黄金の血

 現場は、パトカーと救急車の警光灯が乱れ飛ぶ騒然とした事態となっていた。


 誘拐の犯人達が次々と捕縛されていく。

 そんな中、星那と、陸や柚夏、そして神社の方を友一郎に任せて駆けつけた真昼が見守る前で、ストレッチャーに寝かされた夜凪が救急車へと搬送されていく。


 やがてそれも終わり、救急隊員のお兄さんが真昼の方へと近付いて来た。


「それでは、お母様が付き添いを……」

「え、ええ……」


 真昼が促され、救急車へと乗り込もうとする。

 その時、星那も一歩前に踏み出した。


「あの、お願いします、私も連れて行ってください!」

「あ、いや……けど君は……」


 星那が、渋る救急隊員のお兄さんに食い下がる。

 しかし星那は誘拐事件の当事者、被害者であり、その様子も、乱れ、泥だらけとなった巫女服という痛々しい様相であった。


 そんな星那へ気遣ったというのもあるし、事情聴取もあるため……彼はあまり気が進まない様子だ。


 けれども、今回は星那にもがある。


 困った様子の彼だったが……そこに、新たな声が掛かった。


「……ま、連れて行ってやんな、話は後で病院で聞かせてもらうさ。恋人の危機だってのにここで待ってろ、ってのも嬢ちゃんに可哀想だろう」


 事件の処理に奔走していた警官の中から聞こえてきたそんな言葉。その声には星那も聞き覚えがあった。


「……東堂さん!?」

「おっと再会の挨拶はまた今度な。ほら、行ってこい」


 トンと肩を押されて、数歩たたらを踏む星那。

 その体が救急隊員のお兄さんに受け止められる。


「ってわけで、その子頼むわ、兄ちゃん」

「……分かりました、それじゃ君も乗って」


 救急隊員のお兄さんに促され、星那は真昼と共に救急車に乗り込むのだった。






「お嬢さん、あなたの額の処置もしますから、こちらを向いてくださいね」

「あ……お願いします」


 救急隊員のお姉さんに言われ、彼女の方へと顔を向ける。

 そんな彼女は、血が流れて汚れた星那の額を拭き清め、消毒してガーゼを当ててくれた。


「……うん、頭だから血が派手に出たけれど、これなら傷は残らないから安心してね」

「そ、そうですか……」


 女の子だからだろうか。

 そんな風に優しく言ってくれるお姉さんに、ありがとうございますと礼を告げ、再び静かに眠っている夜凪の方を見つめる。


「負傷者一名、対象は腹部に盲貫射創あり、現在、意識無し、顔面蒼白、血圧低下、重度の出血性ショック症状兆候あり」


 ピッ、ピッ、という一定間隔で鳴る心電図の音が響く車内で、救急隊員の年長の方……おそらくは隊長と思しき人が、無線で病院へと連絡している声がやけに大きく聞こえる。


 そんな中……まだ若い方のお兄さんが、真昼に対しいくつかの質問を投げかけているのを、星那は固唾を飲んで見守っていた。


「お母さん、彼の血液型は?」

「その……A型の、Rh陰性なんです……」


 言いにくそうに伝える真昼。救急隊員のお兄さんは、同じ血液型である事を期待して、真昼に対して目で問いかけるが……真昼はその首を、申し訳なさそうに横に振った。


「……っ、至急、血液センターから適合するものの在庫確認を……!」


 若干慌てた様子で、周囲に指示を出している通信をしている隊長。

 そんなやりとりを、星那はギュッと手を握りしめて眺めていた。




 ――ごめんなさい、夜凪……星那さん、才蔵さんと杏那さんも。秘密という約束を、破ります。




 心の中で、瀬織家の皆に謝る。

 だけど、こんな状況だから許してください……そう謝罪しながら、意を決して口を開いた。


「あの……私の血を使ってください、いくらでも摂ってくれて構いませんから!」

「せ……星那ちゃん?」


 真昼が、戸惑った顔をする。

 夜凪の血液型について誰よりも知っている筈の星那がそのような事を言い出したのだから、当然だろう。

 当然そんな特殊すぎる星那の事情など知らぬ隊員のお兄さんは、嗜めるような優しい口調で語りかけて来る。


「君、気持ちは分かるよ。けど、残念だけど彼の血は希少でね、適合する確率は……」

「私の血は……O型の、Rh null型です!」

「だから…………なんだって?」


 先程から何回も食い下がる星那に、少しウンザリしたように言いかけて……救命士のお兄さんの言葉が、止まる。

 その表情がみるみる驚愕に染まっていくのを見て、星那は畳み掛けるようにまくし立てる。


「私は、突然変異のRh null型です、調べてもらえば本当だと分かるはずです、使えますよね!?」


 ……これが、星那が無理を言って救急車に乗せて貰った理由。




 通常のO型の両親から突然生まれた、秘密にされていた『星那さん』の血液型。


 あらゆる抗体を持たず、誰からも血を貰えない事を代償として誰にでも血を与える事が可能な、通称「黄金の血」と呼ばれる稀血。


 昔、『星那さん』がRh nul症候群により貧血しがちで、輸血できないため怪我を恐れられて過保護に育てられ、その結果発達障害から筋力が小さくなってしまった原因なのだと……入れ替わりの直後のあの夜、絶対に気をつけなければならない事柄として、皆に秘密で聞いた彼女の秘密。


 その希少性故にトラブルに巻き込まれないように、白山家に余計な気苦労を掛けないようにと、秘密にするように言われていた。




 その秘密を……今は、夜凪の為にと意を決して明かす。


「あの、隊長!」

「ああ、聞こえている、なんて事だ……! 聞こえるか、適合する可能性のある血液提供者を発見、至急適合検査の準備を……」


 急激に、バタバタと慌ただしくなる車内。

 そんな中で、ただじっとストレッチャーで眠る夜凪の姿を見つめている星那の手が握られた。


「星那ちゃん……今の話、秘密だったの?」

「うん……ごめん母さん、黙っていて。瀬織の家の人たちとの約束だったんです」


 申し訳なさそうに語る星那だったが……そっと、隣から肩を抱き、引き寄せられた。


「今は、夜凪くんを助ける事を優先しましょう……あの子の方も、お願いね。二人でちゃんと帰って来て」

「うん……ありがとう、母さん」


 母の肩に頭を乗せ、そのまましばらく静かにしていると、やがてすぐに隊員のお兄さんが戻って来た。


「君、やはり彼の血液型に適合する血液はすぐに用意できないらしい。協力してくれるなら、ご両親の連絡先を……」


 すぐさま行われる両親への確認と、輸血する為に必要な誓約書などへの署名などの手続き。

 さらには救急病院に到着後すぐに、慌ただしく検査やその他、夜凪の手術のための諸々の準備が進められていく。




 どうか、死なないで……そう祈りながら流れて行く時間は、あまりにも目まぐるしく過ぎて行った。








「……あ」


 暗い闇から浮上するように、意識が覚醒する。


 知らない真っ白な天井に、しばらく目を瞬かせ……自分が、手術室で夜凪への輸血のために採血している途中、貧血で意識を失ったのだと気付いた。


「……星那ちゃん、目覚めた?」


 不意に、横から掛かる声。

 優しく前髪を払ってくれる手の感触に、そちらを見ると……真昼が、安堵の表情で星那の方を覗き込んでいた。


「あ……うん、母さん。それで、夜凪さんは?」


 起き上がろうとする星那に手を貸してくれる真昼の向こうには、静かに眠っている夜凪の姿。

 真昼の落ち着いた様子から察しはしたが、それでも聞かずにはいられず、尋ねる。


「大丈夫、銃弾も無事摘出されて、もう問題無いそうよ……出血は酷かったらしいけど、なんでも主要な臓器には傷一つ無かったらしいの。お医者様もまるで奇跡だとおっしゃっていたわ」

「そっか……良かった」


 安堵により力が抜け、ズルズルとベッドの枠に寄りかかる。


 不意に、あの時握りしめていたヤドリギの新芽の事を思い出した。

 そういえば、いつのまにか手の内から消えていたが……一体いつ失くしたのかが、全く思い出せない。


 だが、今はそのような事まで考えられる余裕は、星那には残っていなかった。


「本当に……本当に、無事でよかった……」

「ええ、あなたは本当によく頑張ったわ……お疲れ様」


 今まで張り詰めていた物が消え、とうとう我慢できなくなり、星那がくしゃりと顔を歪めた直後、真昼に抱き締められた。

 ポロポロと溢れてくる涙は、母に抱かれたその胸の中で、しばらく止まる気配は無かったのだった――……

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