憧れだった女の子と入れ替わった結果、なぜか求婚された件
@resn
入れ替わり〜一学期編
始まりの日の朝
――何を言っているのか理解できなくて、頭の中が真っ白になる……という事って本当にあるんだな、と、その言葉を聞いた時に、思った。
「あなた、責任を取って私と結婚なさい」
そう、仁王立ちで述べる相手に、ポカンと口を開けて呆然とする。
その言葉を発したのは――とても見覚えのある、それこそ今まで生きてきた中で最も見覚えのあるであろう姿をしていた。
やや癖のある、茶色がかった猫っ毛。
時には女の子と間違われがちな、中性的な顔立ち。
ただ知っているのと違うのは、その表情がいつも自信なさげにヘラヘラとしていた元の姿とはまるで違う。自信に満ちた、どこか妖艶さを讃える微笑みを浮かべていた。
しかし雰囲気は違えども、間違いなくその対面している少年の姿は。
生まれてから十六年付き合ってきた筈の……自分の姿をしていたのだった――……
◇
北の大地、その中心たる大都会よりも駅をいくつか離れた街。その街はずれ、広大な森林公園付近に、一宇の神社があった。
『白山神社』と名のついた、そこそこの規模を持つその神社は、古く開拓時代の頃に中部地方から
その神社の
「……ふぅ、こんな物でいいかな?」
そう呟いた
今は暦もすでに夏のはじめ、もうじき梅雨となろうかというこの時期。
朝とはいえ少し暑くなってきており、作業している間にうっすら浮かんでいた汗を首にかけていたスポーツタオルで拭って、満足そうに頷く。
その朝早くから境内の掃除をしていた少年……名を
男子としては、標準かやや低い程度の背丈と、遺憾ながら友人には「おまえが女の子だったらなぁ」としみじみ言われた位には中性的な容姿。
目つきはややつり目がちな筈だというのに、自信なさげに下がった眉のせいできつい印象はない。
そこはかとなく日向ぼっこ中の猫のような雰囲気だ。
友人はおろか、クラスメイトの女子にすら「覇気が無い」と評される、おおよそ怒るという事から無縁の温和な性格であり……趣味は家事全般という、おおよそ男らしいという言葉から縁遠い少年だった。
そんな夜凪の目の前には、すっかり綺麗になった石の狛犬が、その凛々しい姿を朝日に照らされていた。
自らの朝仕事の出来栄えに満足して、んっ……と全身を伸ばす。
大きく息を吸い込むと、郊外の森に近いのもあって朝の冷たい空気はとても心地良く、今日も一日がんばろうという気分にさせてくれた。
神職である夜凪の両親の朝は早い。
夜凪が中学の頃に祖父母が相次いで早逝したこともあって、両親は神社の規模に対し少ない人手で管理しなければならなくなった。
そのため境内の掃除や参拝客を迎える準備などで忙しくしている両親に変わって朝食の用意をし、こうして自分にできる範囲で掃除などを手伝うのは、中学に上がった頃から誰に言われたわけでもなく自分で始めた事だ。
あるいは、神社を継ぐために都会の大学へ進学した、年の離れた兄に変わって、という義務感から始めた事かもしれない。
だがそれでも、この三年間続けてきたことはすっかりと習慣として定着しており、特に苦に思った事もない。
それに……最近では、少し楽しみも増えた。
一休みしながら、境内から階段の下を見下ろすと……そこには、まだかなり早い時間であるにもかかわらず、制服姿の女子が一人、すっと背筋が伸びた綺麗な姿勢で歩いていた。
彼女は、
人当たりは良いが、あまり自らの事を喋らない……というよりは他者との関りも自分からは積極的に持とうとはしない彼女。
なんでも道内で高いシェアを持つ反物屋のお嬢様……という噂だが、本人は特に否定も肯定もせずに無関心なため、その真偽は定かではない。
そして……夜凪の通っている高校の女生徒であり、クラスメイトであり、有名人でもある。
彼女――瀬織星那は、類稀な美少女だ。
背の順で並ぶとかなり前の方に出る事になる、やや小柄な女の子。
肩幅や腰、スカートから覗く脚はかなり細く華奢に見えるも、女性らしい柔らかな曲線で形作られたそれらは柔らかそうで、ガリガリという印象はない。
前髪は眉より少し下、横髪は肩に触れる寸前、後ろ髪は腰のあたり……と綺麗に切り揃えられた姫カットのサラサラとしたロングヘアは、艶やかな烏の濡れ羽色で、朝日を受けて天使の輪を浮かべている。
その髪に縁取られた小さめな顔は……これもまた、驚くほどに整っている。
目はぱっちりと大きく、唇は艶やかな桜色で、その透き通るような乳白色の肌は驚くほど滑らかそうに見える。
生半可な芸能人では太刀打ちできないのではないかと思うほど、整っている顔立ち。もっともこれは夜凪の主観ではあるが。
総じて見て、ちょっとこの辺りでは滅多に見る事ができないような美少女なのだ。
当然、そんな彼女に告白する者、アプローチする者は後を絶たないが……その声に応えたという話は一切聞かない。
自他共に認める草食系男子である夜凪だが、恋愛に興味がない訳ではない。というより、若干少女趣味のある夜凪はその手の恋愛漫画などは比較的好きで、よく読む方だ。
そして……そんな夜凪が高校生まで生きてきて、彼女は初恋の相手でもあった。
そんな彼女が、こちらに気づいたらしく、ペコリと軽い会釈をする。そんな彼女に表情を緩め、軽く手を振って応える。
彼女は、夜凪が丁度彼女が通学のため通る時間に境内の掃除をしているということを知っているので、こんなやりとりも毎朝の事であった。
そんな些細な幸せを噛み締めていると……作務衣のポケットに入れたスマートフォンから、アラームの音が響く。
「……おっと。そろそろ朝陽が起きて来る時間だし、用意しないと」
年の離れた小学生の妹である白山
その妹が起き出して来るのに合わせて両親も戻ってくるため、皆で朝食を摂るように準備し、登校するのが夜凪の毎朝の日課であった。
今日は少し時間が押しているな……そうポケットから取り出したスマートフォンで現在の時間を確認した夜凪は、急いで掃除用具を片付けて、境内裏の一角にある家の中へと駆け込んでいくのだった。
◇
そうして……夜凪が、家の中へと消えていった境内。そこに、一人の美しい女性が、狛犬の背に座っていた。
――ククリ様。どうやらご子息は、あの娘に想いを寄せているようですね。
――うむ、そうらしいのぅ。
ククリ様、と狛犬から呼ばれた女性が、その言葉に頷く。
――しかし、参ったのう……いつも良くしてくれるご子息殿の願いとあらば叶えてやりたいが、よりによってあの娘とはのぅ……
そう頭を抱えている、狛犬に傅かれた女性。
その手には、数年前に件の少女がまだ幼い頃、年に似合わぬ思い詰めた表情で参拝へと訪れた際に残していった願いが記された書簡があった。
そこには、簡潔にこう書かれていた。
――
しばらくの間、うむむ、と唸っていた一柱と一匹であったが……
――そうじゃ、良い案が思い浮かんだぞ。二人の願いをまとめて叶える事ができる妙案じゃ!
そう、ふと何か思いついた様子で悪戯っぽく笑う主人に……狛犬は、ただひたすら嫌な予感しかしないのであった。
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