海水浴場へ

 朝食を終えて一休みし、海水浴場へと向かう途中。


「はぁ……まったくもう」

「……まだ怒ってる?」

「いいえ、もう諦めました。私は愛が重い人に惚れた時点で負けなんだなって」


 隣でクーラーボックスを抱えて歩く夜凪に、そう答え、嘆息する。

 実際、恥ずかしいだけで実害は無いのだ。これで多少のナンパ避けになるならば、むしろ願ったりだと前向きに考える。


 周囲を見ると、陸はビーチパラソルを抱えて柚夏と談笑しながら歩いているし、一夜もやや後ろからシートを小脇に抱えて歩いていた。


 あと、この場に居ないのは……


「ねぇ、瀬織のおじさんたちは?」

「あの人たちは、家でゆっくりしてるんだって」


 夜凪とは星那を挟んで反対側、隣を歩く朝陽のそんな質問に、星那が答える。


 なんでも……流石に若い子らに混じって人の多い海にいくのは躊躇われるのだそうだ。

 今日は夫婦水入らずで家でのんびりしたり、釣りに出かけたりして過ごすつもりだと言っていた。


「でも、おかげで夜に使うトマトソースを任せられて良かったよ」


 来る前にトマトソース作りの基本的なところは星那が済ませてきたが、時間のかかる煮詰める部分は彼らがやってくれるという事だった。


 注意点……焦がさないようこまめに混ぜる事と、煮詰めを終えるタイミングなどをメモに残し、ありがたくお願いしてきた。あとは、帰宅してから裏ごしして、温め直せばいいだろう。


 更に、才蔵は流石に窯の所有者だけあり、自分でピザ作りの経験があるそうで……申し訳ないが、夕食用に、発酵が必要な生地作りも頼んで来た。


 あとは、帰りにスーパーでチーズとか買っていけばいいかな、と思ったのだが。


「あ、星那、調べてみたんだけど、この街に牧場の直営店あるね」

「……本当!?」


 ピザの話が出てから、何やらスマートフォンで調べていた一夜が、そんな事を言う。

 思わず声をあげ、その手元の画像を見ると……確かに、名前はよく聞く有名な牧場の直営店が、割と近くにあった。


「ついでにサラミとかソーセージとか欲しいよね、後で俺が買いに行くよ。これくらいならちょっと歩けば行けそうだ」

「ありがとう、兄さん!」

「うわ、わわ、は、離れて……!」


 感極まって、入れ替わる以前の感覚のまま、一夜に抱きついてしまう星那。

 そんな、妹とはいえ不慣れな女の子の身体の感触に、真っ赤になって慌てる一夜は……


「ご、ごめん夜凪君、なんとかして……」

「はぁ……」


 カチコチに固まった一夜は、夜凪へとヘルプを送る。

 そんな視線を受け……夜凪は、はぁ、とため息をついて星那を引き剥がしに掛かるのだった。





 そうこうしながら、二十分程度のんびり歩いていると、やがて人通りがいつの間にか多くなっていた。


 そして……


「うわぁ……」


 星那と手を繋いで歩いていた朝陽が、目の前に広がる海水浴場に歓声を上げる。

 すでに大勢の人がビーチには居り、老若男女問わず惜しげも無くその肌を晒して歩いていた。


「それじゃ、俺らは場所探してパラソル設置してくるわ」

「うん、陸、お願いねー。はいはい、星那ちゃんと朝陽ちゃんはこっち」

「わわっ!?」


 柚夏に引っ張られ、連れていかれたのは……女子更衣室。


 渋るところをぐいぐいと押し込められた更衣室の中、周囲では下着や肌を晒している少女や女性の姿。

 そんな肌色率の高い空間に、星那は申し訳なさや気恥ずかしさから真っ赤になる。



「ほらほら。躊躇ってないで早く済ませよう、奥が空いてるみたいだしさ」

「お姉ちゃん、早く行こう?」


 そう言って、柚夏に背を押され、朝陽に手を引かれ、二人掛かりで有無も言わさずぐいぐいと奥のロッカーの方へ連れていかれる星那。

 どうやら、腹をくくるしかないようだ、この部屋も、今から着る水着の事も。


 はぁ……とため息をついて、着ていたワンピースを脱いで下着姿となる。


「はー……相変わらず惚れ惚れするようなスタイルですなぁ……」

「ゆ、柚夏ちゃん?」


 間近で下着姿をまじまじと見つめてくる柚夏に、下着の胸を隠し、若干引き気味で答える星那。


 ――うっ、柚夏の声を耳聡く聞きつけた女の子の視線をかんじる。


 たちまち赤くなる星那だったが。


「なっちゃん、カップサイズいくつだっけ……」

「えっと……Dだけど、最近ちょっときついかも」


 こっそりと柚夏にだけ聞こえるように、耳打ちする。


「なんと、まだ成長するというのか……!」


 悲しげに、自分の胸をペタペタ触れる柚夏。

 そんな柚夏は、土台が引き締まってスレンダーな事もあり、確かギリギリでCだった筈で、カップは一つ下なだけ。別にそんな悲観するほど小さいという訳ではないだろうに……そう苦笑する星那だったが。


「甘い、甘いわね。CとDの間には、『普通』と『巨乳』の埋められない溝があるのよ」

「そ、そうなんだ……?」


 なんでも、日本人女性の平均がBからCだそうで……暗い目でそう力説する柚夏に、若干、いやかなり引き気味に返事をする星那。


「ていうか腰はぐっとくびれあるしお尻にかけてのラインは綺麗だし、脚長いしずるい!」

「そう言われても……」


 このスタイルを作り上げたのは『星那さん』で、私はそれを維持しているだけだし……そう言いかけたところで、以前お風呂を共にした際に、柚夏に怒られた事を思い出した。


「……まぁ、好きな人のため、スタイル維持の努力はしてますし?」


 改めて、柚夏にそう言い返した星那に、柚夏は満足そうに笑うのだった。








【後書き】

ちなみに、巨乳のラインはどのサイズからかについては議論が分かれると思いますが、参考にした女性へのアンケートではDカップ以上、男性へのアンケートではEカップ以上が多かったそうな。

今回は女の子同士の会話なので、前者を採用しました。異論は認める。

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