星那と、白い少女

今回の話の中には、自作品「生まれ変わりの守護天使」と関連した内容があります。ご了承ください。

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 あの後、自分の買い物を終えた柚夏と、本屋に逃げていた陸と合流し、嵩張るからと先に服屋を回った一行。


 そうして午前中一杯を消化した四人は、今はファッションフロアにある洒落た喫茶店で、お昼は何が食べたいか、どこに遊びに行くか……そんな今後の相談をしていた。


「それじゃ、普通にマックでいいのな、皆?」

「意義なーし!」

「うん、たまには食べたくなるよね、異論ないよ」

「僕も……あまりファーストフードは行かないから、ちょっと楽しみ」


 そんな風に恙無く次の行き先が決まり、荷物をまとめ始める。


「なっちゃんは、もう必要な物とかは全部買った?」

「うん、大丈夫だよ、柚夏ちゃん」


 こうして遊びに来る際の服は瀬織家の人が送ってくれるため問題なく、普段使いの私服に関しては夜凪の両手が塞がる程には買い込んでしまった。

 どちらかといえば倹約家だと思っている星那としては、むしろ買い過ぎたくらいに思う。


「よーし、それじゃ午後は遊び倒すぞー!」

「その前に、荷物送ってしまってからな」


 べしっ、と柚夏の頭を軽く叩く陸。

 その両手は、いくつもの買い物袋で埋まっており、確かにこのまま遊ぶのは大変そうだ。


 ……その大半が柚夏のものなのだが、中には星那のものもあるため、本当に、頭が上がらない。


 星那もなるべく自分で持とうとしているのだが、夜凪と陸が「いいから貸せ」とひょいひょい持って行ってしまうので、今は最初の店で買った下着を抱えているだけだった。


「ありがとうね、陸。それと夜凪さんも」


 そう言って立ち上がろうとする星那だったが……その肩を、夜凪がそっと押し留め、席にもどらせてしまった。


「神社への送り状は僕が書くから、星那君はもう少しここで休んだ方がいいよ」

「……だな、俺から見ても少し疲れているように見えるぞ」


 幸い、この店は女性客の多いカフェだった。

 店先には警官立ち入り所であるという表示もあり、すぐ近くには警備員詰所もある。このような場所でタチの悪いナンパも無いだろう。


「……それじゃ、お言葉に甘えて。皆、ありがとう」


 自覚のあった星那は、ここは三人の厚意に甘えさせて貰うのだった。






 一人ぽつんと残されて、今まで騒がしかった事で忘れる事が出来ていた、下着売り場で夜凪に言われた事を再び思い出してしまう。


 ――生理、かぁ。


 なんとなしに、自分の下腹部に触れる。

 今まであまり意識してこなかったけど、今、体の中では男の時とは比べ物にならないほど複雑な変化が起き続けているのだ。




 ……子供を、作るために。




 ぶわっと、冷たい汗が噴き出す。

 そうだ、婚約……結婚の約束をしているという事は、今はまだまだ先でも将来的にはそういう役目も出てくるという事だ。


 嫌という訳ではない。ただ、怖い。

 自分ではない、別の命に責任を負わなければならないという、そんな恐怖。もしここに新しい命が宿った際には、自分のちょっとしたミスがその命を奪ってしまう……そんな重圧が何ヶ月も続くのだという恐怖。


 ……やめよう。まだまだずっと先の事なのに、考え出すと深みに嵌ってしまいそうだ。


 頭を振り、深呼吸をして気分を落ち着かせる。




 ――そんな時だった。


「あの、少し妹を座らせて休ませてあげたいんですが、相席いいですか?」

「あ……はい、どうぞ!」


 考え事をしてボーっとしていたところに掛けられた声に、ぱっと膝を揃えて座り直し、了承する。


 顔を上げると、そこに居たのは……


 ――うわ、綺麗な人。


 年の頃は、おそらく同い年か、一個上。

 星那のものと似ている真っ黒な髪をポニーテールにしたその姿は見るからに活発な雰囲気。

 キャミソールとジーンズ、パーカーというラフな格好から惜しげも無くお臍を晒したその姿は、しかしいやらしさはなくむしろ健康的な美を感じさせるのは、そのモデルのようなスタイル故だろうか。


 ……いや、「ような」ではない。実際に、モデルとして書店に並んでいる本で見た事がある。


 あれは、このS市に拠点を置くファッションブランドの広報誌だったような……と、記憶を探る。


 だが……それも、その女性の背後から姿を現した小さな人影を見た途端、全て吹き飛んだ。




 最初、妖精がこの世に現れたのかと錯覚してしまった、その少女の姿。


 真っ白な髪と肌。

 どこまでも深淵を覗き込んでくるような、深い真紅の瞳。


 顔の作りは東洋人の面影はありつつも根本から違っており、間違いなく、日本だけでなく外国……西洋か北欧あたりの血が入っているだろう。


 初夏だというのに長袖のブラウスとロングスカートというゴシックロリータ調の服を纏うその姿は……熟練の職人が、生涯掛けてその技術を注ぎ込んだ人形としか思えないほどの繊細さと儚さを備えた、そんな女の子だった。




 ――美少女といや、彼女がこの前、去年の冬あたりに騒ぎになった小学生モデルらしき女の子を街で見たって興奮気味に騒いでたな……



 いつか、陸と話したそんな会話をふと思い出す。


 ――この子だ。


 確かに、見せてもらった写真の子に間違いない。CGなどではない、本当に実在したんだ……そんな事を、感慨深く思ってしまう星那だった。


「ごめんなさい、一人連れが逸れてしまって、連れてこないといけなかったもので……きっと地下食品街にたい焼き食いに行ったわね、あいつ」

「あはは……自由なお連れさんがいて、大変ですね……」

「そんな訳で、まだここに居るのなら、少し見ていて貰えると嬉しいのだけれど……」

「はい、構いませんよ」


 多分、陸達が先に戻ってきても、こういう事情ならば快く協力してくれるだろう。

 そう判断し、笑顔で請け負う星那だった。


「ありがとう! なるべく早く戻りますので……!」


 屈託のない笑顔を見せて立ち去っていくお姉さん。

 こうして、見た事もないような美少女とのお茶をする事となったのだった。






 ――気まずい。


 相席してから今まで、お互いの間には一言の会話もなく、ただ時間だけが流れていた。


 ……小柄だから年少に見えたけど……年齢的には、朝陽と同じくらいかな?


 沈黙の中、少女の事を見ていてなんとなくそう思う。


「えっと……何か食べますか?」


 行儀良く膝を揃えて座っている少女。ソーダフロートを飲む仕草にも、どこか気品を感じてしまう。

 それだけで、きっとどこか良いとこのお嬢様なんだろうなぁと分かってしまい恐縮していた星那が、会話を求めて子供が好きそうなサンデーなどのメニューを指す。


 しかし、返ってきたのは首を横に降る動作のみ。


 ……そういえば、やけに静かだ。もしかして。


「……あの、失礼な事を言ったらごめんね。もしかして……」


 おそるおそる尋ねようとした星那に、特に気を悪くした様子もなくコクンと頷いて、口元で、指で小さくバッテンを示す少女。


 ……可愛い。


 いや、そうではない。

 その仕草に、ようやく確信する。


「……もしかして、声が出ないの?」


 星那の問い掛けに、少女がコクンと頷く。


 おそらく先天性白子症に、失声症まで。

 いったい、これまでにどれほど苦労があったのだろう……そう漠然と思いをはせる。


「そう……大変ですね」

『平気。お姉ちゃんや、お父さん、それに皆が良くしてくれるから』

「……そっか」


 手にしたスマートフォンのメモ帳に、そう打ち込んで見せてくる少女。その表情は無表情ながらも、先程までより少し柔らかい。


 ……ああ、きっとこの子は大事にされていて、そんなこの子も周りの人達が大好きなのだろう。


 そんな事を思うと、ふっと笑みが漏れた。


 なんだかふわふわとしたものに胸を満たされて、ニコニコと微笑みながら少女を見つめる星那に、こてんと首を傾げる少女。

 あぁ、可愛いなぁ……そんな、少々危ない感じの思考に溶かされながら見つめていると、先程からスマートフォンに何かを打ち込んでいた少女が顔を上げ、その画面をこちらへと向けてきた。


 そこには……


『お姉さん、何かに憑かれてます』

「…………へ?」


 ポカンと、その内容に惚けてしまう星那。

 その様子を見た少女が、無表情ながら少し慌てたように、再度何か文章を入力し、見せてくる。


『憑かれているというか、守護? 加護? いずれにせよ悪いものではないと思うので、安心してください』

「あ、そ、そうなんだ……」


 変わった子だな、と一筋冷や汗をかく。

 いたって真剣な表情は、こちらを担ぐといった悪戯の気配はない。


 不思議ちゃんなんだなぁ……そう思いながら、何か長文らしきものをスマートフォンに打ち込んでいる姿を眺めていると。


『最近、普通では考えられないような何か大きな出来事がありましたよね? それも、悪気あってのことではないと思うので許してあげて欲しいです』


 今度こそ、ヒヤリとした物が背中に疾った。


 ――何故、その事を。


 ――いや、むしろ、何を知っているの?


 正面からこちらを見つめる顔は真剣そのもので、そこに悪感情は見当たらない。

 しかし、全てを見透かしているような少女の深紅の瞳に……今度こそ、言葉を失った星那だった――……

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