星那と、事件の事情聴取
次の停車駅に到着してすぐ、助けてくれた刑事……東堂という名前の警部補の案内により、警備員の詰所へと連れて行かれた星那と夜凪。もうその頃には、星那もすっかり気を持ち直していた。
取り調べは、誤魔化しようがない現行犯による逮捕であると言う事と、被害者である星那がこの手の事件としては異例だというくらい平静だということもあり、聞き取りはスムーズに進んだ。
今回に関しては――星那はあの時、下着を脱がされる寸前という危険な段階であり、罪状も迷惑防止条例違反ではなく、より重い強制猥褻罪へと切り替えられる可能性が高いという話だった。
また、加害者の男たちのその手際から、過去の前歴も調べたら出てきそうなこの案件。
そのため、厳罰を望む星那の要望によって示談の申し付けは受け付けず、刑事告訴の方向で動いてもらう事となっていた。
……もっとも、星那は未成年であるため、実際にどうなるかは星那の……『瀬織星那』の保護者である、父、才蔵との交渉次第であるが。
ただし電話越しの声の感じでは、才蔵は娘に狼藉を働かれた事に対して激怒しており、親交のある弁護士に依頼を出して徹底追及するつもりだった。
おそらくは、星那の要望通り……あるいはもっとずっと厳しい措置……となるであろう事は間違いなく、星那は逆に、犯人達に同情するのだった。
……と、そうした事情により、結局この日、二人は学校に登校する事は出来なかった。
「と、まぁ、そういった方向で手続きするが……他に何か気になる事はあったか?」
少し怖い見た目に反して、とても面倒見のいいその刑事……東堂が、二人に解説を終え、質問を促してくる。
その言葉に、恐る恐る挙手する星那。
すっかり落ち着きを取り戻した今になって、星那にはどうしても気になる事があった。
「あの……犯人が言っていたんです、『掲示板で私の話を見た』って……」
「掲示板?」
藤堂が、眉を顰めて星那の話に食いつく。
しかし、それ以上にその星那の言葉に反応したのは、夜凪だった。
「その……すみません、それなら心当たりがあります」
そう言って、自分のスマートフォンの履歴を辿る夜凪。しばらくして、一つのインターネットのページ……某匿名掲示板の中の、一つのスレッドを開く。
「あった、これ……って、うわ」
「……っ」
ようやく目的のスレッドを見つけた夜凪だったが、スクロールしていくにつれ険しい顔をしていた。
釣られて覗き込んだ星那も、それを見て顔を青くする。
初めの方こそ「こんな出来事があった」といった雑談であるが、その中にちらほらと、星那を特定する手掛かりになりそうな危うい発言が混じっていた。
やがてスレッド内の悪ノリが悪化し、ついには何者かによって、遠景とはいえ制服姿の星那の盗撮写真まで何枚も出回るに至り、いよいよ危険な様相を呈していた。
……本来であれば、このような事になる前に削除申請されて然るべきだが、どうやらスレッドを立てた者は、話が大きくなってしまった時点で失踪したらしかった。
現在の最後の方、新着レスの中では、いったいどこで嗅ぎつけたのか……実際に犯行に及んだ犯人が逮捕された事まで伝えられており、いわゆる「祭り」に発展までしている有様だ。
……始まりは、ただの他愛ない体験談だったのだろう。だが事こうなってしまっては、決して捨て置けない事態であった。
「……実際に、事件になっているからな。これも、こちらのサイバー課に送って処理させよう」
「重ね重ね、ご迷惑をおかけします……」
「まあ、これも仕事だからな。しばらく見回りも強化されるとは思うが、特に星那ちゃんは身の回りにはくれぐれも気をつけろよ」
そう言って、何かあったら連絡しろと、連絡先のメモを渡してくれる東堂。
夜勤明けながらも、休日返上で親身になって相談に乗ってくれた彼には頭が上がらず、二人で深々と頭を下げるのだった。
「さて……星那ちゃんは、もういいぞ。女性職員に頼んで応接間に案内させるから、迎えが来るまで休んでいるといい」
「私だけ……ですか?」
「ああ。夜凪の坊主は……ちょっと説教だな」
「……はい」
東堂のその言葉に、分かっていると深妙な様子で頷く夜凪。事情が事情だったとはいえ、他者に暴力を振るった事に変わりはないのは良く理解していた。
そんな夜凪の事を、心配げに見る星那。
その様子に、東堂が苦笑しながらも、ポンポンとその頭を軽く撫でる。
「安心しろ、この坊主がやった事は間違っちゃいない、悪いようにはしねぇよ」
「……お願いします」
結局、夜凪も解放されたのは、星那が応接間に連れてこられた三十分ほど後だった。
「幸い、あの二人も打撲だけで後遺症もないらしいし、厳重注意だけだって。履歴も残さないでくれるらしいから、内申には問題ないそうだよ」
「……はぁぁあ……良かった……」
星那を安心させるような夜凪の言葉に、深々と安堵の溜息を吐く。
「これで将来に何か不利がついたら、今後を考えると、本当に申し訳なかったからね……」
そんな、夜凪の将来を心配している星那。
その様子を眺めていた夜凪が、ポツリと呟いた。
「……ごめん。星那君の方こそ、もう、嫌になったかな」
「……え?」
急な夜凪の弱音に、星那が驚いて目を瞬かせる。
「私の体、星那君にとっては面倒な事ばかりだよね。
そう言ったきり、俯いて黙り込む夜凪。
心配になり、その肩に手を置いたその時……まるで縋るように、その星那の手を、夜凪の手が掴んだ。
「……と、本当は言いたかったんだ。だけど駄目だ、勝手かもしれないけど、僕は、君を失いたくない」
「夜凪さん……? きゃ!?」
そう言って、夜凪は掴んだ星那の腕を引き、体ごと抱き寄せる。
突然の事に軽く驚きの悲鳴を上げ、夜凪な胸へと倒れ込んだ星那。その細い体を……
「……星那君。抱き締めていい?」
「え?」
「怖かったら、突き飛ばしていいから。駄目かな」
「……えっと、良いですよ?」
星那が、少し顔を赤らめながらもそう返事をした途端……まるでおあずけを解除された犬のように、夜凪がぎゅうっと少し苦しいほどに、強く星那の事を抱き締める。
「僕はもう、君がいい。『瀬織星那』じゃない、『星那君』がいいんだ……」
必死に、星那を繋ぎ留ようとするかのような切実さを帯びた夜凪の呟き。
――ただ『瀬織星那』の体さえあれば、『白山夜凪』の精神は要らないのではないか……そんな漠然とした不安が、入れ替わってしまった後の星那の中にはずっとあった。
だけど今、彼は『今の』星那が良いと言ってくれた。星那にはそれだけで十分だった。
「……大丈夫だよ。私は、勝手に居なくなったりしない」
きつく星那の細い身体を抱きしめて離そうとしない夜凪に、しょうがないなぁと苦笑しながら、その背中をポンポンと叩いてあげる。
――どうやら自分は、普段気が強い相手がたまに弱いところを見せる事に、とても弱いらしい。
星那自分も初めて知った自分の性質に、もう一回苦笑しながら、その体を優しく抱きしめ返してやる。
「あの時、夜凪さんの声が聞こえてきて……本当に、嬉しかったんだよ。ありがとう、助けてくれて」
「うん……間に合って、本当に良かった……」
ついには涙声となってしまった彼に……星那は、両親が迎えに来たと職員のお姉さんが伝えに来るまで、夜凪に抱き締められたまま好きにさせてあげるのだった。
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