星那と、友人達とのお昼ご飯
教室での騒動の翌日、昼休み。
白陽高校の敷地内、奥まった場所には、自由に使用していい東屋が立ち並ぶ庭園がある。
昼時には弁当の生徒が友人と連れ立って昼食を摂るものがちらほらといるそこに、星那達は来ていた。
「あははっ、マジで中身、ナギ君なんだ、マジウケるー!」
庭園に、明るい女の子の笑い声が鳴り響く。
「し、しー……秘密だからね?」
「うんうん、分かってる……誰かに聞かれても信じないと思うけどなー」
ベンチから脚を投げ出しブラブラさせながら、少女……
大柄な陸の隣に並ぶと頭がその胸あたりまでしかなく、ややウェーブがかった亜麻色の髪を肩ほどまであるボブカットにしたその容姿は、ふわふわとした雰囲気を醸し出して可愛らしく、
彼女は……星那たちとは違うクラスの女生徒で、陸の彼女だ。
陸に正体を知られているので、ならばとこうして昼食に誘い、真実を暴露したところ……返って来たのが先の爆笑なので、両親の説得時みたいなやり取りを覚悟していた星那と夜凪にとっては拍子抜けなのだった。
「そう言う柚夏は、よくすんなり信じてくれたよね?」
持って来た水筒からほうじ茶を紙コップに注ぎ、皆に配る星那。
その口にした疑問に、四人の中央にある重箱からひょいひょいおかずを皿に取りながら、柚夏が振り向く。
――星那たち……星那と夜凪、陸と、クラスが違う柚夏の四人は今、学校の庭で昼食摂っていたのだった。
これがまた、周囲の注目を集める。
というのも、柚夏に真実を打ち明けるのだと星那が張り切ってお弁当を用意した結果……四人の眼前には、とても目立つお弁当が鎮座していた。
一段目には、中身ごとに違うふりかけで区別された俵おむすびがぎっしり詰まっている。
二段目には、卵焼きや筑前煮、
星那がまだ『白山夜凪』だった時、例によって男らしくないと笑われた事で、しばらく作っていなかったお弁当。
それが女の子となった事で解禁され、母も乗り気で手伝ってくれた結果……ついつい手が込んでしまい出来上がった、そんな二段もの重箱が鎮座しているせいだった。
星那という美少女が作った弁当なる物を見ようとする者達がこちらを覗きこむ視線や、ついつい作り過ぎてしまった星那への友人達の生暖かい視線に、星那は恥ずかしそうに縮こまるのだった。
そんな弁当を涎を垂らさんばかりに顔を輝かせ、おかずを取り分けていた柚夏が、お茶を受け取りながら答える。
「だってほら、このお弁当食べちゃったら信じざるを得ないでしょ」
好物である卵焼きを一つパクリと半分くらい口に含み、んー甘くて美味しー! と言いながら、そんな事を言う。
「柚夏は、すっかり夜凪……んっんっ、瀬織さんに餌付けされてるもんなー」
「ふーん、どうせ食いしん坊ですよー」
陸の茶々にふてくされながらも、卵焼きをやっつけ、今度はスコッチエッグを口いっぱいに頬張るその星那よりも更に小柄な少女。
美味しそうにご飯を食べる少女というのは、見る人を幸せにするものだ。
その様はまるで頬袋に餌を溜め込むリスを彷彿とさせ、周囲から微笑ましいものを見る視線を集めていた。
……この浅葱柚夏という少女は、やや幼げな容姿と体型の割に、よく食べる。
というのも、彼女はこれでも女子剣道部期待のホープというバリバリの体育会系であり、中学生だった時も道大会に出ればほぼ入賞、全国大会の常連という見た目に似合わぬ剣客少女なのだ。
見た目は小さく可愛い庇護欲を誘う妹系少女。
中身はバイタリティ溢れるアグレッシブ少女。
そんな彼女についた称号が『みんなの妹詐欺』、それが彼女、浅葱柚夏だった。
「それで、クラスの方はもう大丈夫なの?」
「あー……うん、一応。逆に、女の子たちは何故か皆、優しくしてくれるようになったんだけど」
「それは、星那君が敵じゃなくなったから」
「……え、それってどういう事?」
星那の疑問に、バッサリと回答する夜凪。
その答えに、星那は首を傾げた。
「もう、あなたは女の子たちの恋のライバルから脱落したって事。僕っていう許婚がいるからね」
「な、なるほど……」
つまり、男子人気を一身に集めている星那という存在は、女の子たちにとってはいざ自分がだれかに恋に落ちた際、最大の障害となる存在だったのだ。
それが、固定の相手がいる事が発覚し、脅威では無くなった。
もう星那という存在を警戒する必要も無いから、可愛がり始めたのだ。
――うん、女の子って怖い。
星那は内心で戦慄するのだった。
「あとは……夜凪さんがちょっと、男子にすごい恨みがましい目で見られるくらい?」
「僕は気にしない」
「……と、まぁ。こんな感じで」
眉ひとつ動かさず、それよりはお弁当を賞味するのに忙しいと言わんばかりに黙々と料理を口に運んでいる夜凪。
よく噛んでじっくり味わってくれているらしいのは星那にとっては嬉しかったが、その返答には少し苦笑し、肩を竦めるのだった。
「それで……夜凪があの時絡んでた男子を投げ飛ばした技は、ちゃんとした武術を学んだやつだよな?」
陸が、そんな質問をする。そしてそれは、星那も気になっていた。
元の星那は決して運動が得意なタイプではなかったので、明らかに一朝一夕ではないあの動きは本当に驚いた。
「ええ。祖父に、『お前はあまり体が強くないのだから、護身の技術だけでも覚えておけ』って子供の頃に叩き込まれた……うちに伝わる流派らしいよ」
「へー……本当にあるんだね、そういう家に伝わる武術とかいうの。漫画の世界だと思っていたよ」
夜凪の説明に、星那がはぁあ……と感心する。
……ちなみに、そう言った瞬間、陸と柚夏もサッと目を逸らしたのだが、星那は気付かなかった。
「元の
「そ、そう? 陸とか柚夏ちゃんと比べると、全然大したことないと思うんだけど……」
「星那君、そう、卑下するものではないですよ?」
謙遜する星那に、夜凪が自分の胸に手を当てて首を振る。
その口調は、一時的に元の『瀬織星那』の物へと変わっていた。
「たしかに九条さんなどと比べると線が細いですが、この体は意外と基礎体力はあって動きやすいです」
「あ、だよねー。ナギ君は否定してばっかりだったけど、瞬発力や柔軟性はかなりのものと睨んでたのよー」
「おまえ、ずっと剣の道に誘いたがってたもんな」
「まぁ、性格的に合ってないんだろなーって諦めたんだけどね」
無理強いしても続かないもんねー、防具くっさいし、とケラケラ笑う柚夏だったが、実際は妹の面倒を見るのに忙しい夜凪を気遣ってくれた事を、星那は良く承知していた。
「まあ、そんな訳だから、僕の心配はしなくていいよ。この体なら、自分と……」
ふいに星那が感じたのは、ぐいっとやや乱暴に体が引き寄せられた感触。
突然の事に、あまり厚くはない胸板へとなすすべなく倒れこむ。
その外から触れると意外に硬く締まった感触に……今、夜凪の胸に抱かれているのだと遅れて理解した星那は、側から見ても分かりやすいくらいその小さな身体を硬直させていた。
「……それに、手の届く範囲にいる星那君くらいは、守れるから」
「〜〜〜ッッ!?」
相変わらず、彼はそんな事をさらっと言う。
しかし耐性のない星那は、ただ顔を真っ赤にして俯く事しか出来ないのだった。
「あはは、ナギく……星那さんは果報者だねぇ」
そんな事を呑気に宣う柚夏の声に、我に返った星那がパッと夜凪から離れる。
まだ暴れている心臓を抑え込み、はぁ……と溜息を吐いて、乱れた髪を手櫛で整える。
――いつか、心臓が持たなくなる日が来たら嫌だなぁ。
愉快そうな顔でこちらを眺めている夜凪の様子を横目で見ながら、そんな事をぼんやり考える星那なのだった。
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