星那と親友の呼び出し
一週間ぶりの学校。まずは職員室へと向かい、これまでの迷惑を掛けた事の謝罪と、今後の予定についての説明を担任から受ける。
それが終わり、教室へと戻った時には、すでにホームルーム間近な時間となっていた。
「……おはようございます」
あまり目立たぬよう控えめに挨拶をして、自分の……瀬織さんの席へと向かう。
「……?」
なんだか、変な空気が教室内に漂っている。
緊張感のような、こちらを避けるような……そんなぎこちない空気。
とはいえ停学処分を受けた生徒が復学したのだから、当然なのかもしれないと今は意識を切り替える。
「よう、夜凪。復帰おめっとさん、災難だったな」
「うん、ありがとう、陸」
視界の端では夜凪が、星那が入れ替わる前……夜凪だった時の友人である陸と、当たり障りのない会話をしていた。
一週間の猶予期間のうちに、お互いの主要な友人についての情報はしっかりと交換できている。
まぁ、大丈夫だろうと安堵の息を吐くと同時に……こうなっては友人達との繋がりが切れてしまったんだろうなということに、一抹の寂しさを感じていた。
だからなのか、教室内の光景を見ているのに寂寥感を感じ、それを誤魔化すように窓の外をぼんやり眺めていた。
故に……陸が不審なものを見る目で星那を見つめていた事に、気付く事はなかったのだった。
「……瀬織さん、話がある」
「……え?」
昼休み、頬杖を突いてグラウンドを眺め、ぼんやりとしていたところに不意に掛けられた声。
驚いて声がした方を見ると、すぐそばに立った陸がいた。
――何故こちらに?
そう、一瞬頭の中が真っ白になった。
「大した時間は取らせない……ただ、あまり人に聞かれたくない話だから、場所を変えよう」
そう言って、自分のワイシャツの襟を軽く引っ張る動作を見せる陸。それっきり何も言わずに、離れていってしまう。
「お、何だ九条、浮気か?」
「うわ、やべぇ。彼女にチクらないといけないな」
「馬鹿、そんなんじゃねぇよ!?」
仲の良いクラスメイトにからかわれている陸が、最後に念を押すようにこちらをちらっと見て、教室から出ていってしまう。
接点がなくなってしまったはずの陸が何の話があるのだろうと、星那は首を傾げるのだった。
――屋上へと続く、階段の踊り場。
そこへ向かうと……すでに先に来ていた、何故か僅かに驚いた顔をしている陸の姿があった。
「……それで、九条君、何の用?」
微笑は崩さずに、しかし距離は開けて。
努めて意識し、星那らしい言動を心掛けて話し掛ける。
「……正直、信じられない思いだが……やっぱりお前なんだな、夜凪」
「……えっ」
演技が、一瞬で引き剥がされる。
バレた。それも、こんなあっさりと。
「なっ……なんっ……何故、私が……」
「何って……お前、俺が話がある、って言っただけで何でここに来れたと思っているんだ?」
「……あっ」
言われて気がついた。
先程の会話では、陸の友人の茶々で会話が途中でぶつ切られていたが……たしかに、「どこで」という会話は無かった。
にもかかわらず星那がこの場に来た理由は、先程陸が教室で見せた、襟を上に引き上げる動作。
あれは自分と陸、そして陸の彼女にだけ通じる符号であり、別々に移動し、後でこの場所で合流して話そうという意味だ。
ちなみに、発案はこの場に居ない陸の彼女。彼女は何故か、こういうスパイじみた無用の手間が大好きなのだ。
……当然、星那が知っているはずが無く、この場所に現れる事など出来ない筈だったのだ。
「……はぁ、参ったね。陸には敵わないや」
「はは、まあお前は根が素直だからな……で、そっちに居るのが瀬織さんで良いのか?」
陸が、視線を階段下の物陰へと送る。
すると、渋々といった様子で隠れていた夜凪が姿を現した。
その目は恨みがましく星那へと向けられており、「あはは……」と笑って誤魔化すのであった。
「それで……何で私たちの事に気付いたのか、教えてもらえる?」
「それは……まぁ、呼吸だな」
「「呼吸?」」
陸の返答に、二人揃って首を傾げる。
「ああ。師匠の爺ちゃんが言うには、息継ぎのタイミングとかテンポとか……人にはそれぞれ呼吸のリズムに癖があるんだと。ところが、今朝会った夜凪はそれがなんとなく違ったんだよ」
「そ……そうなの?」
「ああ。そして、瀬織さんがそんな夜凪の呼吸に似ているだろ? これは何かあると……どうした、二人とも?」
――わかる?
――いいえ、全く。
星那と夜凪は二人、陸の言う話について目配りでそんな意見を交わす。
「……とりあえず、星那君のお友達がとんでもない人だってのは理解した」
「あはは……私も、陸の事を心底見直したよ……」
「なんだ、二人とも人の事を化け物みたいに」
心外そうに言う陸だったが……正直なところ、当たらずとも遠からずといった心境だった。
星那も自分の友人の思わぬ逸般人ぶりに、あはは、と引き攣った笑いで誤魔化すのだった。
「ははぁ……許婚ねぇ。そんな事になっていたとはなぁ」
屋上から転落した顛末。
病院で目覚めたら、理由も分からず入れ替わっていた事。
婚約者となり、今は白山家に同居しているという事。
難しい顔で、これまでの星那たちに起きた事について話を聞いていた陸が、頭を抱えて溜息を吐く。
「うん……でも、信じてくれるのは嬉しいけど、あまり驚いていないね?」
「あー、まぁ俺はその手の怪事件には慣れ……」
そこでふと言葉を切る陸。
彼はすぐにパタパタと手を振ると、改めて口を開いた。
「いや、今のは忘れてくれ。それで、瀬織さんから求婚したという事はまぁ分かった。その上で聞かせて欲しいんだが……」
「どうぞ、何なりと」
真っ直ぐ見つめてくる陸の視線を悠然と受け止めながら、夜凪は先を促す。その様子は、既に何を聞かれるか理解しているようだった。
「……それはこいつが、瀬織さんの好きだった、自分の姿をしていたからか?」
スッと目を細め、星那の方を指しながら夜凪に対して凄む陸。
その纏う空気が、ピリッとした圧力のある物へと変わる。
それは、自身へと向けられた質問でもないのに寒気がする程で、思わず身を竦ませる星那だったが……
「……まあ、最初はね」
不承不承という感じではあるが、夜凪は陸の言葉に首肯する。
「あの時はまだ、
やや自嘲気味に、そう語る夜凪。
その言葉に、星那は思わず俯いてしまう。
……それは、もしかしたら自分という中身は必要無いのではと、常に星那が引け目に思えていた事だったから。
「……できなかった、ね。なら、今はどうなんだ?」
「ふふ、愚問ね」
「ひゃっ!?」
不安に俯いて、鬱々とした気分で二人の話を聞いていた星那だったが……不意に、背後から優しく抱きとめられる。
「あ、ああ、あの、夜凪さん……っ!?」
「嫌なら、振りほどけるはずだよね?」
「……っ!?」
確かに、夜凪は片腕で星那の肩を、もう片腕で星那の細い腰に腕を回し、がっしりと抱きついている。
しかしその込められた力は優しく、非力な星那の力でも、おそらくは楽に振り払えるだろう。
だが……星那には、どうしてもそれが出来ず、ただ、恥ずかしさに俯くだけだった。
夜凪はそんな星那の反応を満足そうに眺めてから、陸にドヤ顔をして、口を開く。
「決まっているでしょ……
「あ、う……」
星那の肩に顎を置くようにして、耳元で告げられた言葉。
合わせて頬を優しく撫で摩る手の感触に、星那が顔を真っ赤に染めて口をパクパクさせる。もはや頭から蒸気を噴き出しそうな勢いだった。
本当は何か文句を一つでも言ってやりたいところだったが、頭が真っ白でそれどころではなかった。
「あー……ぞっこんってやつね、はいはいご馳走さま。爆発しろ」
「うぅ……陸に言われるのは心外だよ……」
いつもは言う側だったそんな悪態。
しかし今回は言われる側になった事に、星那は何もかも諦めて、夜凪の腕の中で深く深くため息を吐くのだった。
「それで……もう良いかな、瀬織さ……あー、夜凪」
ややこしいなこれ、と呟きながら声を掛ける陸に、夜凪が、星那のすべすべもちもちな頬の感触を堪能するように頬擦りするのを止める。
「……夜凪、後で俺にも星那を貸して?」
「駄目、このほっぺたは僕の」
「私のだよ!?」
思わず声を荒げて抗議する星那だったが、二人はまるで愛玩用の小動物を見つめる様な、生暖かい目を星那へと向けるだけで、何も言ってくれなかった。
そんな二人に「うー……」と唸って睨んでみるも、暖簾に腕押しだ。
「んっんっ、それで……やっぱり二人とも、停学中の出来事について知りたいだろ?」
「うん、それはまぁ……教室の変な空気とも関係あるんだよね?」
話を逸らされているのは理解しているが、星那は渋々と、陸の言葉に頷く。
そうして、彼の口から語られる、二人の転落事故に始まった出来事の顛末。
その内容は……二人にとって、なかなかに気の重くなる内容なのだった――……
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