星那の、一日目の終わりに

 

 初めて体験する生理はたしかに大変だったが、それでも一日を終えて帰宅したその日。


 帰宅後、休んでいて構わないと申し出てくれた母に対し、今はまだ余裕もあるからと共にキッチンに立った星那。

 二人で作ったチキンのトマト煮込みとポテトサラダ、生姜のピリッと聞いた野菜スープという夕飯を囲みながら……昼間の陸や柚夏を交えた勉強会のことを両親に切り出した。




「……という訳で、テスト前に友達泊めて勉強会をしたいんだけど、いいかな?」

「ふんふん……その柚夏ちゃんっていうのは、何度か泊まりに来たこともある浅葱さんの家の子よね」

「勉強の遅れを心配して協力してくれるなんて、本当にいい子じゃないか。僕も構わないよ」


 一週間という長い期間だから心配したけれど…母も父も、快諾してくれた。これでお泊り勉強会は問題ないだろう。

 無事許可が下りたという事を、星那は二人にいそいそと報告するのだった。


「さて、そうすると部屋はどうするかだな」

「客間は一つしかありませんからねぇ……」


 いくら恋人同士だからとはいえ……むしろ、恋人同士だからこそ、同部屋という訳にはいくまい。


「だったら、柚夏ちゃんを私の部屋に泊めるから、陸には客間を使って貰えばいいよ」

「……そうね、それがいいかしら」


 星那の提案に、真昼が頷く。

 いつもなら陸と相部屋だったが、体が女の子となった今では陸が可哀想なので、その方が妥当だろう。


「……いいの?」

「うん。陸同様、柚夏ちゃんとの付き合いも長いから」


 夜凪の確認に、大丈夫だよと笑って返事をする。

 実際、柚夏とは小学生の時に陸から紹介されて以来の友人付き合いであり、今更遠慮する仲でもない。


「そうねぇ……知り合ったのは、小学生の頃ですものね」

「ああ、当時も陸君と三人一緒の部屋にお泊りとかしていたなぁ、懐かしい」

「それがもうみんな高校生なんて、本当に大きくなったものね……時間が経つのは早いわねー」


 そう、しみじみと昔を思い出している両親に苦笑する。


「幼馴染ってやつか……いいなぁ」

「はは……夜凪さんも、もうすっかりグループの一員みたいなものだけどね」


 眩しい物に焦がれるように呟いた夜凪だったが、星那が屈託ない微笑みを浮かべそんな返答を返す。

 それに、夜凪が数回パチパチと瞬きをした後……


「……本当、君はそういうところがズルいよね」

「ぅえ?」


 ふっと嬉しそうな微笑みを浮かべた夜凪のそんな呟きに、今度は星那が首を傾げるのだった。




 そうして食事も済み、それじゃあ洗い物を……と思い席を立つ星那だったが。


「さて……それじゃ、星那ちゃん。洗い物は他の人に任せて、先にお風呂入ってきてしまいなさいな」

「え、でも……」


 入浴中に垂れてきたら……湯船を真っ赤に染める事を危惧し、躊躇する星那。


「大丈夫、もしそうなってもお湯を張り替えればいいだけだから。むしろ血行が促進されて楽になるし、早く済ませて休んだ方がいいわ」

「……わかった、ありがとう、先にお湯を使わせてもらうね」

「あ、お姉ちゃん、私も……」

「はいはい、お姉ちゃんは今日は具合悪いのだから、今日は私と一緒で我慢してね」


 いつものようについて来ようとしていた朝陽が、真昼に捕まっていた。


 えー、と不満そうな声を上げる朝陽だったが、「具合が悪い」という一言が気になっているらしく、それ以上我儘を言うつもりは無いようだ。


 星那はそんな、少し心配そうな視線を向けてくる妹にふっと微笑んで軽く頭を撫でてやってから、着替えを取りに部屋へと向かうのだった。




 そうして、着替えを手にして脱衣場へ入った星那。

 換えの生理用下着に夜用のナプキンを装着しておいてから、意を決して服を脱ぐ。


「うぇ……やっぱり、増えてるよね……」


 まだ換えて数時間だと言うのに真っ赤に染まったナプキンと、下着を脱いだ瞬間、つつ……っと垂れてくるやや粘性のある液体の感触。

 慌ててティッシュを数枚取って股に当て、流れる液体を拭き取る。


 数回こなし、すっかり手馴れてきた手付きで処理を済ませ……薄っすらと赤いものが付着した手に顔をしかめ、洗面台で洗い流す。


 床を汚さないよう手でガードしながら浴室へ移動し、いつもよりは手早く身体を洗う。

 顔と髪を洗って目を開けたら、眼前に広がっていた赤いものが滲む床に少しだけクラっと来たが……それ以外は特に滞りなく済んだ。


 また血が出てこないのを確認すると……そろそろと、やや温めの設定にした湯船に身を沈める。


「……おー。凄い、本当に出てこない……」


 なんでも水圧の関係で、絶対ではないがお風呂内では漏れて来にくいという、夜凪のアドバイス通り。

 半信半疑であったが……どうやら本当に大丈夫みたいだ。


 しばらく様子見して確認後……ふぅ、と安堵の息を吐いて全身を弛緩させる。


 思えば……この身体になってからずっと、入浴時は朝陽と一緒だった気がする。

 それが嫌だった訳ではない。むしろ、ひさびさに一人で入ったお風呂は広く、静か過ぎる気がした。

 それが少しだけ寂しく思え、そんな妹離れできていない自分に苦笑する。


 こうしてのんびりお湯に浸かっていると、様々な緊張と気疲れに疲労した体が、じんわり暖かくなっていく。一日中ずっと重苦しく、さらにじくじく痛んでいた下腹部も、心なしか楽になってきた気がした。


 ……これで、ようやく一日目が終わる。だが、あと数日続くのだと言う。


「これが、ひと月に一回……それが、何十年もかぁ……」


 考えるだけで気が滅入る、女の子である限りずっと付き合い続けなければならないこの生理現象。

 だが……何故か戻りたいとは思えず、その将来にも抵抗感はあまり無い。その事に星那は一人、首を傾げるのだった。






 ――なお、最後に浴槽から出る際に。


 中に溜まった血が落ちて浴室の床が真っ赤に染まり、その光景に一瞬意識を失い倒れかけたというのは……皆には秘密なのだった。

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