瀬織星那

 瀬織星那は、異性に人気がある。

 ありていに言えばとてもモテる。それは歴然とした事実だ。


 よく手入れされた、清楚な黒のロングヘア。

 肌荒れとは無縁そうなきめ細かな白い肌。

 整った鼻筋と、長いまつ毛に縁取られたぱっちりと大きな目。

 そんなアイドル顔負けな容姿に加えて、やや小柄ながらも制服の上からでも分かるスタイルの良い体型。


 新入生の中でも頭一つ抜けたその容姿を持つ少女。


 運動は、苦手らしい。

 普段は窓辺で文庫本を開いている、謙虚で大人しい少女であり、自分から積極的に人と接するようなタイプでは無い。


 しかし、声を掛けられた際は誰に対しても穏やかな微笑みを浮かべて対応するので、冷たいとか根暗といった印象はない……普段は。


 そして、良家のお嬢様という噂のある彼女は、ピンと背筋を伸ばし、丁寧な手付きで文庫本をめくるその所作だけで周囲の目を集める程で、噂に見合うだけの綺麗さがあった。




 そんな彼女が入学直後から、一目惚れした同級生をはじめとした、充実した学生生活を夢見る男子生徒達に告白の嵐を受けたのも、致し方ない事だろう。


 しかし……そのガードは鉄壁であり、告白に対する対応は普段と違い非常にそっけないことで有名でもあった。

 中には、下心が透けて見える者相手などの場合、散々に言葉の刃で抉られ、泣きの入った状態で逃げ去る者も少なくなかった。


 ゆえに、入学直後は告白する者達が殺到したものの……その全てが、あまりの取りつく島の無さに恋破れていき、二月が経過する頃にはそれなりに落ち着きを取り戻していた。




 しかし、それでも未だにアタックしてくる者は数多く居て……その中にはタチの悪い者がいるのも必然だった。


 そして……夜凪が朝登校し、半幽霊部員として所属している文芸部の部室へと向かう途中で遭遇したのも、そうしたタチの悪い者に絡まれている現場だった。






「へぇ、君が一年で有名になっている、瀬織星那ちゃん? 噂通り可愛いね」

「……そのバッジの色は、上級生の方ですね、何かご用ですか?」


 明らかに、面倒臭そうな空気を纏ってそう尋ねている星那。

 しかし、相手の上級生の男はそのような事などお構い無しに彼女を校舎の壁まで追い詰めると、その壁に手をついて、逃すまいとする。


 夜凪が居合わせたのは、そんな場面だった。


 見るからに、タチが悪そうな上級生の男。

 顔は……まあ、イケメンと言われる類なのだろう。しかし、軽薄に緩んだ表情が、台無しにしていると思う。

 その顔くらいは、噂で聞いた事がある。女好きで有名で、その毒牙にかかって泣いた女生徒も居るともっぱらの噂だったが……見た感じ、根も葉もない噂ではなさそうだ。


 あまり刺激しませんように……そう祈りながら、ハラハラと推移を見守る夜凪。しかし……



「なあお前、俺と付き合えよ。色々といい事を教えてや……」

「お断りします」


 上級生の男が言い切る前に、被せるように無表情のままバッサリと切り捨てる星那。

 夜凪達クラスメイトにとっては見慣れた光景だったが、そうではない上級生の男は、まさかこの状況でにべもなく断られるとは思っていなかったらしく、ポカンとしていた。


 彼女は簡潔に言う事を言い終えると、男が壁についた手を潜り、さっさと立ち去ろうとする。

 その立ち去ろうとする少女の腕を、慌てた様子で男が掴み、引き止めた。


「ちょ……おい待てよ!?」


 突然掴まれた手首が痛かったのだろう、わずかに顔をしかめる。その顔には、ありありと嫌悪の色を浮かべていた。


「待てと言われても、あなたが告白して、私はお断りしました。話は終わりですよね? だから通してください。この手は何ですか、そろそろ教室に戻りたいので邪魔なんですけど」

「おい、お前。上級生に……」

「だから? 下級生の女の子程度、脅せばほいほいついて行くとでも思っているなら、大間違いです」


 そこまで言って、はぁ、と溜息をついた後、スッと睨みつけるような視線で男を見る彼女。

 その目に浮かんでいるのは……まるで不快害虫でも見下ろすような、夜凪であれば逃げ出してしまいそうな冷たい視線。


「……というか、あなた誰ですか?」

「なっ……!?」


 嫌悪から、不審者を見るような侮蔑の目へと表情を変化させて尋ねる彼女。

 プツンという、上級生の男がそのあまり頑丈そうではない堪忍袋を切らせた男が聞こえた気がした。


 マズい……そう判断した夜凪は……



「――先生、こっちです! 女の子が上級生に絡まれているみたいで!!」


 咄嗟に大声でそう演技しながら叫んだ夜凪。その声に……


「……チッ」


 上級生の男は、憎々しげに星那を睨みつけ、そのあたりの植木を八つ当たりで足蹴にしながら立ち去っていった。

 その様子に、夜凪は深く安堵の息を吐きながら、物陰から出て行く。


「……うまくいって良かったけど、瀬織さん、もうちょっと穏当にできないかな。こっちの方がヒヤヒヤするよ」

「あの手の人に対して下手に出ても、何も変わらないと思うけど」

「それは……そうだけど……」

「それに」


 スッ、っとまるで懐に入り込むように、星那が間近から夜凪の顔を覗き込んでくる。

 その息もかかりそうな至近距離にある端正な顔と、髪や服の襟から漂ってくるどこか甘い香りに、夜凪の心臓は破裂しそうな程に鼓動を激しくした。


「白山君が居たのは気づいてたから。君はこういう時に動いてくれる良い人だって、信じていたわ」

「〜〜〜〜ッ!?」

「だから、ありがとう、白山君」


 そう言って、すれ違いざまに振り返り、悪戯っぽい微笑みで礼の言葉を置いて颯爽と歩いて行く彼女。



 瀬織星那は、美少女で、よく告白されるけど塩対応で……時に、自分の可愛さをよく分かっている小悪魔なのだ。

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