星那と再登校した日の昼休み

 昨日、家族で相談した結果、しばらくは……少なくとも、ネット掲示板の炎上が落ち着くまでは電車通学を避けようという事になっていた。


 代わりの交通手段として父、夕一郎が学校まで送ると主張し、忙しい父を慮って遠慮する星那をよそに、他の皆の賛成により可決。


 そのため、普段はあまり車庫から出る出番の無い白山家所有のファミリーカーが、玄関を出たところで待っていたのだった。


「ごめんなさい、父さん。忙しいのに……」

「何、皆で協力すれば大丈夫さ。それよりも、お前の安全の方がよっぽど重要だ」

「うん……ありがと」


 父に対し申し訳ない気持ちは残っているが、やはり痴漢が怖いという気持ちは全く無かったわけではない。

 そんな星那にとって、その父の言葉はとても嬉しい。なので、せめてもの感謝を込めて微笑んでみる。


 未だに美少女となった元息子、現在娘の事に若干慣れない様子の夕一郎だったが、照れてはいるものの、悪い気はしていなさそうだった。


 そうしている間に、先に車の後部座席に乗り込んだ夜凪。彼はまるで星那をエスコートするように、乗り込もうとする星那へと手を伸ばす。


 そんな差し出された夜凪の手を、星那は咄嗟に取りかけて……ハッとしたように、寸前で手を取らず席に回り込んでしまう。

 そして、そのままプイッと明後日の方向に顔を向けてしまうのだった。


 朝食時からずっとこの調子なため、夜凪は少し困った様子で、運転席の夕一郎に向かって肩をすくめる。


「……まあ、僕が悪かったんで仕方ないかと思いますが、ずっとこんな調子で」

「はは、大丈夫だよ。この子は怒るのに慣れていないから、どこで不機嫌を引っ込めたらいいのか分からないだけだから」

「ちょ……父さん!?」


 突然の父の裏切りにも似た発言に、悲鳴のような声を上げる星那。

 流石は親というか……悔しいが、思いっきり図星だった。


「……何それ可愛い」

「夜凪さんまで!」

「いや、ごめん……くくっ」


 口を手で覆い、真顔でそんな事を呟く夜凪に、真っ赤になった星那が食って掛かる。

 しかし、否定すればするほどに、顔を星那の反対側へと背けた彼が肩を震わせるため、諦めて座席に全身を預けるのだった。


「はぁ……もういいです」


 ため息一つついて、目を閉じる。

 今朝はどうにか目が覚めた……というか事態を認識して覚めざるを得なかったのだが……が、どうにも眠い。


 学校に着くまで少しだけ休ませて貰おう……そう思い、意識を手放すのだった。









「――と、まぁ今朝は怒らせてしまってご機嫌斜めだったんだけど、それでもちゃんと僕の分もお弁当用意してくれてるの、本当に可愛いよね」

「ちょ、ちょっと夜凪さん……!?」


 ――午前の授業もすでに終わり、今は昼休み。


 以前も昼食に利用した庭園の東屋で、夜凪が星那を膝に抱いて後ろから抱きしめながら、そんな今朝の顛末を目の前の二人……陸と柚夏に語っていた。


「あーハイハイご馳走さま。そんな惚気を聞かされて、俺らどんな反応したらいい?」

「私としては笑い飛ばしてくれるのが、一番ありがたいかな……」


 それが一番いたたまれなくない気がする。

 そんな諦めにも似た調子で、星那は遠くを見て言うのだった。


「それで、なっちゃんはなんでそんな見せつけるような格好なんだろ……」

「離れたくない」

「と、まぁ、こんな様子なもので……」


 断固とした態度の夜凪にガッチリとホールドされている星那が、肩を竦めてそう言うのだった。


 もちろん、星那が自分からそこに座った訳ではなく、夜凪が抱え上げてそこに座らせたのだ。


「料理中は駄目と言ったけど、これはちょっと……学校だし……それに、お弁当出せません」

「そっか、残念だけどそれなら仕方ないね」


 お弁当を引き合いに出されれば、夜凪もこれ以上強くは出れない。今度は素直に星那を解放する夜凪。

 自由になった星那が膝から降りて、二人分の弁当箱を入れた手提げ袋の中を漁る。


「しかしまぁ……朝は大変だったろ。おまえら二人が昨日、警察から連絡が来て休むって話が来た時はクラス中、結構な騒ぎだったんだぞ」

「そうだね……女の子って本当に噂話好きだよね」


 学校へ到着し、教室に入った瞬間……噂好きな女子達に囲まれ、質問責めにあった今朝の記憶を思い出し、引き攣った表情を浮かべる星那。


 決して悪意は無いのだが、未だに女子高生のノリについていけていない星那は、しどろもどろになりながらなんとか説明を終えた。その時には、すっかり憔悴していたのだった。


 そんな記憶にげんなりしながらも星那が取り出したのは……夜凪用のやや大きな弁当箱と、そんな夜凪のものよりもだいぶ小さな弁当箱が二つ。


 小さな弁当箱の中身は、サイズ差はあるが構成自体は夜凪に渡したものとほぼ同じ。


 蓋を開けると、片方には星那の胃の容量を考慮して、やや少なめなご飯。

 それと、残りのスペースを綺麗に埋めた色とりどりのおかず……昨夜の残り物の肉じゃがと、半分に切った五目春巻きと茹で野菜、そして今朝作った卵焼き。


 それはもう片方の弁当箱にも、ご飯が入っていない以外全く同じ内容のメニューが詰まっていた。


 これ二つともが星那の昼食……という訳では勿論なく、星那はおかずのみの弁当箱を、パンを齧っている陸と、親が作ってくれているのだと言う弁当を広げている柚夏の前に置く。


「はい、陸達の分」


 ニコッと微笑んでそう告げると、柚夏がぱぁっと顔を輝かせて星那の手を取った。


「なっちゃん大好き! お嫁さんに来て!」

「だめ、これは僕の嫁」

「も、もう、二人とも……」


 柚夏の言葉に、ムッとした様子で星那の肩を抱き寄せ、引き剥がす夜凪。そんな二人に苦笑しながら嗜める星那なのだった。


「柚夏ちゃんも、冗談でもそういう事言ったら陸に悪いんじゃない?」


 そう、チラッと陸の方を見るのだが……彼は、肉じゃがをさっさと取って口に入れ、「うん、美味い。だけどちょっと焦がしたか?」と呑気に感想を言っているところだった。


「……ん、俺か? 俺は別に気にしないぞ、可愛い女の子同士仲がいいのは良い事だろ、目の保養にもなるしな」

「ちょ、り、陸?」

「やだぁもう、可愛いなんてぇ」


 可愛いと言われ頬を赤らめる星那と、頬に手を当てて身をくねらせ、喜びを全身で表現している柚夏。

 そんな二人を生暖かく見つめながら、話を続ける陸。


「まぁ、『夜凪』だった時にそうだったら思うところはあったろうけどな。だがそれだって、柚夏が俺以外のところに行くなんてありえねぇし」

「おやおやぁ? 陸さんてば随分と嬉しい事言ってくれますなぁ。その通りだけどー」


 そう言って柚夏の肩を抱く陸と、その大きな体に腕を回して抱きつく柚夏。その砂糖吐きそうな光景に……


「……夜凪さんや、聞きました? すごくナチュラルに惚気ましたよこの人たち」

「うん、流石『白陽一年の円熟夫婦』は伊達じゃないね……」


 星那と夜凪は、げんなりした表情でそう呟き合うのだった。

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