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 マリア・クーベリカの人気はすさまじかった。

 澪月も編入生としての物珍しさから人気はあったのだが、それとは比較のしようもない。

 クラスの全生徒――他クラスの者も巻き込んで、マリアの周囲をとりまいた。

 主要欧州語のすべてと、日本語を含めたアジアの主要言語を母国語同然に操れるというマリアは、言葉の面ではまったく不自由がなかった。

 当然、苦手であろうと目された日本史においてさえ、年表をそらんじ、日本の築城様式の変遷を語ってみせるほどだった。ほかの科目は――推して知るべし。

 さらに、人々の耳目を集め、その評価を決定的にしたのが転校初日の体育における勇姿だった。

 燃えるような赤い髪をポニーテールにまとめ、おろしたての体操服に身をつつんだ彼女は、その日おこなわれた体力測定において、驚異的な記録を残した。

 50メートル走 6秒5――

 走り高跳び 1メートル80

 走り幅跳び 6メートル50

 記録がおおざっぱなのは、むろん、そこまでの精度が必要だとは誰も思っていなかったからで、その運動能力を目のあたりにした体育教師は目を剥いた。女子としてはおそらく驚嘆せざるを得ない記録だったのだろう。

 ただ、多くの生徒たち――特に男子――にとってより印象的だったのは、彼女のフォルムだったことだろう。

 その日、購買部で買ったばかりらしい体操服は彼女にはやや小さく、特に胸元が強調される結果となった。形とサイズをこの上なく両立させたマリアのバストは、彼女の運動能力をいささかも阻害せず、むしろその動きに躍動感を加えていた。

 さらに、濃紺のブルマ――これも適正なサイズがなかったらしくピチピチ――から伸びた脚は、観賞用としても最高だが、その性能も最高であることを証明して見せた。

 一方、同じ授業で澪月は運動における才能の欠落をいかんなく発揮し、クラス最下位の屈辱に沈んだ。

 マリアと澪月は、一度も視線をかわすことはなかった。また、クラスの生徒たちもマリアを賞賛し、美しく強く賢い新ヒロインとの友人関係を確立することに躍起となり、突然めだたなくなった澪月のことは視界から消えてしまったようだった。

 最強の転校生と、メッキのはげた編入生――その立ち位置が明確に定義された瞬間だった。

 


 放課後――いつもの人気のない図書館の片隅である。それにしても、こうも図書館に人がいないというのは教育機関としては問題ではないかと心配になる。

 そこに、奇妙な緊張感が漂っていた。

 おれの傍らには澪月がいる。張り詰めた表情だ。

 その先にはマリア・クーベリカが夕刻の光を背後から浴びながら立っている。金色の光に縁取られて、絶妙なボディラインが照り映える。

 たしかに、クラスのやつらが圧倒されるのもわかる。まるで別種の存在だ。同じ教室で机を並べていること自体が、特別なこと、に思えてしまうくらいに。

 マリアのような存在は、誰の人生に関わったとしても、その軌跡を変えてしまうのだろう。知らないうちに主役をマリアに譲り渡し、自分は脇役でいいやと思うようになるのだ。ハインリヒにもそんな匂いを感じたが――

 澪月がごくりとつばをのみこむ。肩が小刻みに震えている。

 マリアが近づいてくる。この場所に呼び出したのはおれだから、ここに澪月がいるということは予想していなかったのかもしれない。

 速度がはやまる。早足になる。書架の間をややせわしげに抜けてくる。

 おれの鼓動が早まる。マッチアップの期日はまだ決まっていないから、いきなり戦闘になることはないとは思うが――

 ふいに澪月が動いた。

 おれは虚をつかれた。澪月が先制するというイメージはなかったからだ。

 澪月がダッシュする。

「マリアっ!」

「澪月!」

 二人が激突する。

 何が起こったのか。

「マリアぁ~……うぇ~ん」

 澪月が泣いていた。マリアの胸元に顔をうずめている。

 マリアはその澪月の肩に腕をまわし、優しく抱きしめている。

「よかった、澪月、無事で……ほんとよかった」

 マリアの目尻にも光るものがある。

 なんだ。

 おれはため息をついた。気張っていたのはおれだけだったのか。



 澪月とマリアが旧知の仲であることをまわりに知られるのはまずい――が、図書館で偶然出会って、編入生と留学生が親睦を深めた――という状況を作りだすのがこの会合の目的だった。

 閲覧室の机の隅に陣取り、澪月とマリアは額をつけんばかりにして話し込んでいた。

 マリアがこれまでのことを説明した。

 大転移魔法で彼女が到着したのは、転校生としてのプロフィールの通り南アフリカのヨハネスブルグ――しかも犯罪発生率の高いダウンタウンだったという。

 世界で最も頻繁に強盗殺人が起きる区画――マリア自身、危険な目に何度もあったそうだが――そこでマリアを助けてくれたのは一人の老婆だった。

「ヨハネスブルグの魔法使いって自称してたの。まわりからは頭がおかしいと思われていたみたいだけど、占いや薬作りで生計をたてていて――『本物』だったわ」

 魔法使いの国から来た少女が太鼓判を押すからにはそうなのだろう。

「こっちの世界にもウロボロスの流れをくむ魔法使いがいたのね。わたしたちの世界の基準からしたら、まあ、普通人レベルだけど。でも、いろいろこっちの世界のことについて教わったし、助けてもらったわ」

 老婆はマリアの正体を知っていた。自ら、使い魔になることも申し出たらしい。マリアは彼女を通じて、さまざまな情報――マッチアップのことやほかの候補生の動向について――を得たらしい。

「で、このひとが澪月の使い魔ってわけね。少しくらい魔法は使えるの?」

 マリアが初めておれを見る。ハインリヒの時もそうだったが、彼女たちは澪月を通じてしかおれという存在を認識しないらしい。

「使い魔っていうか、功武くんは……なんていうか……うーん」

 澪月が悩む。おまえは答えるな。ろくなことを言わないに決まっている。

「おれは魔法なんて関係ねえ。その、ウロなんとか、ってのも関係ないしな。ま、コイツの保護者みたいなもんだ」

 そう答えるしかない。ハインリヒに答えたときとほとんど同じだ。

「ふぅん……」

 マリアが興味深そうにおれの顔を覗きこむ。

「そっかー……へー」

「なんだよ」

「いや、べっつにぃー」

 マリアは後頭部に手をまわし、胸をそらした。

「澪月の好みもかわってるなぁ、と思ってさ」

「えあっ、だからっ、そんなんじゃなくてっ……!」

 澪月があわてる。

「じゃあさ、聞かせてよ、ふたりのなれそめってやつを」

「そっ、それは、あたしが空とんでて……っ、パンツ見られてっ……おうちに連れ込まれてっ……一夜を明かしただけだよっ!」

 違うだろう、それ。途中からニュアンスおかしいぞ。

 マリアの表情があからさまに険しくなったので、おれが説明し直すはめになった。

「……ふぅん、マナが見える、か。それだとすると、やっぱり魔法使いの素養はあるのかもね。まだ使い方を知らないだけで」

 マリアはおれの説明を聞いて、納得するところがあったようだが、ほんとうにそうなのだろうか。おれにはどうもピンとこない。

「ヨハネスブルグでのお婆とわたしのときも、偶然知りあったみたいだけど、たぶんセッティングされていたんだろうね……使い魔との遭遇って」

「カルコスも……そう、なのかな」

 澪月がつぶやくように言う。澪月自身は失神して見ていないが、カルコスと連れだって帰って行った女性――そのことを気にしているらしい。今となっては、カルコスとあの女性がどういう関係なのか――知るすべはない。彼女がウロボロスの関係者だったどうかも。

「カルコスっていえば――よく無事だったね、あんた」

 マリアが思い出したように澪月をふりかえる。

「マッチアップの知らせは聞いてたからさ、心配したんだよ」 

 澪月の表情が暗くなる。まだ、その顛末についてはきちんと話していないのだ。

 ここでおれがしゃしゃりでるわけにはさすがにいかず、澪月の訥々とした説明にまかせた。

 マリアも沈んだ様子で、相槌も「そっか……」「うん……」といった元気のないものになっていく。

 だが、ハインリヒ登場のくだりで、マリアの目つきが少し変わったように感じた。なんというか、光った。

「――そっか、あいつが、ね。じゃあ、あいつのゲインは今は二人ぶんってことか」

「あたしね、この戦い、なんとかやめさせられないか、って思ってて。カルコスにもそのことを相談しようと思ってたんだけど、すぐ戦いみたいになっちゃって」

 澪月が言葉を続けている。顔を伏せていたために、マリアの目つきの変化には気づいていない。

「思うの、みんなで集まって、力を合わせたら、みんなで帰る方法だって――」

「澪月、提案があるんだけど」

 マリアが澪月の言葉を途中でさえぎった。というか、もともと聞いてさえいなかったようにさえ感じられる。

 そして、こう言い放った。

「あんた、あたしに杯を渡しなさい」

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スクールデイズ・クルセイダーズ 《カーニバル・イブ》 琴鳴 @kotonarix

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