星那と天使という評判
「わ、すごいお弁当」
「これ、瀬織さんが作ったの?」
通り掛かった女子二人組が、星那たちの広げているお弁当を見て興味津々といった様子で近づいてくる。
彼女たちは、昨日星那を気遣って、良くしてくれた娘達だ。
「あの、一口だけでも……」
「ええ、どうぞ?」
涎を垂らさんばかりに見つめる彼女たちが、こちらの様子を伺いながら尋ねて来たので、星那はふっと笑顔で了承する。
「だけど、私達の分まで無くなったら困るから、秘密でお願いしますね」
しー、と口元に人差し指を立て、にこやかにそう言うと、彼女たちは嬉しそうにそれぞれ俵おむすびをひとつずつ手に遠ざかっていった。
離れた場所から聞こえた「ヤバ、うまっ!?」という声に、嬉しそうにふふっと笑みを溢す星那に……柚夏が、隣の陸に耳打ちする。
「ねぇ、何このパーフェクト美少女」
「ああ、ビックリだよな。柚夏も見習ってみたらって痛ぇ!?」
「おやおやぁ? 余計な事を言うのはこの口かなぁ?」
余計な一言を口に出した陸が、鳩尾に突きを喰らって悶絶する。
初めての夜凪は目を丸くしていたが、星那にとってはいつもの光景なので、気にせず皆のコップにお茶のおかわりを注いでいた。
――どうせ柚夏も手加減してるし、陸も大げさに痛がってみせてるだけだしね。
これが、二人の一種のじゃれ合いだというのをよく理解してる星那なのだった。
そんな風に二人を微笑ましく眺めながら、お茶を飲む。そんな時。
「……でも、ま、今日になって男子連中が、星那の事を『天使』って呼び始めたのも分かるよな」
「――っ!? ゴホッ、ケホッ」
「ちょ、大丈夫!?」
陸がとんでもない事を言い出したもので、飲んでいる途中だったお茶を喉に詰まらせ咽せた。
隣に居た夜凪が慌てて背中をさすってくれて、ようやく落ち着く。
「……なんか、その、すまん」
まさかここまで動揺するとは思わなかったんだ、と謝罪する陸に、咽せながら恨めしげな視線を送る星那。
美少女に睨まれて所在無さげにする陸の姿に溜飲を下げているうちに、ようやくある程度咳が落ち着いてから、口を開く。
「けほっ……何、それ、私知らない……」
「……悪かった。まぁ、今までが鉄壁の女って有名だったからな。雰囲気が柔らかくなったって、大評判だったぞ」
「つまり、隙が多くなったって事だね」
「うぐっ……」
夜凪の鋭い突っ込みに、ぐうの音も出ない星那だった。
「それで、せっちゃん!」
「せっちゃん?」
星那の方を向いて呼んでくる柚夏。
その呼び方に、首を傾げる。
「うん、新しいあだ名……だめ?」
「いや、その……なんとなく、その呼び方はだめな気がして」
なんとなく某人型機動兵器を幻視してしまいそうになり、微妙な顔をする星那だった。
「んー、駄目かぁ。それじゃ、なっちゃんって呼ぼう」
「……まあいいか、それで」
「おっけー、それじゃ改めてよろしくね、なっちゃん!」
そう元気にはしゃいでいる柚夏に、星那が苦笑する。
そんな間に、今度は夜凪の方にターゲットを定めたらしく、そちらを向く柚夏。
「それじゃ今度は……ナギ君、っていうのもなんか違うのよねー。ねね、よー君って呼んでもいい?」
「え……あ、うん。構わないよ」
「やった!」
押しの強い彼女にしどろもどろになりながら、了承する夜凪。
ただ渾名にOKを貰っただけだと言うのに、両手を合わせコロコロと喜びの表情を見せる彼女の姿に、なんだか微笑ましく思っていると。
「でさ、なっちゃん達は入れ替わってからずっと謹慎で、まだ買い物とか行ってないのよね?」
「うん、必要なものは瀬……白山さんが持ってきてくれたから、特に困ってはいないけど」
「それじゃ、今度の日曜日にみんなで買い物ついでに遊びに行かない?」
「ん……」
ざっと、その日の予定を思い出す。
たしか朝陽はその日は母さんとスイミングスクールに行くって言っていたから……自分に出来ることは無いだろう。
父のことは心配だけれど……近所の主婦の臨時お手伝いさんを入れるから、気にせず自分の事を優先しておいでと、今朝、朝食の時に優しく言ってくれていた。
「うん、大丈夫。その日は問題ないよ」
「やった、まぁ陸は強制参加だからいいとして……」
「はぁ……ま、荷物持ちとして頑張らせていただきますよ」
意見を聞く事すらされなかった陸が、すでに諦観じみた表情で肩を竦め、参加を表明。あとは……
「それじゃ、楽しんできてね、星那」
「え、何言ってるの、よー君も一緒に決まってんじゃん」
「……え?」
すっかり静観のつもりで居た夜凪が、鳩が豆鉄砲を食らったような表情で聞き返す。
「あ、それとも何か用事でもあった?」
「いえ、特には無いですけど……」
「それじゃ、決まりね!」
有無を言わさず、夜凪の参加が決まっていた。
そのいっそ鮮やかとも言える言質取りに、夜凪が目を白黒させている。
……そういえば、今の夜凪は空き時間は勉強をしているか読書しているかで、特にどこか出掛けたりとかは無かったな……と星那は思う。
そんな事を考えていると、くいくいと袖を引く感触。
見れば、珍しく所在無さげな顔をした夜凪が、星那の袖を掴んでいた。
「……ねぇ、星那君」
「ん、どうしたの?」
「友達と遊びに行くって、どんな格好をしたらいい?」
その質問に、ふとこれは何かのネタ振りだろうかと数秒考え込む。
しかし黙り込んだ星那に徐々に不安げな表情をみせるため、普通に答える事にした。
「いや……別に、普通でいいと思うけど」
「そ、そうか……ネクタイは必要かな、ドレスコード的に」
「え、いらない。どんな店に入る気さ……」
「……夜景の綺麗なレストランとか?」
「それは大人のデートで入る店だね……」
そもそも、そういう店は高校生だけで入れないでしょ……と庶民の星那は思うのだが、実はそうでもないのだろうか。
一体どんな人と遊びに行っていたのかと考えて、ふと気付いた。
「もしかして……友達と遊びに行った事、ない?」
そんな星那の問い掛けに……夜凪は、こくんと頷いたのだった。
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