星那への旅行の誘い

 瀬織家も夕食を共にするという事で、張り切って夕飯の支度をした星那。


 そんな星那の力作とばかりにテーブルの上で香ばしい香りを上げているのは、自作の特製ダレを塗ってはオーブンで焼き、塗っては焼きを繰り返してパリッと焼き上げたラムチョップに、じゃがいもと様々な根菜や夏野菜を、バジルをはじめとした様々な香草で風味付けしたグリル焼き。

 そして、近所の参拝客から頂いた新鮮なトウモロコシをたっぷり使用したコーンポタージュだ。


「あなたは、洋食も本当に上手ねぇ……」


 そう言ってニコニコしながら口に運ぶ杏那と、黙々と、初老らしからぬ健啖さで平らげていく才蔵。

 そんな美味しそうに食べてくれる瀬織夫妻の様子を、こちらもニコニコと微笑みながら、嬉しそうに眺めている星那だった。




「……というわけで、近いうちに友人二人も呼んで、お二人に紹介したいと思っているのですが」


 話が盛り上がる中で、昼間の陸たちの事を話してみる。


「ふむ……そうか、それは折角手伝ってくれたというのに、申し訳ない事をしたな」


 そう言って、少しだけ考え込んだ後……才蔵は、指をパチンと鳴らし、名案が浮かんだぞ、と口を開いた。


「ならば、その子たちも連れて、今度は私たちの方に遊びに来ないか?」

「……え?」


 突然の才蔵の言葉に、星那が目をパチパチと瞬かせる。


「あら……あなた、あの件ですか?」

「ああ。星那君たちならば、そつなく対処してもらえると思わないか?」

「そうですね……それに、遊びに行くならばもってこいの場所ですし、私も賛成です」


 ニコニコと穏やかに笑う杏那さん。

 何の事だろうと首を傾げていると。


「夜凪は知っているだろう、小樽の海に程近い場所に、我が家の別荘があるのだが……」

「別荘、ですか……?」

「海!?」


 さすがお金持ちだなぁと驚く星那と、海の近く、という言葉に目を輝かせる朝陽。

 そんな二人から答えを求める視線を受けて、少し考え込んだ夜凪だったが……すぐに、得心がいったというように手を叩いた。


「ああ、あそこか。たしかに僕も何回か行った事があるなぁ」

「へー、どんな場所なんですか?」

「うん、良いところだよ。大きな通りからちょっと離れた山の中だけど、その分夜は静かで、二階のテラスからは街の夜景が一望出来るんだ」

「へー……」


 運河と、それに沿って広がるモダンな倉庫街の夜景が綺麗な事で有名な場所だ。

 それはきっとロマンチックな景色なんだろうなぁ……そう、想いを馳せる。


「それに、歩いて十分ちょっとくらいで海水浴場に出られるし」

「海、行きたい!」


 目を輝かせる朝陽に、少し困った顔をする星那だ。

 というのも、星那はどうしても、あの女性用の水着というものが苦手だ。薄くピッタリとした布切れだけ纏って人前に出るというのが恥ずかしいのだ。


「あと、源泉引いてるから温泉入り放題だよ」

「温泉! 行きたいです……!!」

「え、あ、うん」


 温泉、と聞いた瞬間、星那の反応は激甚だった。

 先程の葛藤はどこへやら、目を輝かせ、夜凪の胸に縋り付いて詰め寄るその勢いに、さすがに夜凪もちょっとだけ引いていた。


「はは、星那君は海より温泉が好きか」

「はい! ……あ、ごめんなさい、はしゃいでしまって」

「いやいや、君の新しい面を知れて良かったよ」

「ふふ、本当に可愛らしい子ですね」


 揃って生暖かく見つめて来る瀬織夫妻に、真っ赤にして小さくなる星那だった。

 そんな様子を、フッと表情を和らげて見た後、改めて才蔵が口を開く。


「その別荘なのだがな、条件次第では数日、自由に使って貰って構わないぞ」

「え……良いんですか!?」

「ああ。もちろん、さっき話に出て来た友達も一緒で構わない。というか人手が欲しいから、特にその体力がありそうな陸君は確実に引っ張って来て欲しいかな?」

「は、はぁ……その条件とは?」


 なんとなく察して来た星那だったが、尋ねてみる。


「ここからは、君の家事能力も見込んでの提案になるのだがね……」


 そう言って、語り出す才蔵氏。




 ――なんでも、来月に客を迎える予定だったペンションの管理を任せていた老夫婦が、今年は居ないのだという。


 聞いた話によれば、お爺さんの腰の調子の悪化で入院してしまったらしく……その介助のため、お婆さんも手が離せないのだそうだ。

 そのため、急遽施設の整備を行う者を手配しなければいけないという事だったのだが……


「それが、なかなか急には見つからなくてね。私は全体の口出しはできるが、生憎と我が家の者達には清掃の指示を出せるような者が居なくてね……」


 うちは、家事があまり得手ではないものたちばかりだからねと、隣の杏那共々困った顔をする才蔵。


「要するに、お客様を迎える支度を手伝って欲しいという事ですか」

「ああ。ただ、来客までにはまだまだ余裕があるからね、それまでは君達で使ってくれて構わないよ」


 もちろん、君達の節度を信頼してのことだから、問題は起こさないように。

 そう、締める場所はきっちり締めて、才蔵の話は終わった。



「でも、父さんと母さんは……」


 仕事で神社を長期間離れる事が出来ない両親に、心配そうな目を向ける星那だったが、二人はそんな星那を安心させるように微笑む。


「大丈夫、今は仕事もあまりないし、気にせず行って来なさいな」

「それに、今年は無理でも来年からは一夜いちやも帰って来るから余裕も出来るし……僕達は、それまでの楽しみに取っておくよ」

「一夜兄さんが!?」

「ああ……それに、もしかしたらその旅行までに一度帰省して来るかもしれないな」


 ガタッと立ち上がり、目を輝かせる星那。

 一夜とは、神職を継ぐために東京の大学へと通っている、白山家の長男だ。

 星那……『白山夜凪』はお兄ちゃんっ子だったが為に、その喜びようは相当なものだった。


「うちは、僕の仕事の都合であまり旅行には連れて行ってあげられなかったからね。この機会に楽しんでおいで」


 そう優しく微笑んで言われてしまえば、もはや星那に断る理由は無かった。


「わ、分かった。陸たちにも伝えて来ます」


 やや浮き足立った様子で、バタバタと階段を上って行く星那だった。





「……成功だね、父さん、母さん」


 その、ウキウキと階段を駆け上がっていった星那の後ろ姿を見送って、夜凪が瀬織夫妻に向けてニヤリと笑う。


「ええ、あの子をその気にしていただいて、ありがとうございます、瀬織さん」

「こんな機会でもないと、あの子は遊びに行くって言わないからねぇ……ご協力、ありがとうございます」

「いえいえ、私たちも向こうであの子の料理にありつけると思うと、願ったり叶ったりですわ」

「ええ、今から楽しみですわね」


 そう口々に言って、ガシッと手を重ねる両夫妻と夜凪の五人。


「大人ってきたないなぁ……」


 一人、企てを知らなかった朝陽は、そうポツリと呟いたのだった。







「……と、いうわけで、今週末の予定はどうかな?」

『へぇ……それはまた、ラッキーだな。俺は大丈夫だし、柚夏には俺から聞いてみて、後で返事するわ』

「うん、お願いね」


 その後、いくつか雑談をしてから、通話を切る。


「旅行かぁ……そうだ、必要なものをメモしておかないと」


 そわそわと、卓からメモ帳を取り出して、思いついた限りの必要なものを書き記していく。


 その様子は……遠足前夜の子供みたいだと、側で見ていた朝陽は後に語るのだった。

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