ここから始まる

この回から、二人の名前の表記が変化します。

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 入れ替わった日から、今日で一週間。


 停学という名の猶予期間が終わる日の朝、朝食の支度を終えた僕、は今、目の前のベッド上に広げられたを前に、唸り声を上げていた。



 星那たちが通っているH道立白陽高校の制服は、公立校にしてはかなり独特だ。


 特に女子の場合、ブラウスと大きなリボンタイ、紺色のチェック柄のスカートに、同色の薄手のベスト。

 さらに冬服であれば、その上からライトグレーのブレザーという構成になっているのが特徴的だった。


 そんな制服を手に、未だ薄桃色の下着姿のまま、星那はウンウンと唸っていた。



 ――まさか、これを自分が着る事になるなんてなぁ。



 複雑な想いで、胸中でひとりごちる。


 比較的新鋭なミッション系名門私立である聖薇を筆頭とした、私立中学・高校の名前が並ぶ中に食い込んで……道内でも有数の可愛い制服と有名なこの制服。

 事実、制服目当てで結構な偏差値を要求されるこの学校へ進学を目指す女生徒が多いだけあり、確かに可愛いと思う。


 だが……男子高校生にとって最も身近な女の子達の象徴である、同じ学校のその制服。

 見慣れた服であるからこそ、それを自分で着るという抵抗感は、思いのほか激しかった。




「ねぇ、まだ支度終わらないの?」

「……ひゃっ!?」


 コンコンとノックした後、ほぼノータイムで開かれた扉。部屋の中に踏み込んできた人物に、驚いて肩を跳ねさせる。


 そんなは……未だ身支度の進んでいない星那の様子に、呆れたような顔をしていた。


「はぁ……まだ着てなかったの」

「い……いまから着るところだったんだよ……だったんです!」


 視線で「口調崩れてる」という指摘され、慌てて直しながら反論する。

 どうにも男だった時の口調だと女子ではキツく聞こえるらしく、頭を悩ませているポイントだった。


「どうせ、今になって恥ずかしくなってきたんでしょう、女の子の制服着るの」

「う……だってスカート、脚がスースーするし」


 この一週間で何回かは履いたとはいえ、未だ慣れないその感触。


 なんせ、頼りない一枚の布の下はもう下着なのだ。

 透けや静電気対策にと勧められてシルクのロングスリップも下着の上に着用しているが、気休めにしかならない。


 こんなの、下半身露出しているのと変わらないじゃないか、世の中の女の子はよく我慢できるものだ……と思う。


 そんな悶々としていると、パシャリとシャッター音。


 頭を上げると、そこには悪戯っぽい顔を浮かべて真新しいスマートフォン……元のやつを継続して使用する事が憚られ、二人で一緒にお揃いの機種に新調したやつだ……を構えている相方の姿があった。


「照れ顔の下着姿、いただきました」

「ちょ……何撮ってるの……っ!?」

「ふふん、早く着替えないと僕のお宝画像が増えるね?」

「あぁ、もう……絶対外には流さないでよ!」


 まぁ、この相方に限ってはその心配は無いだろうけど……そう思いながら、渋々着替えに手をつけ始めるのだった。






 ……制服の着方自体は、今までの間に何度か練習したため、問題なく着る事ができた。


 男子だった時の革靴と比べると、驚くほど小さいローファーに足を通して玄関を出る。

 途端に目を刺す初夏の朝日に、目の上で手をかざし目を細めた。


 さて、相方は……と周囲に視線を巡らせると、境内の狛犬の所に佇んでいた、ワイシャツとベストという男子の夏の制服に身を包んだ相方……が顔を上げる。


「お疲れ様、どう、そっちの制服の感想は?」

「うぅ、やっぱりスースーする……」


 少し涙目となって丈の長いスカートの中ほどを掴み、抑える星那。衣服の中に空気の流れがあるというのが、どうにも落ち着かない。

 歩くたびに、サラッとした感触のスリップが素足を滑る感触はちょっと楽しいが、恥ずかしさを相殺する程ではなかった。


 そんな恥じらう星那の周囲を、ぐるっと回って身嗜みのチェックをする夜凪。彼は一通り見て、満足げに頷いた。


「大丈夫、可愛いよ」

「それは分かっているけど、だから困るんですよ……」


 彼女に恋い焦がれていた一人として、自分の今の姿が可愛いというのはよく理解している。

 目立つのが苦手だった星那としては恥ずかしくてたまらないのだが、一方で、可愛い自分を見て欲しいという自己顕示欲も心のどこかにあって、複雑な気分なのだ。


 友人が、美少女は大変かもしれないけど、人生楽しそうだよな……と、彼女とイチャイチャしながら言っていた事を思い出す。


 今ならば、その気分がよく分かる星那なのだった。




 ……と、そんな訳で情け無い声を出す星那に、夜凪は苦笑して肩を竦めた。


「まぁ、すぐ慣れるよ」

「……本当に、男の時は楽だったと思うよ」


 肩を落とし、ため息を吐く。

 そんな暗澹としかけた星那の前に、差し出される夜凪の手。


「足元には気をつけるようにね、そっちはまだ激しく動くのには慣れていないんだから」

「う、うん」


 エスコートするように差し出された手を、おっかなびっくり握る。


「それじゃ……行こうか、?」

「……そうだね、行こう、


 かつて夜凪だった星那が、かつて星那だった夜凪の差し出す手を取って、境内の階段を一歩踏み出す。




 ――ここから、二人の入れ替わり生活は、改めてスタートするのだった。










 ◇


 星那と夜凪が、仲睦まじく手を繋いで石段を降りていく。

 そんな背中を、境内から見守っている二つの影があった。



 ――行ってしまわれましたな。


 ――うむうむ、仲良くやっているようで何よりじゃ。あの子があの日、頭から落ちた時は焦ったがのぅ。


 そう、狛犬の頭に肘を乗せ頬杖をつき、面白そうに眺める女性。

 その気楽な様子に狛犬は、「やっぱりやらかしやがったなこのアマ」とでも言いたげな呆れ混じりの目で眺めていた。


 ――何じゃお主。そんなに心配か?


 ――それは、まぁ……きっと苦労されるでしょうからね。


 なんせあの器量良しの娘の体に、温厚で家庭的なご子息殿の魂だ。あたりの男たちが放っておかないのは、簡単に予想できる。


 ――ならば、付いていてやればよかろう?


 ――ええ、そのために今、身体を貸しても良いと申し出てくれた眷属で、最も大きく強い者を選んでいる最中ですので。


 しれっと言い放った狛犬に、女性が何度か目をパチパチと瞬かせ……すぐに、ぷっと吹き出した。


 ――それはまた、準備の良い事じゃなぁ。


 呑気に関心している主人に、狛犬は……はぁ、とひとつため息をつくのだった。

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