間話:となりの吉田さん②
目を丸くしてこちらを驚いたように見つめている、普段とは違うワンピースタイプの可愛らしい水着を纏った、見覚えのある女の子の姿。
――見られた。それも、クラスメイトに。
星那は、サーっと血の気が引いていくのが分かるのだった。
「あ……あの、どの辺りから見ていました……か?」
「大丈夫ー、さっき通り掛かったばかりだからー」
「そ……そうですか、良かっ……」
「だから、瀬織さんがちょっとエッチな声上げてたのとか聞いてないよ」
「うぐっ」
――見られてるー!?
ニコニコと優しい笑顔でこちらを見つめている吉田さんの、薄らと染まった頬を見るに、星那は一部始終見られていたに違いないと戦慄する。
「大丈夫、クラスメイトに言ったりしないから安心してね」
そんな風に耳元で囁かれ、ただカクカクと操り人形のような動きで頷くのだった。
「でも瀬織さん、学校の時とは全然雰囲気違うね、二人だといつもあんな感じ?」
「いや、今日はちょっとやりすぎて怒られちゃったからね……普段はもっと甘」
「夜凪さん!」
放っておいたら何を言われるか分からず、慌てて夜凪へと飛び付き、その口を両手で塞いで封じる星那。
「あはは、二人とも仲良しさんだねぇ」
当の吉田さんはというと、星那たちがぴったり抱き合うような体勢でバタバタ慌てている様子を、呑気に笑いながら眺めているのだった。
そんな彼女ののんびりとした様子に、ようやく落ち着いた星那と夜凪が、しばらくの間、お互いがなぜここに居るのか、という他愛ない話に花を咲かせていると。
「おや、友達かい?」
掛けられた声にそちらを振り向くと、どうやら帰って来たらしい一夜。その傍らには、何やらカキ氷ではない、来た時には無かったはずの荷物を抱えた朝陽の姿もあった。
「あ、兄……一夜さん、お帰りなさい」
「お姉ちゃん、ただいま!」
「おっと……あれ、朝陽、それは?」
星那の胸へと飛び込んで来た朝陽がその手に携えていたのは、レンタルのタグがついた水中用ゴーグル。
「ああ、宿題の自由研究だそうだよ」
「海の生き物ウォチングで済ませちゃおうかなって」
「へー……それじゃ、僕達も一緒に岩場に行こうか?」
「うん!」
後ろから覗き込んでいた夜凪がそう問いかけると、朝陽は元気よく頷いて、星那と夜凪の手を取って引っぱり始める。
「わ、わわ、ちょっと待って!」
「俺はここで荷物番してるから、気をつけて行ってくると良いよ。深いとこまで行かないようにね」
「う、うん! それじゃ吉田さんもまたね!」
慌てて手を振り、朝陽に引きずられるように消えていく二人。
そんな様子を、一夜と共に見送る吉田さんなのだった。
◇
岩場の陰へと消えて行った三人を見送って、今見た瀬織さんの姿を心のフォルダへと保存する。
あんな…あんな大胆な、び、ビキニ姿なんて大胆に晒しちゃって、瀬織さんは私を失血死させるつもりでしょうか。主に鼻から迸る尊さで。
普段はお堅い制服の奥に隠されている豊かな胸や、形の良い可愛いおへそまでも惜しげも無く晒したその艶姿に、私の理性はノックダウン寸前です。
何よりも……恥ずかしがり屋さんな乙女が、精一杯大胆な水着を好きな人のために選んだのは良いけれど、やっぱりいざ着てみれば恥ずかしくて周囲からの視線を気にして顔を赤らめている様子……イイ! 凄くイイ!!
……おっと、思考に力が入りすぎてしまいました。にへら、と崩れそうになる顔を引き締めます。
それに……小学生だろうか、白山君の妹さんを見る母性に満ちた優しい目と、最初こそ引きずられていたけど、結局は自分から手を繋いでいた、まるで仲の良い母子みたいな様子もたまらなく尊い。
美人で、スタイル良くて、料理上手でしかも母性に溢れているなんて最強過ぎます。
「可愛いですよね、瀬織さん。いえ、
「……ぐほっ!?」
「あ、やっぱりそうでしたか?」
試しに隣に向けてカマかけしてみると、座って一息ついた瞬間に不意を打たれて咽せる一夜お兄さん。
……嘘がつけないのは、白山君と同じみたいですね。家系なのでしょうか。
そんなお兄さんは、未だにゴホゴホと咳き込んでいる。私とした事が、ちょっと年上のお兄さんが可愛いと思えてしまいました。
「……なんで、そう思ったのかな?」
「まぁ……はっきり言って勘なんですけど」
クラスでは、二人の変化は婚約者という関係が明らかになった事で、それまで行っていた演技をやめたせい……という事で落ち着いています。
ですが……まず普通であれば有り得るはずがない事のため、皆が心のどこかでは思いながらも選択肢から外していた可能性。
――白山君と瀬織さん、二人が入れ替わったら、丁度あんな感じになるのではないだろうか?
そんな、突拍子も無い考えですが、今日出会って確信した次第です。
……とはいえ、普通は有り得ない事ですので少し驚いていますが。
「き……君は、それを知ってどうするつもり?」
気をとりなおしたお兄さんが、警戒心も露わにそんな問いかけをして来ます。ですが……
「いえ、特に何も」
「……え?」
「ただ確かめたかっただけです。私、
「ファン……?」
私の答えに、目をパチパチと瞬かせて怪訝な顔をするお兄さん。
「はい、事あるごとに真っ赤になって慌てる瀬織さんが、可愛くて可愛くて……」
「そ……そうなんだ」
うっとりと語る私の言葉に若干引き気味なお兄さんでしたが、すぐに、はぁぁ……、と安堵の息を吐いて座り込みました。
「でも、びっくりしたけど……それなら、かえって良かったかもね、周りに事情を知っている人が居るのは……静観してくれるって事で良いんだよね?」
「はい、日々私に尊みを供給してくれる瀬織さんの恋路を邪魔するなんて、私にはとてもとても」
「え、尊……え、何?」
にっこり笑って答える私に、怪訝そうに首を傾げるお兄さん。どうやら真面目そうな見た目通り、
「はぁ……まあ、よく分からないけど、君が良い子なのだけはよく分かったよ、これからも、あの子の良い友達で居てくれると嬉しい」
「あら……ええ、お任せください」
――やっぱり、兄弟ですね。
このお兄さんと以前の白山君……そして、今の瀬織さんも……人の良さそうな、人を疑う事を知らなそうな無邪気な笑顔がそっくりです。
彼の容姿自体は白山君をそのまま数年成長させた大人のお兄さんという感じなので、そのギャップに不覚にも、ちょっとだけドキッとしました。
――白山家の人々は、天然のタラシの才能があるのではないでしょうか。
コホン、と一つ咳払いして、おかしくなった胸中をリセットしてから口を開きます。
「……ところでお兄さん。SNSなどをやってらしたら、アカウントを交換していただければ、日頃の瀬織さん絡みの学校での出来事などをお伝えしますけど?」
ポシェットからスマートフォンを取り出して、某有名コミニュケーションアプリを開いて自分のアカウントを見せながら、悪戯っぽく笑いかける。
なんとなく、この繋がりを作る機会を逃すのはもったいないと思ったのです。
彼とコネクションを残しておくのも、瀬織さんを見守るには都合が良いかもしれない。そんな打算混じりの私の提案でしたが……
「……お願いします」
おそらくは、瀬織さんに悪いという葛藤があったのでしょう。
しばらく悩んだ末に、少し罪悪感混じりといった様子ながらも頷いたお兄さんに……私は、なぜか自分が浮かれているのを感じながら、にっこりと笑いかけるのでした。
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