星那、勧誘される
「あ、居た居た、おまたせー!」
柚夏が、カフェに陸の姿を認めて真っ先に飛び出して行く。
「よ、お疲れさん。良いの見つかったかよ」
「うん、だけど今は秘密、楽しみにしててね!」
立ち上がった陸の腕に飛びつくようにして腕を組んだ二人が、きゃいきゃいと騒いでいた。
それを横目に、星那と朝陽は、静かに座ってコーヒーを傾けている夜凪の所へ駆け寄る。
「夜凪さんも、お待たせしました」
「おまたせー!」
「うん、お疲れ様。やっぱり、星那君達も秘密?」
「はい、そういう事になりました……でも、柚夏ちゃんのおかげで可愛いのを選べましたから、期待していてください」
星那は、ちょっとだけ悪戯っぽく微笑みながら、夜凪の問いに答える。
「ふふん、なっちゃんにしては攻めたやつ選んだから、よー君は目にする日を覚悟するといい!」
「へぇ、それは楽しみだ」
「ちょ、ちょっと柚夏ちゃん……!?」
が、結局すぐにそんな柚夏の発言に、いつも通り真っ赤になって慌てる側へと回る星那なのだった。
「さて……夜凪が抜糸で病院に行くまで、まだ時間あるんだよな?」
今日の外出の目的には、夜凪の抜糸もある。
運び込まれた救急病院は街の大学付属病院にあるため、買い物の後はそのまま向かう事になっていたのだが……
「うん、午後の三時で予約だから、まだ大丈夫」
「それじゃ、飯でも食いに行くか……なんか希望あるやつ居る?」
そんな陸の問いに真っ先に手を挙げたのは、朝陽。
「私、せっかく街に来たし、ラーメン食べたい!」
「お、きちんと自分の主張して偉いぞ。そんじゃもう何駅か足伸ばして、ラーメン共和国にでも行くか」
元気に主張する、あまりこちらに遊びに来る機会のない朝陽。
そんな少女の希望に、陸がわしわしとその頭を撫でながら提案し、皆異議なしと首肯するのだった。
――そうして、電車で二駅ほど揺られて来た、H道最大規模の駅。
「しっかし、こっちは流石に人が多いな……」
「朝陽、大丈夫? 手繋ごう?」
人の波に呑まれて逸れるのを心配して、星那が手を伸ばすと、さすがにこの混み具合だと大変だと思ったのか、素直にその手を握る朝陽。
そんな様子にふっと目を細めて微笑み、顔を上げた……その時、視界をかすめたのは、雪のように真っ白ないつか見た幼い少女の姿。
「あ……!」
思わず声を上げた星那に、向こうも存在に気付いたように立ち止まりこちらを向く。
「あ……あなたは、以前会った……!」
星那に負けず劣らずの艶やかな黒髪をポニーテールにした、星那達と同世代の綺麗な女の子と、ゴシック調の衣装を纏った真っ白な少女の二人組。
彼女達も、星那に気付いてこちらへと歩いて来るのだった。
流石に人のごった返す駅構内で立ち話も躊躇われ、接続しているビルの休憩スペースへと移動して、あらためて顔を突き合わせる一行。
ちなみに、陸と柚夏は先に席を取っておくと言い残し、なぜかそそくさと先に行ってしまった。
「改めて……私は、
義理のだけどね、と苦笑する緋桜と、紹介を受けてペコリとお辞儀するミステルと呼ばれた少女。
――やっぱり、あのお嬢様校の。
言われてみれば、立ち姿も凛としていて、綺麗なだけではなく独特の存在感のある二人だ。
「へー、なんだかお姫様みたい、すごい! ね、ね、何年生?」
星那が雰囲気に気圧されている一方で、こちらは同年代の少女と見て、物怖じせず詰め寄る朝陽。
少女はその勢いに少し驚きながらも、指で自分の年齢を伝えていた。
「……え、すごい、同い年だ!」
その少女の手を取ってはしゃいでいる朝陽に、少女は驚いたように目をパチパチと瞬かせていた。
そんな様子を星那と緋桜、二人で微笑ましく眺めていたが……
「ところで……星那ちゃんって言ったっけ。モデルのお仕事に興味ない?」
「……え?」
突然そんな事を言われて、星那は首を傾げる。
そんな星那に企業の名刺を取り出して渡しながら、緋桜は説明を続けていく。
「いやー、お父さんに、私と同世代の物静かな雰囲気の子で、良さそうな子が居たら紹介して欲しいって言われててさぁ。真っ先に思い浮かぶのが星那ちゃんだったから、探していたんだよねぇ」
「は、はぁ……モデル、ですか……『Rosengarten《ローセンガルテン》』?」
名刺の社名を確認し、ちらっと夜凪の方を見る。
「……大丈夫、その会社とは父さんの仕事で付き合いがあるけど、しっかりした優良企業だそうだから信頼できると思う」
夜凪のその言葉に、ほっと息を吐く。
もっとも、目の前でニコニコしている快活な少女が、人を陥れるような悪人には全く見えなかったが……それでも、ここ最近の出来事を鑑みると、慎重にならざるを得ないのだ。
「ただ……僕としては、誇らしい半面、君を大多数の人の目に触れさせたくないから複雑な気分だけど」
「あはは……」
夜凪の、ぶすっとした様子のその言葉に苦笑する。
何せ、星那も全く同じことを考えて返答に迷っていたのだから。
だが……モデルという普通ならば縁が無いであろう体験にも、興味はあった。
「……その、今すぐここで決められないので、前向きに考えておきます……という事で」
「うん、それで良いよ。何かあったらこの番号に連絡して」
そう言って、さらさらと名刺の裏の余白に自分の携帯番号を追記していく緋桜。
「あ、お仕事を受けてくれるって訳じゃなくても、何か困った事があれば相談に乗るからね。お姉さん、こう見えても伝手もあるし腕っ節にも自信あるから」
そう言って胸を張り、ニコッと笑う緋桜に、星那は少しドキッとする。
――この人、あれだ、いわゆる人たらしって言うやつだ。
気を抜くと、いつのまにか懐柔されそうになる雰囲気が、目の前の彼女にはある。
そこに打算などなさそうな天然物っぽいのがまたタチが悪いというか……そう、星那は戦々恐々とする。
実際に、星那も内心ですでに、機会があれば受けてあげてもいいかな……そう、いつのまにか絆されかけてしまっているのだった。
「っと、友達が待っているんだよね。私たちもそろそろ行くわ。また話が出来て良かったよ」
そう言って、朝陽と話をしていた少女へ声をかけて踵を返す緋桜。
「それじゃ、ミステルちゃん、またね!」
そう言って、名残惜しそうに手を振って見送る朝陽へと、軽く手を振ってから駆け出す少女。
「あの……ありがとうございました!」
不意に、そんな礼の言葉が星那の口から突いて出た。
何故かは分からないが、礼を言わなければならない……そんな衝動に駆られての発言だった。
そんな星那に、二人はこちらへと振り返って驚いたような表情をした後……フッと笑って立ち去っていった。
そうして二人の姿を見送った後……朝陽が、自慢気にスマートフォンを見せて来る。
「えへへ、あの子とSNSのアドレス交換しちゃった」
「あはは……迷惑かけないように、ほどほどにね?」
「うん、わかってる!」
どうやらあの短時間で仲良くなったらしい。この子もなかなかにコミュ力高いなぁと苦笑しながら、陸達が待っているこのビルの上へと向かうエレベーターへ、星那達も歩き出すのだった。
【後書き】
・ラーメン共和国
札幌駅ビルにある、複数の人気店が店を出しているフードテーマパークの名前。
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