けむり
進藤翼
smoke is…
そういう家庭に生まれたからか、どうにもタバコのにおいが苦手だった。母親の権力が強く、家の中での喫煙は禁止されていた。それでも父親は吸いたかったらしく、よく玄関先やベランダでぷかぷかやっているのを見た。においは苦手だけど、タバコを吸うという動作にはかっこよさを感じていた。
夜になると黒い人影とともに現れる、ぽつりとした赤い点。その点をよく覚えている。
清野とは高校入学当初から気が合った。いっしょにいて居心地がよく、校内ではしょっちゅうつるんでいた。
放課後になると僕を連れて学校近くにある潰れたコンビニの裏手に回ってふところからタバコを取り出して吸っていた。
お前が清らかなのは名前だけだと教師に目をつけられている清野は、しかしそんなことは全く気にせず、いつだって満足そうに煙を肺に取り込んでいた。
「やるか?」と差し出しながら何度か誘ってきたことがある。僕はそのたびに「いや、いい」と断った。「そう」とだけ言うと、再び一人で煙をくゆらせた。
僕はそんな時間がすきだった。ていうか清野がすきだった。
今でこそその気持ちは思春期特有のものだったとわかる。憧れが好意に転じるのはままあることだ。しかし当時の僕は自分を律するのに必死だった。
結局卒業するまで、僕は一線を超えることなく清野と接した。僕の気持ちを清野が知っていたのかはわからない。
清野の吸っていたタバコの銘柄を思い出すことができない。清野の父親は貿易関係の仕事に就いていていろんな国のタバコを手に入れることができたのだそうだ。清野の家ではそのあたりは緩かったのか、家では父親と二人で「吸い比べ」なんかをしていたらしい。
卒業してから清野とは疎遠になった。互いに志望校に合格し、それぞれ地元を出た。最初こそ頻繁に互いの近況を報告していたけれど、徐々にその頻度が減っていった。今では連絡先を知っているだけだ。今どんなことをしているのかまったく見当もつかない。
清野と会わなくなってから、あのにおいをかいだことがない。よほど珍しいものなのかもう作られていないものなのか、わからないから調べようもなかった。
ただ、においは覚えている。そしてそれで十分なように思えた。
けむり 進藤翼 @shin-D-ou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます