星那と、別荘のお風呂での語らい

「あ……杏那さん、お疲れ様です……」

「母さん……」


 咄嗟に離れて男女のスペースに別れた星那と夜凪が、場を誤魔化すように引き攣った笑いを浮かべて、新たに入ってきた人物……杏那へと話しかける。


「あ……あら、ごめんなさい。お邪魔だったかしら?」

「い、いえ……!」


 真っ赤になっている星那の様子で全て察したらしい杏那が、申し訳なさそうにそう言う。


 ――危なかった、流されるところだった。


 あのまま進んでいたら、果たしてどこまで行ってしまっていたのか……その意味では乱入してくれた事に感謝して、ほっと胸を撫で下ろす星那だった。


 そう気分を落ち着かせている間に、星那の隣に腰掛ける杏那。

 今度は隣に裸の大人の女性がいるという状況に、真っ赤になってそちらから視線を外す。


 しかも……杏那は星那の母親らしく、その容姿はまるで星那をそのまま大人の女性にしたように似通っている。

 それはスタイルにも言える事で、彼女が「ふぅ……疲れた体に沁み渡りますわね……」と悩ましい吐息を吐きながら、身動ぎするたびにふるふると揺れる二つの山脈の大迫力は、星那から目のやり場を奪い取っていた。


 三十代後半と言う年齢を感じさせない美人な事もあって、その動揺もひとしおだ。


「あら……ふふ、お気になさらずに」


 そんな星那の遠慮した様子に気付いた彼女は、苦笑しながら星那の頭を撫でる。


「もう、女の子として暮らしていく決意をしたらしいとあの子から聞いていますから……私も、あなたを女の子として扱うつもりですよ」

「それは……ありがたく思いますが、やっぱりこういうのはなかなか慣れなくて……」

「あらあら、純朴ですわね。私としては、星那ちゃんのそういうところも好ましく思っていますけれど」

「はぁ……恐縮です……」


 ニコニコと好意的な視線で覗き込んでくる杏那にいたたまれなくなり、指先を湯の中で弄び始める星那だった。


 そんな時間が、少しだけ流れ。


「ふーん……」

「な、何でしょう?」


 意味ありげな声に、星那がちらっと杏那の方を見る。


 彼女は星那の方……特にをじっと見つめて、何か得心がいったように頷く。

 そんな彼女は仕切りの向こう、夜凪へと向かって声を掛ける。


「夜凪さんは、意外に独占欲が強かったんですね……ですが、こういう事は、できれば本人には事前に伝えてから行った方がいいですよ?」

「う……今度からは気をつけるよ」

「はぁ……星那ちゃんも大変ね。どうか見捨てないであげてね?」


 仕切り越しに夜凪に語りかける杏奈さん。

 夜凪もばつが悪そうに口籠っており……星那は一人、何の話だろうと首を傾げるのだった。


「……まあ、結婚を前提のお付き合いをしているのだから、あまり固いことは言いませんが……性交渉するにしても学生なのだから、避妊だけはしっかりとしなさいね?」

「しませんから!?」

「しないから!?」


 のほほんと、頰に手を当ててとんでもない事を言う杏那に、星那と夜凪が同時に声を荒げて否定するのだった。


 そんな二人の様子に、ぱちくりと目を瞬かせる杏那。


「あら……てっきり初体験くらいは済ませたものとばかり……」

「してません、キスまでしか、まだ!」

「清い交際を言い渡されてるんですから、まだちゃんと我慢してますよ、母さん!?」

「あ、あら……清い交際って、そういうレベルなの……やだ、私ったらはしたない」


 二人の猛反発に、誤解に気づき小さくなる杏那。


 ――この人、貞淑な人だと思っていたけど、さてはえっちなお姉さんだな……!?


 そう、戦慄する星那なのだった。







「まったく……僕は先に上がっているからね」


 そう言って、仕切りの向こうからバシャバシャと浴槽を出て、脱衣室へと戻るドアを開ける音。

 静かになってしまったのを見るに、どうやら本当に上がったらしい。


「あらあら……逃げられてしまったわ」

「あはは……それじゃ、私も」


 そろそろ上がります。


 そう言い掛けたところで、グッと肩に掛けられた杏那の手に込められた力に黙り込む。


「まぁまぁ、せっかく女二人なのだし、色々と教えてあげるから……例えば、煮え切らない旦那をその気にさせる手段あれこれとか」

「お願いします」


 杏那の言葉に、ガシッとその手を掴んで即答する星那なのだった。






 ――と意気込みながら、半身浴に切り替えて杏那の話に耳を傾けていた星那だったのだが……


「……と、まあそんな感じなのだけど……参考になる……?」

「無理です……私には難易度が高すぎました……」

「あらあら……」


 真っ赤になってぐったりしている星那に、心配そうにオロオロしている杏那。

 今にも鼻血は出そうだし、のぼせたのか頭がクラクラする。


 ……杏那の知識は、初心な星那には参考になるどころか刺激が強すぎた。


 あの手この手を駆使した誘い方に、旦那を興奮させる演技のコツや、を搾り取るための様々な手管。

 しかもこれらは杏那が実際に才蔵相手に実践しながら、試行錯誤して培ってきた生の知識なため、生々しさが半端ない。


 ――さすが歴戦の奥様だけあって、色々とえげつない。


 星那の中の元男の経験から、根拠もなく異性を喜ばせる手段は理解していると思っていた自信が根底から崩されていく感覚に、がっくりと項垂れるのだった。


「まぁ……私は後妻でしたから。亡くなられた奥様には絶対に勝てないだろうし、そうじゃなくても二十才も離れていて、子供扱いしかしてくれない男なんかに惚れたものだから……振り向いて貰うためにできる事は、なんでもやったものよ」

「は、はぁ……大変だったんですね」

「そう、大変だったのよー」


 のんびりと笑いながらそう語る杏那。


 見た目だけならば貞淑な若奥様という風情の彼女の意外な裏の顔に、今はただ、戦々恐々とする星那なのだった。


 ――将来、何かあったらまた相談しよう。


 そんな事も、内心でこっそり心のメモ帳へと書き記しながら。

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