星那と、兄の帰省
星那たちが帰宅した時、白山家では……一つ、外出した時とは変化している出来事があった。
「……あれ、誰か来てる?」
最初に玄関を潜った夜凪が、そう呟く。
皆で昼食を摂った後、病院で夜凪の抜糸もつつがなく終わり……陸たちとも駅で別れて帰宅すると、そこにはいつもは無い、男物の靴があった。
「へぇ、誰かお客様か……な……?」
興味深そうに夜凪の後ろから覗き込んだ星那だったが……その言葉が、途中で尻すぼみに消える。
かと思えば、自分のサンダルを慌しく脱ぎ捨てて、バタバタと家の中へ駆け込んでいく。
普段であれば綺麗に靴を揃えて玄関に上がる星那らしくない、そのただならぬ様子を……夜凪はポカンと見つめているのだった。
リビングから、帰宅した星那達に気付いたらしく様子を見に来た人影。その人物を認識した瞬間……星那は、迷わずその人影へと飛び付いた。
「……兄さん!」
「うわっと!?」
突然飛び掛かったにもかかわらず、手慣れた様子で一回転して星那の突撃の勢いを殺し、すとんと床に下ろすその人影。
そんな彼に、星那は感極まったように、ぎゅっと抱きついた。
「あはは、本当に兄さんだ、おかえりなさい!」
「えぇと……ど、どちら様?」
「あ……そ、そっか、この姿だと分からないよね」
突然女の子に抱きつかれてすっかり混乱しているその青年から、星那が慌てて離れ、思わずはしたない事をしたということを再認識し、真っ赤になる
その青年は……夜凪によく似ていた。
夜凪や真昼のものと近い、ふわふわと柔らかな茶色掛かった髪。
夜凪を数年成長させて男っぽさを少し足せばこうなるかという、温厚そうな顔。
夜凪との最大の差異は、銀のスクウェアフレームの眼鏡か。
こちらも真っ赤になって慌てているその青年に、リビングから、真昼ののんびりとした声が投げかけられる。
「ふふ、驚いたと思うけど、その子、夜凪よ」
「うん、改めて……おかえりなさい、
尻尾が生えていたらブンブンと振っていそうな様子で、青年に笑い掛ける星那。
そこへ、ようやく追いついた夜凪が「……お兄さん?」と呟いたのだった。
「はー…………母さんたちから話には聞いていたが、にわかには信じ難かったけど、本当に夜凪なのか?」
「うん、兄さん。今は名前も交換して、星那って名乗ってるけど」
リビングの、一夜とテーブル越しに対面する長ソファに、左に夜凪、右に朝陽がピッタリくっつくように座っている状態で、星那はニコニコと上機嫌で笑っていた。
その傍らで、真昼に小声で話しかける夜凪。
「……星那君が結構なブラコンってのは前に聞いていましたが、本当だったんですね」
「ええ、この子は昔からずっとこの調子でねぇ……反動で朝陽にはああなっちゃったみたいなんだけど」
星那の朝陽へのママさんっぷりをずっと見ていただけに、その落差に戸惑っている夜凪だった。
そんな朝陽はと言うと……ぶすっと不機嫌そうに、一夜を睨んでいる。
「ほら、朝陽も。兄さんにお帰りなさいは?」
「やだ」
「あはは……なんか、ごめんなさい兄さん」
完全に拗ねている朝陽に、苦笑しながら一夜に謝る星那。
星那にべったりで育った朝陽は、逆に星那が慕っている一夜の事を面白く思っていないのだ。
なんとかしなければと星那は思っているのだが……なかなか上手くはいかず困っているのだった。
「まあ、朝陽に嫌われているのはいつもの事だからねえ……はぁ……」
強がってはいても、末の妹に嫌われているというのは流石にショックなようで、どこか哀愁漂う様子で溜息を吐く一夜なのだった。
星那は、兄さんにいっぱいご馳走を食べてもらうんだと張り切ってキッチンへと籠ってしまった。
その間……
「一夜さん、お布団はこの辺りでいいですか?」
「うん、ありがとう。その辺りに置いてて」
以前、陸が泊まった客室。
そこで、夜凪と一夜が二人、寝具の準備をしていた。
「……ごめんなさい、一夜さんの部屋を占領してしまって」
夜凪の使っている部屋は、元々は一夜のものだ。
そのため本来の持ち主を客室へと押し込める事に罪悪感を感じ、手伝いを申し出たのだったが。
「はは、構わないよ、元々そのつもりで完全に片付けて出て行ったのだから」
申し訳なさそうに手伝う夜凪に、気にしないでと優しく笑って言う一夜。
こう見ると、温厚さといい、笑い方といい、
「将来結婚したら、隣に別棟を増設しようとしていたんだけどね……まさか、恋人を作るのであいつに先を越されるとは思ってもみなかったよ」
「えっと……お兄さん、恋人とかは居ないんですか?」
意外に思い、尋ねる夜凪。
一夜は見た目ならば十分に美形と言える容姿であり、穏やかな性格もあってモテそうな物だと思っていた。
だが……そんな一夜は、疲れたような遠い目をして語る。
「はは……俺が神職希望って皆が分かっているとね、結婚まで考えると色々と大変そうって敬遠されるんですよ……」
「あー……そう考えると、星那君も真昼さんも凄いですよね……」
がっくりと項垂れる一夜に、夜凪が納得する。
真昼や星那が基準となってしまっていたが、あれだけ家事をこなすのが、果たしてどれだけ大変か。少なくとも自分……『瀬織星那』には無理だったろうと思う。
思わぬところで自分の将来の嫁のハイスペックを再認識した夜凪だった。
「えっと、瀬織さん……いや、夜凪? ややこしいな……」
「夜凪でいいですよ。皆がそう言っていますので、もう慣れました」
呼び方に困っている一夜に……夜凪は、そういえば入れ替わった直後は皆こんな感じだったなとふと懐かしく思い、ふふっと笑う。
「そうですか……分かりました、これからはそう呼ぶね、夜凪さん」
そう言って再び夜凪と向き直った一夜は、真剣な顔をしていた。その様子を見た夜凪も、大事な話だと察して居住まいを正す。
「まず……ここしばらくの間に、どんな事があったかは母からあらかた聞きました。あの子を危ないところから助けてくれたそうで、本当にありがとうございます」
ピシッと姿勢を正し、深々と頭を下げる一夜。
その姿に、夜凪は慌てて手を振って、頭を上げるように言う。
「い……いえ、僕がそうしたからやった事で……お互い様ですし、その……惚れた女の子ですから」
「そうですか……ちょっと、悔しいな」
「……え?」
思わぬ言葉に、夜凪がパチパチと目を瞬かせる。
「あいつ、いつもは帰ってくると、決まって俺の隣に座ろうとしていたんですよ」
「はは……仲が良いんですね」
「うん、まぁね……だけど今回は、迷わず君の隣に座ったのを見て、よく分かったんですよ」
そう、寂しそうに笑う一夜。
「ああ……あいつの中の一番は、もう俺じゃなくて君なんだな……って」
「一夜さん……」
正直に言うと夜凪は、星那と一夜の仲の良さに少し嫉妬していた。
だが……一夜も同じだったのだと思うと、自分達は仲良くなれると、そう思えるのだった。
「どうか……あいつの事、お願いします。可愛い弟で、妹ですから」
「……はい、お願いされました」
そう、男二人で笑いあい、固く握手するのだった。
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