星那、一夜明けて


 いつも通りの時間に鳴り出したアラームを止めて、ふらふらと上半身を起こす。


 途端、グラっと頭が揺れる。体も、疲れ切って眠りについた時特有の酷い倦怠感が纏わりついていた。


「うぁ……だるい……」


 とても深い眠りについた際に、その最中に目覚めた時のような頭と体のだるさ。

 身を起こした際に胸で揺れる重量に……今、何も身につけていないまま眠っていた事に気がついた。


「……なんていうか……凄かった……」


 昨夜の、星那にとっては刺激が強すぎた出来事を思い出して、口を手で覆い呟く。きっと、顔は真っ赤に違いない。


 途中からの記憶が曖昧だ。

 私は、何ということを……そこまで考えて、ハッとする。


 行為を終えてからの記憶は、全く無い。

 おそらく、そのまま力尽き、寝落ちしてしまったのだろう。


 今の姿は、乱れに乱れた末に邪魔な下着やパジャマを脱ぎ捨てた、裸の姿のまま。


 バッと起き上がって周囲に目を走らせる。

 熱に浮かされるまま脱ぎ捨てた筈の服も床には見当たらず……そもそも、なぜきちんと布団を被っていたのだろう。


 もう、この時点で嫌な予感しかしないのだが……更に部屋の中を見回すと、学習机の上に見知らぬメモ用紙。


 タオルケットを体に巻きつけ、恐る恐るそのメモ用紙を覗き込む。


 そこには……


『勝手に部屋に入ってごめんなさい。風邪を引いたら良くないと思って。取り急ぎ洗濯が必要そうなショーツとパジャマは洗って干しておきました。あと、鍵はかけたほうがいいよ』


 そのメモ書きに……チラッと目線を窓に向けると、確かに昨日の夜履いていたものが、ハンガーに掛けて干されている。


 ゆっくりと、膝から崩れ落ち、机に縋りつく。


「あぁぁああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……ッ!?」


 星那は、この時ばかりは女の子が出してはいけないような声を上げ、慟哭するのだった。






 ――死にたい。


 いや、それは家族に迷惑だから、せめてしばらく小さくなって消えたい。


 そんな羞恥心に悶えながら、とりあえず汗とか恥ずかしいお汁とかでベタベタな体をシャワーで洗い流し、ついでにドロドロなベッドシーツを洗濯機に叩き込んだ後。





「うう……最悪です……あんなあられもない姿を人に全部晒して、恥ずかしいことをしていたのが全部バレたなんて……」


 ほとんど半泣きになりながら、朝食とお弁当用の卵焼きを作るため、卵と出汁と調味料を混ぜているのだった。


 ちなみに、朝食はもうほぼ準備できている。恥ずかしさを誤魔化すのに料理に没頭していたら、あっという間に終わっていた。


 卵液を用意し終え、卵焼き用の四角いフライパンを取り出していると……


「ふぁ……おはよう」

「お……オハヨウゴザイマス……」


 欠伸をしながらダイニングに入って来た夜凪の声に、全身を硬直させながら、まるで壊れかけのロボットのような動きになる星那。


 その顔は今にも倒れそうなほどに真っ赤で、心臓はバクバクと大音量を奏でていた。


 それでもどうにかサイフォンからコーヒーを夜凪のカップに注いで、いつも通りスティックシュガーのみを一本添えて前に置いてあげる。


 その間……ずっと、夜凪の方からは目を逸らしたまま。



「ありがと……別に、そんな恥ずかしがる事でもないと思うけどなぁ。生理現象だし」

「そうは言っても、申し訳ないというか……」


 欲望に負け、元は人の体を好き放題弄り回した罪悪感はどうしても感じてしまう。


「そんな事を言うなら……僕だってもう、何回か試してみたし」

「ぅえ!? な、なな……」


 夜凪の爆弾発言に、顔をボンっと真っ赤に染め、口をパクパク開閉させる、今から卵焼きを作ろうとしたところだった星那。


 だが、元々男、それも思春期ともなれば、そういう衝動は日々溜まっていくのだから不思議でもない。

 そんな事を思い出しながら、フライパンに流した卵に集中し必死に気分を落ちつかせようとする。


「だから、生理現象だってば。それに『私』もそういう事に興味なかった訳じゃないしね。鏡で見た自分をネタに何度か……いや、なんでもない」


 何か言い掛けて、咳払いして口をつむぐ夜凪。


「それに、将来を考えたら機能確認は必要だし」

「き、機能確認って……」


 ボソッと呟かれた言葉に、またも真っ赤になって動転する星那。

 将来必要になる機能って、だよね……そう、いつか結ばれた後に訪れるであろう事を思い出し、動揺に手にした箸を揺らす。


「だって、今は釘刺されちゃってるけど、将来的には必要になるじゃない?」

「そうだけど……ひゃう!?」


 またも、後ろから抱きつかれ、星那の体がびくっと跳ねる。


「また……! 料理中はだめだって……!」

「僕は……欲しいな、出来るだけ早く」

「……っ」


 耳元で囁かれた言葉に、ぷしゅうと頭から蒸気を出して真っ赤になる星那。

 そのまましばらくプルプルと震えていたのだが……限界点を超えたのか、不意に、ストンと冷静さが戻ってきた。


「……離して」

「あ、うん」


 小さく、か細く呟いた星那に、ニコニコ上機嫌な夜凪がその拘束を解く。

 すると星那は、流台の脇に引っ掛けてあった金属のボウルを掴む。そして……それを、頭の上へとゆっくり振りかぶる。


「……え?」

「いい加減に……しなさーい!!」


 そして、思い切り夜凪の頭へと振り下ろした。

 スコーン、と良い音が、朝の白山家に鳴り響いたのだった。


「料理中、特に火を使っている時そういう事はだめだって、昨日言ったでしょ、流石に怒るよ!?」

「……あ、ごめん」

「全くもう……場所と場合を考えてもらわないと困ります!」


 今回ばかりは心を鬼にして叱りつけ、プイッとそっぽを向いて「私怒ってます」アピールをする星那。

 途中、チラッと夜凪の様子を伺い……そのシュンとした姿にほだされて許しかけるも、鋼の意思で断行するのだった。




 だが……この時、星那は気付いていなかったのだった。


 それ以外……料理中以外の時は構わない。そう言ったも同然だったことに。

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