星那と日焼け対策
夜凪達男性陣が確保していた場所は、更衣室からはやや離れた場所、道路からビーチへと降りてくる階段の陰にあった。
屋台や更衣室に行くにはやや歩かなければならないが……一方で、人の多い場所からはうまい具合に階段が遮蔽物となり、落ち着いて休憩するにはなかなか良さそうだと、星那はホッとひと息つく。
……ここまで移動してくる間も、結構な視線が向けられていた。
家族連れの多い、街近郊のビーチなため、あまりチャラチャラとしたナンパ目的の者は案外少ないのが幸いか。
中にはこちらをぽかんと見つめていたせいで、彼女らしき女性から引っ叩かれていた男性なども居て、申し訳ない事をしたと思う。
だが、そうした諸々の視線がなくなって、だいぶ気が楽になるのだった。
「やあ、お帰り」
荷物番をしていた一夜が、皆が戻った事に気付いて持ち込んでいた文庫本から顔を上げる。
「それじゃ、ここからは自由時間?」
「そうだね、俺は基本的にここでのんびりしてるから、君らは遊んでくるといいよ」
「助かります、お兄さん」
「一夜さん、ありがとうございます」
そう、にこやかに笑ってみせる夜凪に、陸と柚夏が丁寧に頭を下げて感謝を述べている。
「ところでみんな、お昼はどうする?」
必要ならば早めに切り上げて、別荘へ戻り何か作るのもやぶさかではい星那が、皆に意見を募る。
「流石に、ここまで来て昼飯作りに帰らせるのも悪いだろ。屋台か海の家でいいんじゃないか?」
「私、海の家の焼きそば食べたい!」
「私カレー!」
「はは、これだけ居れば色々シェアして食べるのも楽しそうだね。俺もそれでいいよ」
皆、口々にそのような意見を述べる。どうやら皆、食事に帰るより遊びを優先したいという意見で一致らしい。
――なら昼は問題ないね、よし遊ぼう。
そう思う星那だったが……そんな中、夜凪は自分が持ってきたナップザックをゴソゴソと漁っていた。
「ところで……星那君、これなーんだ?」
「……私の日焼け止め?」
首を傾げ、夜凪が自分のナップザックから取り出したものを見つめて答える星那。
それは……例によって星那の体質にはこれが一番合うのだと夜凪から勧められ、愛用していたUVカットクリームのチューブだった。
「でも、それなら朝に……」
「塗ってないよね?」
「……あ」
たしかに言われてみれば、市場へと行くため朝はまだ日も出ていない時間に外出したため……悩んだ末に、まぁ帰ったら朝食の支度もあるからいいか、と塗らずに出たのだったと星那は思い出した。
そもそも塗っていたとしても、朝食の支度の際に念入りに手を洗っていたはずだし、日常ならばともかく海水浴ともなれば改めて塗り直す必要があっただろう。
「忘れていたんだよね?」
「…………はい」
にこやかに告げる夜凪に、目を少し逸らして頷く星那。
――やばい、久々にスキンケアの怠りに怒ってる。
そう内心冷や汗を流すも、すでに手遅れなのだった。
……とはいえ指摘されなければ、あまり強くない星那の肌の事だ。今夜には真っ赤に腫れて、地獄だった事だろう。
「ごめんなさい、助かります」
そう頭を下げ、その手からクリームのチューブを受け取ろうと手を伸ばし……その手が、スカッと空を切った。
「あの、夜凪さん?」
再度その手からチューブを受け取ろうとして、再び空を切る手。
夜凪が頭上に掲げているそれを取ろうと、ぴょん、ぴょんと数回跳ねるも、届かない。
「これは、おしおきが必要だね。僕が塗ってあげる」
その言葉はおそらく方便であろう、満面の笑顔で告げる夜凪。その様子にヒクッと頬を引攣らせ、周囲に助けを求める星那だったが。
「よし陸、ちょっとあの離れ小島まで競争しよう!」
「その前に準備運動な」
そそくさと、巻き込まれぬよう立ち去っていく友人達の背中。
ちょっと、と言う割にはおかしすぎる目標設定に、「じゃあ私も」などとは星那には口が裂けても言えなかった。
ならばと一夜や朝陽の方へと助けを求めて視線を巡らせる。最悪、朝陽さえ居れば……
「あー、僕なんだかフランクフルト食べたくなったなー。朝陽はカキ氷とか食べたくない?」
「食べるー!」
「それじゃ二人とも、少しの間留守番よろしく」
一夜も、朝陽をエサで釣って二人さっさと行ってしまう。これでは、最終手段『妹の前だから』も使えない。
ポカンと立ち尽くす星那の肩に、ポン、と夜凪の手が置かれた。
「それじゃ、背中に塗ってあげるからうつ伏せになって?」
「……はい」
諦めて、そう言うしかないのだった。
「いやぁ……一回、恋人らしくこうやって、水着姿の星那君に塗ってみたかったんだよねぇ」
「はぁ……もう、普通に言えばさせてあげるのに……」
すっかり上機嫌で手に取ったクリームを馴染ませ、パラソルの日陰の中、キャンプシートに寝そべった星那へと向けて、ワキワキと手を伸ばしてくる夜凪。
「んっ……」
ぬるぬるとした手が剥き出しうなじに触れ、その感触にピクッと身体が震える。
「……そういえば、髪型は柚夏ちゃんが?」
首から、まるで鎖骨の隙間にまで擦り込むようにぐるっとデコルテラインを一周し、肩甲骨の方へと日焼け止めを塗り広げながら、そんな事を夜凪が問いかけてくる。
普段は下ろしているか料理の際に髪飾りで束ねてポニーにするだけの星那だが、今は右サイドで三つ編みにした上で頭の横で結っている。
下ろしたままでは傷みやすくなるし、海で遊ぶのには邪魔になるからと、更衣室で柚夏がやってくれたのだった。
「うん……私はあまり弄ってなかったけど……んっ……ちょっと習った方がいいかなぁ」
「そうだね、僕も少しなら教えてあげられるから、興味あったら聞いて?」
そんな会話をしながらも、星那の肌へ日焼け止めを塗りこむ手を止めない夜凪。
その手が胸の膨らみのすぐ脇、際どい場所を掠め、咄嗟に自分の腕を咥えて声が漏れるのを防ぐ。
「んっ……ふっ……ね、ねぇ夜凪さん、手つきがいやらしくない? 最近、夜凪さんってばどんどんエッチになってない?」
最近ではやけに増えて来た気がする過激なスキンシップに、思わずそんな事が口を突く。
「へぇ……」
そんな星那の声を聞き咎めた夜凪が、嗜虐的な色を含んだ声を上げた。その変化に、サッと蒼くなる星那。
「お仕置きの最中に、そんな事を考えてたんだ? なら、お望みどおりにしてあげる」
「ひゃん!?」
つつっと、絶妙な力加減でお尻の上の窪み、通称『天使のえくぼ』の中間から背骨に沿って撫で上げられ、星那がビクンッ、と艶っぽい悲鳴を上げて背中を跳ねさせた。
「〜〜っ!?!?」
突然の自分の反応におどろいて、混乱している星那。そんな星那の耳の裏にへ息を吹きかけるように、夜凪が囁く。
「本気を出せば、僕が誰よりも、
「やめ……んっ!?」
耳元で呼び捨てに囁かれ、跳ねる心臓のせいで思考に霞が掛かる。
さわさわと、夜凪の手が触れるか触れないかの強さで脇腹を擽る感触に、咄嗟に頭を抱えて、くすぐったさから声が漏れるのを堪える。
しかし、的確に、執拗に弱い部分を責める夜凪の手に……
「…っは! あははは、無理、無理だから、もうやめ……んんっ!?」
とうとう決壊し、身体を捩って笑い出す星那。
その反応に気を良くし、逃げようとする星那の身体を追いかけながら、執拗に責める夜凪だったが。
「ちょ、もうやだ、やめて、苦しい、やめ……てってば!」
「いったぁ!?」
星那がガバッと跳ね起き、仕返しとばかりに夜凪の頬を抓る。
「い、い、か、げ、ん、に……しなさい!」
真っ赤になり、涙目で夜凪を睨みつける星那。
その呼吸はふー、ふー、と粗く、更にはトップスがズレたらしい水着を左手で抑えているという煽情的な風情となっていた。
やり過ぎた……水着姿の星那を前に調子に乗り過ぎた事を自覚して、夜凪が頬をつねられたまま素直に頭を下げる。
「ふぉめんなふぁい……」
「全くもう……こんどは真面目にお願いね?」
反省した様子でシュンとなっている夜凪に、沸点を維持できないタチである星那はそう言って肩を竦め、水着の位置を直してから再び横になる。
今度こそ、普通に日焼け止めを塗り始めた夜凪の様子を確認し、力を抜いて身を委ねた――その時。
「……あれー? 瀬織さんと、白山君?」
突然かけられた声に、ぎくりと身体を硬ばらせる夜凪と星那。
……市外に出たとはいえ、星那たちが暮らす街とこの街は、高速道路を使用すれば決して遠くと言う訳ではない。
ならばこの海水浴シーズン、鉢合わせる可能性というのは警戒して然るべきであった。故に……
――ヤバい。
そんな二人一致した思考の中で、二人揃ってギギギ、と錆び付いた音がしそうな動きで振り向いた先。
そこには……頬を赤く染めながらも、ポカンとこちらを見つめる
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