星那と、夜凪初めてのゲームセンター

「まったくもう……一言もなく鯛焼き屋さんに行くなんて。せめて言ってからにしてちょうだい」

「ごめんなさい、お姉様……だけどほら、お土産もちゃんと買ってきたし」

「それはありがと。だけど、それはそれ、これはこれよ」

「……はぁい」


 最後に残った尻尾を口に放り込みながら、隣を歩く中学生くらいの赤毛の少女を嗜める、黒髪の少女。

 しかしすぐに、その興味は赤毛の少女と反対側を歩く、小さくはむはむと鯛焼きを齧っている白髪の少女へと向けられた。


「それで……キミが、見知らぬ人と話をしたいって言った時は驚いたけど、ちゃんと話せたかな?」

『大丈夫、言うべき事はちゃんと言えたよ。ただ……』


 そこで、一度スマートフォンに打ち込んでいた文章を区切る、白い少女。少しだけ迷ってから、あらためて続きを打ち込む。


『ちょっと、余計なお世話だったかも』


 そう、スマートフォン越しに語った白い少女の顔は……珍しく、少しだけ口角が上がって見えたのだった。











 ◇


「へぇ……そんな事があったのか」

「うん……いつのまにか、居なくなっていたんだけど。


 気がついた時、あの白い少女の姿はどこにも無かった。

 そして……何度思い返しても、いつ彼女が立ち去ったのかが全く分からないのだ。


 首を捻っているうちに、荷物を発送しに行った夜凪たちが戻ってきて……釈然としない気分のまま、カフェを出る星那なのだった。






 駅地下にあるファーストフード店で手早く昼食を済ませた一行は、駅を出て、大きな通りを一本挟んだ場所にあるゲームセンターへと来ていた。


「凄い音……」

「っと、夜凪はゲーセンは初めてか?」

「うん、うちは親がダメって言ってたから」


 瀬織さんはお嬢様だから、そういう事もあるよなぁと二人の話を聞いていた星那だったが……


「あ……」


 星那が、ふと足を止める。

 その視線の先には、クレーンゲームの筐体。

 中には、緑色をした物体……たしか不動産会社のマスコットキャラクターである、丸い緑色の毛玉に目が生えたような生物の、大きなぬいぐるみがあった。


「なんだ、欲しいのか?」

「うん、ちょっと……」


 後ろから覗き込む陸の言葉に謙遜して答えたが、た少し違う。何かが星那の琴線に触れたらしく……本当は、すごく欲しい。


「あー……結構いい位置にまで来てるなこれ。あと少しで取れそうだが……」


 陸が、周囲を回って状態を見物する。同じく検分していた星那も同意見だった。

 星那や陸であれば、あと3〜4プレイもあれば取れそうだが……


「よーくん、挑戦してみなよ!」

「え、僕? 取る自信がある人がいるなら、そっちがやった方がいいんじゃない?」

「いいから、挑戦してみなよ……よーくんも、なっちゃんにいいところ見せたいんじゃない?」


 柚夏が、夜凪に対して何かを小声で耳打ちしていた。

 なんだろうと星那が首を傾げるが、それはそれとして説得に加わる。


「夜凪さん、こういうゲーム初めてなんだよね、だったら折角だし少しやってみたら?」

「ああ、取れなくても、俺かこいつが取るからあまり気負わずにな」

「そ、それなら……わかった、やってみる」


 陸との二人掛かりの説得に、まるで決戦に赴く騎士のような気合いで、筐体の操作ボタンに向かう夜凪。

 チリン、と効果を投入し、筐体が動き出した。



「……ほら、なっちゃん。教えてあげないと」

「あ、そ、そうだね……」


 耳元でそう囁く柚夏の声に、慌てて真剣な顔でボタンを睨む夜凪の隣に立つ。


「このボタンで前後に、このボタンで左右に動くんだよ」

「ふむふむ……注意点は?」

「とりあえず、ボタンを押せるのは各一回、やり直しは効かないから気をつけて」

「なるほど、タイミングが大事なんだね……って、わわっ!?」


 予想外に早かったアームの動きに、夜凪が慌てた声を上げる。

 そうこうしている間にアームは右へと大きくズレてしまい、これではもう届かないだろう。


「……今のは早さに慌てただけ、次こそもう一回!」


 そう言って、追加のコインを投入する夜凪。

 今度は……宣言通り、左右はほぼ目的のものピッタリの場所で止まるアーム。

 皆が固唾を飲んで見守る中……前後のアームも、目的の人形の場所に止まった。


「……よし!」


 夜凪が、歓声を上げる。

 アームが、目的の人形を掴み、持ち上がり始める。しかし……


「いや……これは」


 星那が難しい顔で呟いた直後、二人の眼前で無情にもぬいぐるみは落ちてしまった。


「……え? そ、そんな……」


 確かな手ごたえがあったはずなのに、落下したぬいぐるみに呆然とする夜凪。


 たしかに、アームは目的の人形を掴んだ。

 だが、大きな丸い人形だ。掴みこそしたが、何にも引っかからなかったぬいぐるみが、重力に負けて落下したのだ。


「よくある事。だけど今のでだいぶ出口に近づいたし……それに、ほら、頭にある紐が引っかかりやすい場所に来た」


 頭を至近に寄せ、筐体の中を覗き込む二人。

 あそこを狙うんだ、そう指示を出す星那に、夜凪が穴があきそうな方目標を凝視し、ボタンを押す指先に全神経を集中させる。


 アームが、景品の海に沈み込む。

 そして、再度浮上してくる。


「あっ……」


 夜凪が、そんな小さな声を上げ、息を飲む。

 周囲で見ていた星那たち三人も、同様に息を飲んでアームの先を食い入るように見つめる。


 本当に……本当に偶然なのだが、すぐ近くにあった別の……目的のものと色違い、ピンク色をしたぬいぐるみの紐にも、アームが引っかかった。


 あとは、クレーンのアームの力次第。

 結構良心的な調整をされていたアームだったが……相手はそこそこの大物なぬいぐるみ二つ。かなり、ギリギリな筈だ。


 持ち上がる。ここまではなんとか大丈夫だった。

 しかし、ゆっくりと取り出し口へと向かうアームだったが……二つのぬいぐるみはやはり重量オーバーで、刻一刻と引っかかった紐がずり落ちていく。


 もう少し……あともう少し!

 そう固唾を飲んで見守る四人の目の前で……ピンク色のぬいぐるみ紐が、アームから外れ落下した。


 ――取り出し口の中へと。


 続いて、本命である緑のぬいぐるみも落ちる。


「…………ぃやったあ!!」

「凄い、凄いよ夜凪さん!?」


 珍しく……本当に珍しいことに、子供のように飛び上がりガッツポーズをする夜凪に、思わず星那が抱きついた。

 二人、そのまま凄い凄いとはしゃぎ周り……


「あー……まぁ、嬉しいのは分かるがイチャつくのはそこまでにしとけー?」

「あっ、ごめん……」

「い、いえ、こちらこそ……」


 ニヤニヤと笑いながら掛けられた陸の言葉に、何事かと周囲の人の注目を集めていた事に気付く。

 ようやく公衆の面前で抱き合っていた事に気づいた二人が、顔を真っ赤に染めてパッと身を離した。


「おやおやぁ? これはこれはお二人とも、青春ですなぁ陸さんや」

「まったくだ。これは、バカップルの名前は譲らないといけないなぁ?」


 そう言って、ニヤニヤと二人の方を見つめる友人達。

 その様子に、星那と夜凪はただただ真っ赤になるしか出来ないのだった。





「……はい、星那君、これ」

「え……?」


 夜凪が、いそいそと取り出した二つのぬいぐるみを、星那へと差し出す。

 差し出された緑とピンク、二色のぬいぐるみに、星那が目を瞬かせる。


「欲しかったんだよね、どうぞ?」


 そう言って、二つのぬいぐるみを星那へと渡す夜凪だったが。


「……あの! 流石に、二つともだとスペースを取るから……」


 手にある緑とピンク、二つのぬいぐるみに目を彷徨わせる。そして……


「一つは、夜凪さんが持っていて」


 微笑んで、そっと片方を差し出した。


 ――緑色の方を。


 欲しかったのはそちらの方だった筈なのに……何故か、気が付いたらピンク色の方を手元に残していた。


「その……せっかく初ゲットの記念品だし、ね」

「……そっか、本当は僕も欲しかったんだ、嬉しいよ。お揃いだね、大事にする」


 ニコリと、本当に嬉しそうに微笑む夜凪。

 その初めて見る気がする屈託のない笑顔、元の自分の顔なはずなのにどこか違う笑顔に、星那はドキリとする。


「それじゃ、もっともっと楽しませて貰おうじゃないか、ゲーセンってやつを!」

「お、よーくん乗り気だね、それじゃ今度は私のオススメに案内しちゃうぞ!」

「ただまぁ、調子に乗るんじゃないぞ、ビギナーズラックなんてそうは続かないんだからな」


 やや先行していた陸と柚夏に、小走りで追いつく夜凪。その顔は、今は本当に楽しそうに見えて……




 ――トクン。




「……?」


 何か、強く胸の奥が鳴ったような気がした。

 何だろう……そう首を傾げるも、すでに何の異常もなく、通常の鼓動を鳴らしている星那の心臓。


 首を傾げつつも、星那はとりあえず考えるのをやめる。

 代わりに貰ったぬいぐるみを、大事そうにきゅっと抱きしめながら、三人から離れないように駆け出すのだった。



















『ねぇ、お姉さん』


 カフェに居たはずなのに、今は……なぜか、誰もいない赤い世界に居る。


 ……目の前にいるのは、一対の純白の翼を持つ小さな天使。


 そんな彼女の前に……青白く輝く、光の文字が踊っていた。


 そして、その文字は、星那に対して問いかけをしているのだと、なんとなくそう思えたのだった。






『お姉さんは、もし、私なら元の平穏な生活に戻せるって言ったら、どうしたい?』


 ――と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る