夏休み
星那と、補習最後の日
「よ、お二人さん。お務めごくろーさん」
「そ、その言い方はちょっと……」
Tシャツにハーフパンツという私服姿の陸のそんな挨拶に、困ったように首を傾げて苦笑いするのは、未だに制服姿の星那。
「しかし、まぁ……ちょっと目に毒だな、その姿は」
ここ最近の夏の暑さは、北の大地とはいえ外にいるだけで汗が滲み……白のブラウスは、汗を吸ってやや気持ち悪い。
今朝、ついに暑さに負けて下にスリップを着用してこなかった星那は、しきりに下着の透けを気にしていたが……その隠そうとする所作がまた蠱惑的だった。
「あはは……学校のエアコンの設定温度28℃って決めた人を呪いたくなったよ」
据わった目で遠くを眺める星那。
困ったように陸が視線を送った先……星那の数歩後ろを歩いていた、こちらも制服姿の夜凪は、ただ苦笑しながら肩をすくめているのだった。
――今はすでに終業式を終え、学校は夏休みに入っている。
そんな中で星那と夜凪が制服姿で登校していたのは、今まで補習授業を受けていたからだ。
「でも確か、今日で補習は終わりなんだっけ?」
「うん、ようやくちゃんと夏休みだよ……いいなぁ、そっちは涼しそうで」
涼しげなキャミソールとホットパンツという、こちらも陸に負けず劣らずラフな姿の柚夏に、げんなりとして答えている夜凪。
「ごめんね、休み中に荷物持ちなんてお願いして」
「いや、俺も暇していたからな。気にすんな」
「……僕が怪我していなかったら良かったんだけど。もう明日には抜糸だし大丈夫だと思うんだけど、星那君ってば絶対にダメだって許してくれないんだよ」
「当然です、万が一傷が開いたらどうするんですか」
下から覗きこむようにして、やや怒り顔で夜凪の方を睨む星那。
「と、まぁ……こんな感じでね。いつもは怖くないんだけど、こういう時の星那君は怖いよね、本当」
「当然でしょ、ちゃんと自分を大事にしないと怒るよ?」
そのムスッとした星那の顔から困ったように目を背けて、肩を竦める夜凪だったが……僅かにその口角が上がっているのを目敏く見つけたのは柚夏だった。
「なんて言ってるけど、実はなっちゃんが心配してくれているの、まんざらでもないんじゃない?」
「あ、わかる? 凄いよ、尽くすタイプだなぁとは思っていたけど、本当にここんとこずっと献身的に尽くしてくれるもんだから、すっかり惚れ直しちゃってさあ」
「夜凪さん!」
嬉々として最近の星那の様子を語りたがる夜凪に、このままでは恥ずかしいところまで暴露されそうで、星那は真っ赤になって慌ててその口を塞ごうとする。
「特に、僕がお風呂に入っている時に、恥ずかしいなら止せばいいのに真っ赤になりながら水着で乱入してきて『お背中流します』なんて言ってきた時はさ……」
「夜凪さん!?」
今度こそ悲鳴を上げ、あわあわとしながら夜凪の口に両手を当て、物理的に口を塞ごうとする星那。
その騒がしい様子に……陸と柚夏は、生暖かく見つめているのだった。
そんな、四人姦しく駅への道を歩いていると……
「そういえば……なっちゃんの出た神楽舞、今度特集を組まれる筈だった時間はドラマの再放送やってたけど、あの時撮影した映像ってどうなるの?」
首を傾げ、疑問符を浮かべている柚夏。
しばらくは、発砲事件として世間を騒がせていた星那の誘拐未遂だったが、あれから数日が経過した今はもう別のニュースへと人々の興味は移り、すっかり沈静化していた。
「あの時の映像は、今は自粛しているけど、後で落ち着いたら使う予定なんだって……ちょっと恥ずかしいけど」
「僕としては、そのまま眠っていて欲しいけどね。星那君を不特定多数の目に触れさせたくないし」
「あはは……最近はすっかりこの調子で」
星那の肩を抱き寄せて、まるで周囲の目から隠そうとするかのような夜凪。
そちらを指差して苦笑する星那だったが……その様子を見るに、どうやらこちらもまんざらでもないらしく、隠しきれない喜色が滲んでいた。
「はいはいご馳走さま。陸ー、なっちゃんとよー君が見せつけてくるよぅ」
「……腕でも組むか?」
「さすが陸、話がわかるぅ!」
差し出された陸の腕に、飛びつくようにして自分の腕を絡める柚夏。
その様子を生暖かく見つめながら、しかし自分達もこっそり手を繋ぐ星那と夜凪の二人だった。
「それで、荷物持ちを頼みたいって事だが、この後はどうするんだ?」
「ん……スーパーマーケットで夕飯の材料の買い出しかなー、今日は瀬織家の人達も久々にご飯食べに来るから」
あれから才蔵や杏那とも何度か夕食を共にした事はあるけれど、向こうもどうやら忙しいのはひと段落ついたらしい。
その労いも兼ねて、ちょっと豪華なご飯にしようと意気込んでいる星那だった。
「陸たちも夕飯食べに来る?」
いっぱい作るのならば、更に二人増えたとしても大して手間は変わらない。
ならば、労を労うのと、友人として紹介しておくのもいいだろうと思って誘ってみたのだが。
「いや……久々の両家水入らずなら、魅力的な誘いだが今回はやめとく。また今度の機会に頼むわ」
「そっか。それじゃ、どこかに機会を持てないか向こうの家の方に聞いておくね」
「おう、任せる」
そんな、何気なく請け負った話。
だが……それが、予想外の展開によって思ったより早く実現するとは、この時は誰も思っていなかったのだった――……
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