星那の水着選び
「よーし、それじゃあ張り切って水着探しに行こーう!」
「おー!」
「あはは、お手柔らかに……」
柚夏の号令に、元気に合いの手を入れている朝陽。
その様子を、星那は困ったようにやや後ろから眺めていた。
――才蔵から、別荘へと遊びに来ないかと誘われた翌日。
今、三人が居るのは、都会である政令都市……そこの郊外に鎮座する大型ショッピングモールの一角にある、華々しく飾り付けられたコーナー。
中には様々な趣向を凝らし、物によってはフリルなどで飾りつけられた、色とりどりの布面積が少ない衣服……女性用水着の売り場が広がっていた。
何故こうなったかというと……昨夜、あの後陸から連絡を受けた柚夏から、やや慌てた様子で連絡が来た。
――旅行に持っていく水着がない。
そうまくし立てる柚夏に、そういえば私も学校指定の競泳水着しか持ってないよと呟いたところ……柚夏の強硬な主張によって、自分も新しい水着が欲しいと言う朝陽も連れて、水着を買いに来ているのだった。
ちなみに今、夜凪と陸の姿は無い。
彼らもナンパ避け、兼荷物持ちとして付いてきてはいるのだが……
「どんな水着を買ったかは、当日のお楽しみだよ!」
……と言って、先程柚夏が追い払ってしまった。
なので、向こうは向こうで男子用水着を見に行っている。多分さっさと終わるだろうから、同じフロアのカフェで待ち合わせよう、と陸は言っていた。
「それじゃお姉ちゃん、私は自分の水着を探してくるね!」
「あ、ちょ、ちょっと待って!」
真っ先に飛び出していこうとする朝陽に、星那が慌てて声を掛けて制止する。
そんな星那は人差し指を立てて、まるで子供に言い聞かせる母親のように注意点を語りきかせ始めた。
「選び終わったら、ここで待っていて。あと、知らない人に声を掛けられてもついて行ったらダメだよ、あと……」
「もう、お姉ちゃん? 私だって高学年だよ、分かってるから大丈夫だよ、お姉ちゃんは心配性なんだから」
そう、腰に両手を当てて呆れ顔で宣う朝陽に、少しショックを受けて固まった星那。朝陽は、その隙にさっと立ち去ってしまった。
「ほらほら。なっちゃんも自分の水着探そ? ほら、あれなんてどうかな?」
そう言って、ある一点を指差す柚夏。
どれどれと、気を取り直してそちらを見ると……そこには、何故このような目立つスペースに展示してあるのかというほどの、非常に布面積の小さなマイクロビキニ。
――というか、あんな小さいと両胸と股の大事な場所しか隠せなくない?
星那はしっかり手入れをしていると自負しているが、それでもあれでは色々はみ出したらマズいものがはみ出してしまいそうに思えて、ヒクッと頬を引きつらせた。
「あ、あぁあぁの、柚夏ちゃん!?」
「どう、インパクト凄くない? あれならきっと、よー君の目も釘付けだよー」
瞬時に顔を真っ赤にして慌てる星那に、そう悪戯っぽく笑って勧めて来る柚夏だったが。
「……これ以上あれを勧めてくるようなら、柚夏ちゃんが本当にあれが気に入ったんだと判断して試しに試着してもらうけど?」
「……ゴメンナサイ調子に乗りました」
星那がにっこり笑って尋ねると、柚夏は何故かガクガクと震え出して、取り下げるのだった。
「……もう学校指定の水着じゃダメかな?」
「ダメに決まってるでしょ、市民プールならまだしも、海水浴場だと逆に目立つし恥ずかしいよ?」
「……そうか、そうだよね……」
流石に、それでは本末転倒だ。
渋々と、柚夏に手を引かれるままに、可愛らしいデザインのものが多いコーナーへと入って行く星那だった。
流石というか、柚夏は「これだ、これにする!」と自分の水着を選び終えていた。
そこまでは良かったのだが……今は、いくつか水着を手に取っては星那の身体に当てて首を捻る、をしばらく繰り返している柚夏。
「うーん……悪くはないんだけど、なっちゃんならもっとこう……」
「あの……私はシンプルで布面積さえ大きいなら、それで良いんだけど」
自分のものを選ぶよりも、星那の水着にずっと時間を掛けている柚夏に、そろそろ疲れてきた星那が諦めたようにそう小さく主張する。
「もー、なっちゃんはそんなスタイルいいのに、なんでそこまで嫌がるかなー」
「そのスタイルがいいのが問題で……だって、普通に街を歩いているだけで、あちこちからここを見てくる視線をたくさん感じるんだよ?」
そう言って、自分の胸に手を置く。
街に出てきてから、ずっと視線が纏わりつくのを感じていた。
花柄のワンピースにサマーカーディガンという、決して露出は多くない衣装でもこれなのに、それが水着であれば一体どうなるやら……と気が進まない星那だった。
「これが、水着で人の多い海水浴場になんて行ったらと思うと……今から憂鬱だよ」
「育って欲しいのに育ってくれない人には贅沢な悩みですなぁ……」
自分のなだらかな胸元をパンパンと叩き、はあ……と深く溜息を吐く柚夏だった。
「それに……夜凪さん以外に見せたくないし……」
そう、ギュッと組んで握った手を祈るような形で胸に押し付けて、真っ赤になって小さく呟く星那。
元々恋い焦がれた女の子のものであるこの素肌を、別の男には見せたくないという思いもあって、それが余計に星那を躊躇わせるのだった。
「ふーん……」
「な、何……?」
意味ありげな視線を感じ怯む星那に、ずいっと迫る柚夏。
「いやいや、なっちゃんは意外に独占欲が強い子だったんだなーって思って」
「そ、そうかな……」
「例えばさぁ、よー君が、知らない女の子にナンパされてたらどう思……」
「嫌」
「……うって早っ!?」
被せ気味に放たれた星那の言葉に、柚夏が仰天する。
そんな星那はとても座った目をしており、柚夏の肝を冷やさせるに十分な圧力を発していた。
「冗談、冗談だからね?」
「……え? あ、ごめんなさい、なんだかすごくモヤッとして」
慌ててプレッシャーを引っ込めて、笑顔を向ける星那。しかし今の柚夏にはそんな笑顔さえ、裏に何か別の意味を含む恐ろしいものが感じられ、この話題で弄るのはやめようと誓うのだった。
「なっちゃんが、心を開いた人には愛情深い子なのは重々承知していたつもりだったけど……」
「……?」
さらりと漆黒の絹糸の如きロングヘアを流しながら首を傾げ、柚夏を覗き込んでくる星那は、無垢な乙女そのものだ。
だが……そんな親友の危険な一面を初めて知り、額に浮かぶ冷や汗を拭っている柚夏に、星那は訳もわからず更に首を傾げているのだった。
「で、でも……そうだ! なら、よー君が他の娘なんかに目移りしないよう、可愛い水着を探さないとね!」
「た、たしかに……!」
柚夏のやぶれかぶれの言葉に、真剣な顔になって柚夏の手をガッと掴む星那。
「私、頑張って選ぶから。あらためてアドバイスよろしくね、柚夏ちゃん!」
一転してやる気に満ち溢れ、燃えている星那に……柚夏はただ、あはは……と乾いた笑いを浮かべるのだった。
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