星那と休日の待ち合わせ

 柚夏との約束の、日曜日。


 路線整備の関係で駅自体は大きいが、周囲にはバスのロータリーと、コンビニや喫茶店があるくらいの小さな駅。

 そんな、待ち合わせ場所である白山神社最寄りの駅まで行くと、すでに先に来ていたらしい陸と柚夏の姿がすぐに見つかった。

 それは向こうも同じらしく、柚夏が大きく手を振っていた。


「おまたせ、陸、柚夏ちゃん」

「……今日は、よろしくお願いします」


 いつもとは逆に、躊躇する夜凪の手を引いて陸達のもとへと駆け寄る星那。

 最後の一歩を詰めて挨拶し、にこりと笑って二人に笑い掛ける星那に……


「い、いやぁ。こう可愛い娘に挨拶されると照れますなぁ陸さんや」


 何故か柚夏が、頬を染めて明後日の方向を向く。

 その様子に星那は首を傾げた。動きに合わせて、横髪をヘアピンで留めた程度にだけ手を加えた絹糸のような黒髪が、風を纏いサラリと頬を撫でる。


「何でお前が恥ずかしがるんだよ……」

「だって、私、私服で一緒に出かけるような女の子の友達居なかったもん」


 呆れている陸に、ふくれてみせる柚夏。

 しかし、すぐに上機嫌になって、興味深そうに星那の周囲を回り始める。



「ほぅほぅ……ふむふむ……うわ、肩細っ、オフショルめっちゃ似合う……」

「ゆ、柚夏ちゃん、どうかした……?」


 まじまじと、星那の方を凝視する柚夏。

 一回りし、胸のあたりに息がかかるほどの至近から見つめるその姿に、星那が怯む。


「いやあ、眼福ですなぁ。清楚可憐とはこの事かー」

「ゆ、柚夏?」


 一通り見て回って満足したらしい柚夏が、うんうんと頷きそう評する。その手放しの賞賛に、星那は少し赤面する。


「お、照れてますな、愛い奴めー」

「もう……何なのそのノリ」


 腕に抱きついてきた柚夏。

 その柔らかい女の子の感触にドギマギしながらも、星那は呆れて為すがままにされるのだった。

 そうしているうちに満足したらしく、彼女は陸の隣という定位置に移動する。


「なんというか……凄いわね」

「ああ、こういうのが似合う女子高生って、そんな居ないよな」


 関心したように言う二人。

 たしかに、と我がことながら星那自身も思う。


 いま着ているのは、薄手の膝下あたりまであるロングのプリーツスカートに、やや厚手のキャミソールと、薄くふわふわした生地のベビードールのような形状の衣服を一体化させたようなワンピース風のトップス。


 オフショルダーのため大きく露出した肩を隠すように、真っ白なボレロが肩から肘あたりまでを覆っている。


 全体的に落ち着いた印象があり、どちらかといえば大学生あたりが着ていそうな佇まいだったが……不思議と、小柄ではあるが穏やかな雰囲気の星那には、良く似合っていた。


「瀬織さんは落ち着いた雰囲気の美形だったし、今その身体に入っている夜凪は雰囲気が柔らかい奴だったからな」

「いいなぁ、私もこういうの着てみたい……まぁ、似合わないだろうけど」


 苦笑して、誤魔化す柚夏。

 しかし、星那は見逃さなかった。その後ろで、陸が手帳を出してサラッと何かメモを取っていたのを。


 ――あ、プレゼントのネタに加えたな。


 普段のそっけない態度と裏腹に、こうした事にはやたらとマメな親友に、星那は内心で、感心半分に苦笑するのだった。


「しかし、よくこんな服を持っていたな。高いだろ、多分」

「あ……これは、夜凪さん……えぇと、瀬織さんのお父さんがプレゼントしてくれたもので」


 数日前、白山家に届いた小包にこの服が入っていた。

 できれば着たら写真を送ってほしいというメッセージが添えられていたため、今朝は母、真昼と夜凪によってプチ撮影回となり、すでに若干疲れている星那なのだった。


「あー、届いていた荷物ってそれだったんだ。全くお父さんってば、すぐ人を新作のテスターに使うんだからもう」

「……嬉々として写真撮ってたの誰だっけ」


 ジト目を向ける星那だったが……残念ながらその程度の視線どこ吹く風といった様子の夜凪に、はぁ、と軽く溜息をつくのだった。


「ま、向こうはいい資料が手に入ったって喜んでいるだろうから、気兼ねなく着てあげるといいよ」

「……瀬織さんは服飾関連の会社の社長令嬢って噂だったが、本当だったんだな」


 夜凪のそんな父を評する言葉に、得心がいったように頷く陸。


 ――しかし、発売前の新作か、高いんだろうなぁ。


 そんな事を考える星那は内心、汚したらどうしようかなと気が気ではなかった。

 ここまでに散々、女の子の身の回りの品の値段に驚かされてきた星那である。

 きっとこの服も高いんだろうなぁ、と内心顔を痙攣らせつつも……見た目が可愛いのは確かなので、ありがたく着させてもらっているのだった。


「凄いといえば、瀬……夜凪もまぁ、よくそこまで化けたもんだ」

「そうそう、私の時とは大違いでびっくりした。格好いいよ」

「そ……そうかな?」


 服装自体は、元々夜凪の所持していたジーンズとVネックのTシャツ、それにパーカーというなんの変哲も無い格好。


 いつもと違うのは、髪型をしっかり整えた程度なはず。


 だというのに、清潔感は保ちつつ適度に着崩したその姿は、まるで印象が違う。


 自分で元自分の容姿を褒めるのはなんだか気がひける星那だったが、こうまでイメージチェンジされるともはや自分とは別物で、あまり気にならないのだった。


「……まぁ、元は悪くないんだから、素材の活かし方とコーディネート次第ってもんね」


 真正面から褒めそやす星那に照れつつも、そうドヤ顔で宣う夜凪。


「まあ、知ってたけどな」

「ナギ君、自覚はないみたいだったけどねー」


 夜凪の姿を褒める、そんな二人はというと……


 陸は、髪を粗めのオールバックに上げ、服はハーフパンツに襟ぐりの大きなレイヤードスタイルのロングパーカー。

 そのいかにもストリートでバスケをしていそうな装いは、体格が大きく、鍛えられて引き締まった体をしている陸には良く似合っていた。


 一方で柚夏の方も、健康的な脚線を惜しみなく晒すホットパンツに、キャミソールとロングサマーカーディガンと、こちらも並んでストリート散策していそうな活発な出で立ちをしていた。


 こうして四人並ぶと……


「目立ってるね……」

「まぁ、この面子なら仕方ないだろ」


 不安げにあたりを見回す星那に、気にした風もなく陸が告げる。


 周囲からチラチラと降り注ぐ、興味の視線。

 星那たち四人は、側から見ると皆、それぞれタイプの違う美男美女の集団となっているのだった。

 しかし、星那や柚夏に声を掛けようとしている男はちらほらいるが、皆途中で断念し引き下がっている。


 ……ぶっちゃけ、陸が怖いのだ。


「まぁ、ナンパ避けくらいはしてやるから。ほら、行くぞ」


 そう言って、早く行くぞと皆を促す陸。

 見るからに強そうな陸の存在は、面倒なナンパをシャットアウトするバリアとなっているのだった。


「こういう時は、ちょっと彼が羨ましいね」

「あはは……私も、陸みたいな男らしさには憧れていたんだけどね……」

「何、君だって卑下するようなものじゃないよ。さ、行こう」


 ホームへと続く階段を前に、まるでエスコートするかのように星那へ向けて手を差し伸べる夜凪。

 星那もその手を取って、すでに少し先まで進んでいる陸達の元へと慌てて駆け出すのだった。

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