星那と、瀬織家の別荘

 よく晴れた、夏のお昼前の時間帯。

 白山家から、一夜が父から借りたファミリーカーで高速道路を飛ばして一時間と少しほど。S市最寄りの港湾都市郊外の山の中にある瀬織家の別荘へと、星那たちはやって来ていた。


 初日は別荘の掃除という事で、汚れて構わないようにあらかじめジーンズとTシャツというラフな格好に、麦わら帽子を日焼け避けとして頭に乗せた星那が、長時間座っていた事で少し痛むお尻を摩りつつ、車から降りる。


 そこには……


「うわぁ……!」

「どうかな、立派なものでしょ?」


 車から降りた星那は、予想していたよりもずっと大きなその建物を見上げ、目を輝かせていた。

 そんな星那の様子を微笑ましそうに見つめながら、その手を取る夜凪。

 ついでに星那が携えていたショルダーバッグや、昼食にと用意してきた皆の分のサンドイッチが詰まっているランチボックスをさりげなく奪い取り、夜凪は星那の手を引いて、エスコートしながら門をくぐる。


 ちなみに、一緒の車に同乗してきた陸と柚夏は、すでに荷物を担いで先に行っている。


「お姉ちゃん、ここに泊まるの?」

「うん、そうだよ。瀬織のおじさん達には、こんな凄いところを使っていいって言ってくれたお礼を言わないとね」

「うん、私いっぱいありがとうって言う!」


 そう言って元気に、夜凪とは逆側の腕に飛びついてくる朝陽の様子を微笑ましく思いながら……改めて、歩きながらその建物を見上げる。




 地階をガレージとし、階段を登った先、通常であれば二階に相当するところにウッドデッキと出入り口があるその建物。


 二階建てプラス屋根裏部屋で構成されていると聞いたその瀬織家の別荘は、事前に説明を受けたところ、一階にはキッチンやリビングなどの共有スペースとなっており、二階は寝室が五部屋ほどあると言う。




 赤味がかった木材によって組まれ、温かみのある木材の色を存分に生かされたその建物は、よほど最近まで管理していた老夫婦がこまめに手入れをしていたのだろう。ほとんど痛んだ様子もなく、異国情緒溢れる綺麗な外観をしていた。


「すごい、ログハウスだ……それもこんな大きい」

「はは、その反応だけで連れてきた甲斐もあると言うものだ」


 感激している星那へと掛かる、新たな声。


「あ、父さん。それに母さんも。それじゃ僕は荷物を置いてくるから、星那君の案内をお願いしてもいい?」

「ああ、任せなさい」


 別荘の方から、別の車で先に到着していた才蔵と杏那が連れ立ってやって来る。

 それを見て、夜凪はさっと星那や朝陽が肩に掛けていた手荷物まで引き取ると、ウッドデッキをカンカンと軽快な音を立てて登っていってしまう。


 そんな夜凪と入れ替わりに案内してくれるらしい杏那が、興味深そうにキョロキョロとしている星那や朝陽に、にっこりと笑いかけながら口を開いた。


「どうかしら、お気に召しましたか?」

「はい、本当にすごいです、こんな良いところを使用させていただけるなんて……ありがとうございます」

「瀬織のおじさん、おばさん、ありがとう!」


 興奮気味に礼を述べる星那と朝陽に、二人は上機嫌で頷いていた。


 そして……頭を上げ、ふと気がつく。


 才蔵は作業服を着て麦わら帽子を被り、草刈り機を携えていた。どうやら先に、庭の手入れを始めていたらしい。

 杏那も、作業服ではないものの、すでに少し水に濡れたデニムのエプロンを身に付けて、こちらも作業中だったようだ。


 そんな二人に案内され、木組みの階段を上ってウッドデッキに上がると、そこには……


「わぁ、お姉ちゃん、海が見える!」

「本当だ……! それに、街も見える!」


 この場所自体がやや高い丘にあるためか、目の前いっぱいに広がる青い海と、モダンな赤煉瓦の倉庫街が目立つ港町。


 一足先に上ってはしゃぐ朝陽に続き、階段を上り切った途端、視界に広がる絶景。

 吹き上がってくる潮風に飛ばされそうになる麦わら帽子を抑えながら、その光景に感激する星那と朝陽だった。


「それじゃ、私は庭の手入れでもしていようかな。何かあったら聞きに来なさい」

「では、私はキッチンの食器類を洗っておこうかしらね」


 星那達をウッドデッキから入れる玄関に案内した後、そう言って二人共、テキパキと自分の役目を決めて去っていく。


 ……そうだ、まずはお掃除頑張ろう。


 自分達の仕事を思い出し、そう気を引き締めて歩き出した星那だったが……ウッドデッキの片隅、その視界の端に、気になるものを見つけた。


「あ……あれはまさか、ピザ窯!?」


 デッキの片隅に鎮座する、台座ごと赤い耐熱レンガで組まれた半球形のピザ窯に、星那が家を見た時よりも目を輝かせる。

 その様子は、明らかに「ピザ焼きたい!」という欲求に満ち溢れていた。


「はは、そういうところに興奮するあたりがお前らしいな」


 背後からそう言って、星那の頭をポンポン叩くのは……ここまでの運転で強張った身体を伸ばしていたため、皆より遅れて来た一夜だ。


「あ、一夜兄さんは大丈夫? 運転で疲れているなら少し休んでいたらどう?」

「いや、俺もこのくらいまだまだ大丈夫さ、それより早く仕事を済ませてみんなでゆっくりした方がいいだろう?」


 そう言って、フッと目を細める一夜。

 その後ろからは、先に荷物を軒下に置いて、代わりに水を汲んだバケツとブラシを手に下げて来た夜凪が、シャツを腕まくりしながら戻って来る。


「それじゃ、星那君も興味津々なようだし……僕はこれを使えるように掃除しておくかな。以前手伝った事もあるし、勝手は分かるからね」

「いいの?」

「うん、今夜は皆疲れているだろうからって、夕食は父さん達が近くのレストランを予約しているから……明日以降、窯が君の手で陽の目を見るのを楽しみにしてるよ」

「……うん!」


 楽しみにしている、と夜凪に言われた星那が、嬉しそうに頷く。

 そんな様子をニコニコしながら眺めた後、夜凪はさっそく窯の掃除を始めていく。


「それじゃ、俺たちも行こうか。指示出しは頼むぞ、星那」

「そうだね……それじゃ兄さんは、家の中の布団を全部ベランダに干してもらっていいかな?」

「よし来た、任せろ」


 そう快諾し、建物の中へと消えていく一夜。


 続いて、他の者達が何をしようとしているかをざっと見る。

 すでに動き始めている陸は……部屋の中から、掃除しやすいようにテーブルや椅子、キャビネット等大きなものを運び出し始めている。ならば、陸にはこうした力仕事に専念してもらうのがいいかもしれない。


 自分は室内、陸が物を除けてくれた場所の掃き掃除と拭き掃除を中心に、細々とした場所を担当すれば良いかな……そう星那は自分がやるべき事にざっと目星を付け、夜凪が運び込んでくれていた荷物から掃除用にと用意してきた厚手のエプロンを取り出し、身につけた。


「朝陽は……柚夏ちゃんがデッキの掃除を始めたみたいだから、その手伝いをお願い。ただし、柚夏ちゃんの目の届かないところには行かないようにね」

「はーい、任せて、お姉ちゃん!」


 片隅でデッキブラシを取り出し始めた柚夏の元へ、元気よく駆けていく朝陽を見送り……よし、私も頑張っていこうと軽く頬を叩いて気合を入れると、中を掃除するべく歩き出したのだった。


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