほのぼのしてるなぁ……」

「そういう柚夏ちゃんたちは、何をしていたの?」


 いかにも「泳ぎ疲れました」という様子でぐったりしている柚夏に、星那は首を傾げて尋ねる。


「俺らは、ひたすら泳いでたな」

「むー、今日は一回も陸に勝てなかった……」

「まあ、そりゃそんな水着ならな……というか、ガチで泳ぐ格好じゃねえだろ、それ」


 陸は普通のトランクスタイプの競泳水着なのに対し、柚夏はファッショナブルなビキニだ。その時点で不利なのは間違いなかっただろう。


「それよ! すっかり陸を悩殺する事ばかりに頭がいって、そこを考えていなかった不覚……っ」

「お前は何と戦っているんだ……」


 ぐぬぬ、と悔しがっている柚夏に、陸は苦笑しながらその頭をポンポン叩いて慰める。


「でも、その分間違いなく可愛いからよ。午後はもうちょいのんびりと遊ぼうぜ、星那たちみたいに」

「……うん」


 可愛いと言われ珍しく照れて口数が少なくなった柚夏に、陸がニッと笑い掛けたところで。


「おまたせ、いやぁ、流石に混んでるねぇ」

「すみません、一夜さん。私まで一緒にご馳走になっちゃって」

「いいよ、気にしないで。俺こそ運ぶの手伝って貰って助かったよ」


 並んで皆の注文した料理を満載したトレーを運んで来たのは、注文に並ぶ役を買って出てくれた一夜と、何やらいつのまにか、すっかり仲良くなったらしい吉田さんだった。


 そんな彼らが運んできた料理を、星那も手伝って並べる。

 そうして卓上に並んだは、焼きそばにカレーライスにラーメンなど、海の家の定番な昼食の品々。

 他にも、皆でシェアして食べる用に、イカ焼きや適当な大きさに切り分けてもらった焼きとうもろこし、湯気の立つ熱々のジンギスカンなどがテーブルの上を占領していった。


「うはぁ、ご馳走だぁ」

「あはは、店屋物でもこれだけ並ぶと壮観だねぇ」


 普段見ないような量の屋台飯に、朝陽と柚夏が目を輝かせて涎を垂らさんばかりに見つめる。

 そんな二人の様子に苦笑しながら、皆自分の食料を確保していく中で、星那も自分の注文した焼きそばを自分の前へ引き寄せると、添えられていた割り箸を割って、皆と一緒に手を合わせて「いただきます」を言うのだった。




「それにしても……」


 自分のたこ焼きをはふはふ言いながら食べていた吉田さんが、周囲を眺めながらポツリと口を開く。


「さすが、瀬織さんをはじめとしたあなた達が一緒に居ると、視線が半端ないですね……」


 そう、今は少しだけ居心地悪そうに言う。


「ま、こいつが一緒な時点で注目浴びないのは無理ってもんだ、諦めてくれ」


 そう名指しで指さされた星那が目を瞬かせ、首を傾げている。


 だが陸の指摘通り……特に周囲の視線を集めているのが、たおやかな所作で髪が料理に落ちないように耳に掛けながら、焼きそばを口にしている星那だった。

 彼らは皆、その大和撫子然とした容姿と所作に見惚れ……そしてすぐに、星那が羽織っているのが夜凪の男物のパーカーだという事と、ついに消えずに白い首元にくっきり残っている赤い印に気付く。

 それを見た男達はがっくりと、この世の終わりのような表情で膝をついたり、机に伏せったりしているのだった。


「あ、星那君、そっちの焼きそばも一口貰っていい?」

「あ、はい、どうぞ」


 そう快諾する星那の皿から、少量の焼きそばを取り分けて自分の皿へと移す夜凪。

 そんな夜凪は……何か、いい事を思いついたようにフッと笑う。


「それじゃ、僕からもお返し」

「ふぇ?」


 丁度口に入れた焼きそばをもぐもぐと咀嚼していたところに声を掛けられて、首を傾げる星那。

 その目の前で一口分、スプーンでカレーライスを掬った夜凪が、それを星那の目の前へと差し出した。


「え、ぅ……」

「はい、あーん?」

「あー……んっ」


 すぐに間接キスになると気付いて星那が瞬時に首まで真っ赤になるも……悪戯っぽい笑顔を浮かべており、断固として引く気のない夜凪の様子に、意を決して口を開き、スプーンを受け入れる。


「どう、美味しい?」

「恥ずかしくて分かんないですよ……夜凪さんの意地悪」

「あはは、そっか、残念……それじゃ、はい、もう一口。ちゃんと味わってね?」


 そう言って再度突き出された、カレーライスが星那の小さな口で一口分だけ盛られたスプーン。

 羞恥プレイは先程の一回で終わったと安堵しかけていた星那が、あわあわと目を回して慌て始める。


「……なんつーかさ、こいつら、あっという間に俺らでも足元にも及ばないバカップルになったよな」

「私はいつでもウェルカムだけど?」

「……俺は恥ずかしいからまた今度な」


 星那たちに触発されて、こちらもピッタリくっついて語り合うのは、陸と柚夏。

 陸は困ったようにしているが離れる様子はなく、満更でもない様子に更に柚夏は身を寄せる。


 そんな中……


「……いやぁ、お兄さんも大変ですねえ」

「うん……吉田さん、分かってくれる?」


 周囲の甘々な空気と、とばっちりで突き刺さる周囲の主に男達からの嫉妬の視線。

 朝陽は色気より食い気とばかりに自分のラーメンをふーふー冷ますのに必死で気付いていないため、一人そんな周囲が気になって、疲れたような苦笑を浮かべる一夜。


 それにに対し……あはは、と困ったように笑う吉田さんなのだった。

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